「独身だと思っていた」場合は慰謝料を払わなくてよい?故意・過失の判断
「別れるなら写真をばらまく」「別れるなら会社にバラす」「別れたいなら金を払え」——別れ話の場面や別れた後に、元交際相手からこうした言葉を向けられて、どう対応すべきか決めかねている方は少なくありません。
こうした言葉は、内容や状況によっては脅迫罪や強要罪といった刑事事件の対象になり得ます。一方で、「言われた言葉がそのまま犯罪になる」わけでもなく、何に対する害を告げられたのか、その結果として何をさせられたのかによって、成立し得る罪も、とれる対応も変わってきます。
この記事では、別れ話の場面で出てくる典型的な言葉を脅迫罪・強要罪の枠組みで整理したうえで、被害届・告訴といった刑事手続をどう進めるか、そのために何を残しておくべきかを解説します。男女いずれの立場でも当てはまる内容です。
1. 脅迫罪と強要罪は、どこで分かれるのか
まず、二つの罪の関係を押さえておくと、自分の状況がどちらの問題なのかを整理しやすくなります。
脅迫罪(刑法222条)——「告げた」だけで成立し得る
脅迫罪は、本人またはその親族の生命・身体・自由・名誉・財産に対して害を加える旨を告げた場合に成立し得る犯罪です(刑法222条1項・2項)。法定刑は2年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金です。
ポイントは二つあります。
ひとつは、告げた内容が、右の5つのいずれかに向けられたものである必要があるということです。漠然とした捨て台詞や不快な暴言は、この枠に収まらないことがあります。
もうひとつは、相手が実際に怖がったかどうかは、成立の必須条件ではないとされていることです。一般に人を畏怖させるに足りる程度の内容であるかが基準とされ、その判断は当事者の関係性や状況を含めて客観的に行われます。「自分はそこまで怖がらなかった」と感じていても、それだけで対象外になるわけではありません。
なお、2025年6月1日に施行された改正刑法により、従来の懲役刑と禁錮刑は「拘禁刑」に一本化されています。
強要罪(刑法223条)——「させられた」段階の罪
強要罪は、脅迫し、または暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害した場合に成立し得る犯罪です(刑法223条1項)。法定刑は3年以下の拘禁刑で、罰金刑は定められていません。未遂も処罰の対象とされています(同条3項)。
脅迫罪との違いは、「言われた」だけで終わらず、それによって何かをさせられた(あるいはできなくされた)」段階まで至っているかという点にあります。
手段としての脅迫の内容は、脅迫罪と同じく生命・身体・自由・名誉・財産に対する害の告知に限られます。ただし強要罪では、告知だけでなく暴行を用いた場合も含まれる点が異なります。
恐喝罪(刑法249条)——金銭の要求が絡む場合
脅した上で金銭や物を交付させた場合には、恐喝罪の問題になります。法定刑は10年以下の拘禁刑で、未遂も処罰されます。「交際中に使った金を返せ」「別れるなら慰謝料を払え」といった要求が伴う場合が、これにあたり得ます。
2. 「別れるなら〜」を、何に対する害かで仕分ける
実際に相談で挙がることの多い言葉を、上の枠組みで整理すると次のようになります。あくまで一般的な整理であり、最終的な評価は前後の状況を含めて判断されます。
| 言われた内容の例 | 何に向けられた害か | 検討され得る罪 |
|---|---|---|
| 「別れるなら殺す」「家に行くぞ」 | 生命・身体 | 脅迫罪 |
| 「別れるなら裸の写真をばらまく」 | 名誉 | 脅迫罪(実際に公表された場合は別の法律の問題も) |
| 「別れるなら会社・親にバラす」 | 名誉 | 脅迫罪 |
| 「別れるならお前の家族がどうなっても知らない」 | 親族の生命・身体(222条2項) | 脅迫罪 |
| 「別れるならこれまでの金を返せ」「慰謝料を払え」 | 財産の交付を求める要求 | 恐喝罪(未遂を含む) |
| 「別れ話は取り消せ」「復縁しろ」と迫られて応じた | 義務のないことの強制 | 強要罪 |
| 「警察には行くな」「引っ越すな」と妨げられた | 権利行使の妨害 | 強要罪 |
