【不貞慰謝料】立場を利用された・強く迫られた場合の主張
この記事は、2026年10月時点の民法・戸籍法・家事事件手続法などに基づいて作成しています。2024年(令和6年)4月1日に施行された改正民法による嫡出推定の見直しを反映しています。個別の事情によって結論が変わることがありますので、具体的な対応は弁護士にご相談ください。
「交際相手から妊娠を告げられ、『結婚してくれないなら親にも職場にも話す』と言われている」「相手の両親から、責任を取って籍を入れるよう求められた」。妊娠をきっかけに結婚を迫られ、どう返事をすればよいか分からないというご相談は少なくありません。反対に、妊娠した側から「結婚を断られたら、子どものことはどうなるのか」とお問い合わせをいただくこともあります。
妊娠をめぐる解説の多くは、認知や養育費をどう求めるかという、妊娠した側の視点で書かれています。その説明自体は誤りではありませんが、結婚を求められている側から見ると、「結婚を断ったら何が起きて、何は起きないのか」という問いへの答えは見えにくいところがあります。
この記事では、結婚を求められている方の立場から、結婚に応じる義務の有無、結婚しなくても残る責任、慰謝料が問題になる場面の分かれ目、迫り方が行き過ぎたときの備えを順に整理します。中絶費用の分担や婚約解消の正当な理由、認知の基礎知識は別の記事で扱っていますので、本文中でご案内します。
結婚は、迫られても応じる義務のないもの
婚姻は当事者双方の意思で成立する
婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立するとされています(憲法24条1項)。民法も、当事者の間に婚姻をする意思がないときは、その婚姻を無効としています(民法742条1号)。妊娠という事実があっても、結婚するかどうかは本人が自分の意思で決めることであり、相手やその家族が求めても、結婚を強制する法的な手続は存在しません。
婚約が成立していた場合でも、婚姻そのものを強いることはできず、問題になるのは損害賠償の有無にとどまると考えられています。
「責任を取る」と「結婚する」は別のこと
「責任を取って結婚して」という言葉には、子の父として果たすべきこと(親子関係、養育費、費用の分担)と、夫婦になることとが一緒に含まれています。法律上、この二つは切り離されています。結婚を断ることは前者の責任から離れることを意味しませんし、前者の責任を果たすために結婚が必要になるわけでもありません。この区別が、話し合いを落ち着いて進めるための出発点になります。
結婚しなくても残るもの、結婚しないことで変わるもの
結婚するかどうかで、子をめぐる法律上の扱いは次のように変わります。
| 項目 | 結婚した場合 | 結婚しない場合 |
|---|---|---|
| 子との法律上の親子関係 | 婚姻後に生まれた子は夫の子と推定される(民法772条1項) | 父の認知によって生じる(同法779条) |
| 養育費 | 夫婦として子を扶養する | 認知の後、父母の協議などで定める(同法788条・766条) |
| 妊娠・出産にかかる費用 | 夫婦の生活費の中で負担する | 当事者の話し合いで分担を決める |
| 子の戸籍 | 父母の戸籍に入る | 原則として母の戸籍に入る(戸籍法18条2項) |
認知は結婚と切り離された手続
認知は、婚姻していない父母の間に生まれた子について、法律上の父子関係を生じさせる手続です(民法779条)。母の承諾があれば、子が生まれる前に胎児の段階で認知することもできます(同法783条1項)。父が任意に認知しない場合、子や母は認知を求める調停や訴えを起こすことができます(同法787条)。調停では、DNA鑑定などで父子関係に争いがないと確認できれば、合意に相当する審判という形で認知が認められる流れが一般的です(家事事件手続法277条)。結婚を断っても、生物学上の父であれば、父子関係はこうした手続で確定し得ます。
養育費は認知によって具体化する
認知の効力は子の出生時にさかのぼります(民法784条)。認知された子の養育費は父母の協議で定め、協議がまとまらなければ家庭裁判所が定めます(同法788条・766条)。結婚しないと決めた場合でも、子の生活を支える義務は残ることを前提に、無理のない範囲を考えておくことが現実的です。
結婚した場合に起きることも知っておく
2024年4月の改正により、婚姻前に懐胎し、婚姻が成立した後に生まれた子も、夫の子と推定されることが明文化されました(民法772条1項後段)。結婚すれば認知を経ずに父子関係が推定され、後から争うには嫡出否認の訴えによることになり、父が訴えられる期間は原則として子の出生を知った時から3年です(同法777条)。父子関係に確信が持てないまま急いで婚姻届を出すと、後から争う手段が限られる点には注意が必要です。
応じない場合に慰謝料が問題になるかの分かれ目
婚約が成立していたかどうか
結婚を断られたことを理由に、妊娠した側から慰謝料を求められることがあります。結婚を断ること自体は違法ではないため、慰謝料が認められるかどうかは、断るまでの経緯によって分かれます。
婚約は、結納や指輪の授受といった形式がなくても、当事者が誠心誠意、将来夫婦となることを約束していれば成立し得るとした判例があります(最高裁昭和38年9月5日判決)。双方の親への挨拶、式場の予約、同居の準備などの事情があると、婚約の成立が認められやすくなります。婚約が成立していた場合に正当な理由なく解消すると、損害賠償の責任が生じる可能性があり、妊娠していたことは慰謝料の評価で考慮されることがあります。一方、婚約に至っていない段階では、妊娠したことだけを理由に、結婚を断った側へ慰謝料が認められる場面は限られると考えられています。婚約解消の正当な理由については、結婚をやめたい|婚約の解消で慰謝料を払わずに済む「正当な理由」とはで詳しく扱っています。
結婚をほのめかして関係を続けていた場合
結婚するつもりがないのに、結婚を約束するような言動で交際や性的な関係を続けていた場合には、婚約とは別に、相手の性的な自己決定を害したとして不法行為(貞操権の侵害)が問題になることがあります(民法709条・710条)。既婚であることを隠していた場合も同様です。どこからが問題になるかの境界は、結婚をちらつかせて金銭・関係を得る|結婚詐欺と貞操権侵害の境界をご覧ください。
迫り方が行き過ぎているときの備え
脅迫や強要にあたり得る場面
「結婚しないなら職場に話す」「家族で家まで押しかける」といった言葉が、結婚という義務のないことをさせる目的で、名誉や身体などへの害悪を告げる形でなされると、脅迫罪や強要罪が問題になり得ます(刑法222条・223条)。一方で、認知や養育費を求めて「調停を申し立てる」と伝えることは正当な権利の行使であり、それ自体は問題になりません。求められている中身が「結婚」なのか「子の父としての責任」なのかで、評価は変わります。脅迫・強要の考え方は、元恋人からの脅迫・強要|「別れるなら〜」への刑事対応(脅迫罪・強要罪)で解説しています。
「結婚してくれないなら死ぬ」と告げられ、相手の身に危険が差し迫っていると感じる場合は、ためらわずに110番や119番を利用してください。自分への加害をほのめかして要求を通そうとする場面の整理は、「死んでやる」と言われて要求を呑まされている|自分への加害予告は脅迫かにまとめています。
婚姻届を勝手に出されることへの備え
署名済みの婚姻届を相手が持っている、署名を偽って提出されるおそれがある、といった場合には、市区町村役場で「不受理申出」をしておく方法があります(戸籍法27条の2第3項)。申出をしておくと、本人が窓口に出頭して届け出たことを確認できない限り、婚姻届は受理されません(同条4項)。届出があったときは、申出をした本人にその旨が通知されます(同条5項)。申出は原則として本人が窓口で行い、取り下げるまで効力が続きます。
仮に意思に基づかない婚姻届が受理されてしまった場合、その婚姻は無効であり(民法742条1号)、戸籍を正すには家庭裁判所での調停や訴えを経るのが通常です。署名を偽って届け出る行為は、刑事上も問題となり得ます。
やり取りの記録を残す
言われた内容、日時、同席していた人をメモや録音で残しておくと、後に婚約の成否や脅しの有無が争われたときの材料になります。記録の作り方は、【男女トラブル】別れ話を録音しておくべきか|交際を終える話し合いでの記録の作り方が参考になります。
結婚を断る前後で避けたい対応
次のような対応は、後の話し合いを難しくすることがあります。
- その場で婚姻届や誓約書に署名すること。
- 場を収めるために「いずれ結婚する」と口約束をすること。婚約の成立を示す事情として扱われることがあります。
- 「結婚しないなら認知もしない」と伝えること。認知は父子関係の問題であり、結婚の条件にはなりません。
- 出産するかどうかを一方的に指示すること。人工妊娠中絶への同意は本人と配偶者に求められるもので(母体保護法14条1項)、結婚していない交際相手が決める立場にはありません。
- 連絡を一方的に絶つこと。認知や養育費の問題は残り、調停などの手続に進むことになります。
出産しない選択となった場合の費用の考え方は【男女トラブル】中絶費用は折半なのか|「おかしい」と感じたときの整理の仕方、結婚を前提に妊娠した後に破談となった場合の整理は授かり婚の破談・できちゃった婚の解消|養育費・認知の整理をご覧ください。
弁護士が間に入ると変わること
「結婚」と「子の父としての責任」を分けて話せる
当事者同士では、結婚の話と認知・費用の話が混ざり、感情的なやり取りが続きがちです。弁護士が代理人として窓口になると、結婚には応じない意思を明確に伝えたうえで、認知、養育費、妊娠・出産にかかる費用の分担を一つずつ協議することができます。結婚を断ることと、子の父として向き合うことを両立させる形で整理すると、話し合いの終わりが見えやすくなります。
直接会わずに取り決めを残す
相手やその家族と顔を合わせることに不安がある場合でも、代理人を通じて交渉し、取り決めを合意書の形で残すことができます。直接の面談に応じずに合意に至った事例として【解決事例】交際相手の妊娠をめぐり100万円超を請求された事例|直接の面談に応じず解決金30万円で合意書を締結、顔を合わせずに婚約の解消を進めた事例として【解決事例】相手と直接顔を合わせずに婚約を解消したい―弁護士介入で約1ヶ月半にて円満解決した事例があります。
よくあるご質問
相手の両親から「責任を取って籍を入れろ」と言われています。応じなければなりませんか。
応じる義務はありません。婚姻は当事者本人の意思で決めるものであり、相手の家族の求めによって義務が生じることはありません。ただし、子の父としての責任は別に残るため、「結婚はしないが、認知や費用については誠実に話し合う」という方針を伝えることが、対立を深めないための一つの方法です。
本当に自分の子どもか分かりません。結婚を断る前に確かめられますか。
妊娠中の鑑定には相手の協力が欠かせないため、出生後に、当事者の合意や調停の手続の中でDNA鑑定を行う流れが一般的です。結婚を急がされていても、父子関係に疑問があることを率直に伝え、確認の方法を話し合うことは不当なことではありません。妊娠の事実そのものに疑問がある場合の見極め方は、「妊娠した」「病気になった」と請求されたら|妊娠詐欺・示談金詐欺の見極め方で扱っています。
結婚を断った後、相手が出産した場合はどうなりますか。
子は原則として母の戸籍に入り(戸籍法18条2項)、父子関係は認知によって生じます。任意に認知しない場合でも、認知を求める調停や訴えが起こされれば、手続の中で父子関係が確認されることになります。認知の基礎知識は、交際・パパ活相手の妊娠|認知・養育費・中絶同意書の基礎知識をご覧ください。
まとめ
- 婚姻は当事者双方の意思で成立し、妊娠を理由に結婚を強制する法的な手続はありません(憲法24条1項・民法742条1号)。
- 結婚しなくても、父子関係は認知によって生じ得ます。任意に認知しない場合も、調停や訴えで確定することがあります(民法779条・787条)。
- 認知された子の養育費は、父母の協議または家庭裁判所の判断で定められます(同法788条・766条)。
- 結婚すれば、婚姻前に懐胎した子も夫の子と推定され、後から争う手段は限られます(同法772条1項・777条)。
- 慰謝料が問題になるかは、婚約の成否や、結婚をほのめかして関係を続けていたかどうかで分かれます(同法709条・710条)。
- 害悪を告げて結婚を迫る行為には、脅迫罪や強要罪が問題になることがあります(刑法222条・223条)。
- 婚姻届を勝手に出されるおそれがあれば、不受理申出で備えることができます(戸籍法27条の2第3項)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。妊娠をきっかけに結婚を求められている方、相手やその家族とのやり取りに不安を抱えている方には、結婚の話と子の父としての責任を分けて整理するところからお手伝いします。
妊娠を伝えたのに結婚を断られ、認知や費用について話を進めたい方からのご相談もお受けしています。それぞれのお立場に合わせて、取りうる手続と進め方をご説明します。