| 「別れるなら死ぬ」「お前のせいで死んでやる」 | 相手自身の害 | 脅迫罪は原則として成立しにくい(後述) |
「別れるなら死ぬ」と言われた場合
脅迫罪で告知の対象とされているのは、本人または親族の生命・身体・自由・名誉・財産です。そのため、「自分が死ぬ」と告げる行為は、この構成要件には原則として当てはまらないと考えられています。
ただし、「お前を殺して自分も死ぬ」といった内容であれば、本人の生命に対する害の告知そのものですので、評価は変わってきます。また、死をほのめかす言葉を繰り返して別れることを思いとどまらせた、といった経過があれば、別の角度から検討する余地が生じることもあります。
「脅迫罪にあたりにくい」ということは、「我慢するしかない」という意味ではありません。反復する連絡や待ち伏せがあればストーカー規制法の問題になり得ますし、精神的な負担が生じていれば民事上の損害賠償を検討する余地もあります。相手の言葉に応じて別れを先延ばしにするかどうかは、法律上の義務の問題ではなく、ご自身の安全と生活を基準に考えてよい事柄です。
「今の交際相手に危害を加える」と言われた場合
見落とされやすい点ですが、脅迫罪・強要罪で保護の対象とされているのは、本人と親族です。新しい交際相手や友人など、親族にあたらない第三者への加害を告げられた場合、その一点だけで脅迫罪が成立するとは限りません。
もっとも、そうした言葉が、結果としてご本人の行動の自由を縛るために使われているのであれば、強要罪の問題として組み立てられる場合もあります。切り分けが難しい部分ですので、自己判断で「これは罪にならない」と結論づけず、やり取りを残したうえで相談されることをおすすめします。
3. 強要罪でいう「義務のないこと」の広さ
強要罪は、店員に土下座をさせる行為や、辞職願を書かせる行為などが典型例として挙げられますが、男女間の場面でも成立し得ます。相談で挙がるものとしては、次のような例があります。
- 復縁や交際の継続を承諾させる
- 別れ話を撤回させる、「別れない」と書いた念書や誓約書を書かせる
- 謝罪文を書かせる、SNSに投稿させる、アカウントを削除させる
- 新しい交際相手と別れさせる
- 職場を辞めさせる
「権利の行使を妨害した」といえる場面としては、警察への相談や被害届の提出を思いとどまらせる、引っ越しをやめさせる、といった例が考えられます。
なお、脅されて性的な行為に応じさせられた場合は、不同意わいせつ罪・不同意性交等罪といったより重い罪の問題になります。この場合、強要罪とは別の枠組みで評価されるのが一般的ですので、事案の重さを自分で見積もらず、早い段階で専門家に確認されるのが安全です。
また、強要罪は未遂も処罰の対象です。要求に応じなかった、途中で拒み切ったという場合でも、対象から外れるわけではありません。
4. 刑事手続をどう進めるか——被害届と告訴の違い
「警察に相談する」といっても、実際の手続にはいくつかの段階があります。
相談・被害届・告訴
相談は、警察相談専用電話(#9110)や所轄の警察署で行えます。この段階でも、いつ・どこで・何を言われたかを説明できる資料があるかどうかで、話の進み方が変わります。相談したという記録自体が、後の経過を示す材料にもなります。
被害届は、犯罪の被害に遭ったという事実を捜査機関に申告する書面です。処罰を求める意思表示までは含まれていないと整理されています。
告訴は、犯罪事実を申告したうえで、犯人の処罰を求める意思を表示するものです。告訴を受理した司法警察員は、速やかに書類および証拠物を検察官に送付することとされています(刑事訴訟法242条)。処罰まで求めるのか、まずは止めることを優先するのかによって、どちらを選ぶかの判断が分かれます。
脅迫罪・強要罪は、いずれも告訴がなければ起訴できない罪(親告罪)ではありません。ただ実務上、被害を受けた方の処罰意思や、その後の示談の有無は、処分の判断において重く扱われる傾向があります。
公訴時効は3年
脅迫罪・強要罪の公訴時効は、いずれも3年です(刑事訴訟法250条2項)。起算点は犯罪行為が終了した時点で、繰り返し行われている場合は最後の行為が基準になります。
一方、慰謝料などの民事の損害賠償請求は、損害および加害者を知った時から3年(人の生命・身体を害する不法行為は5年)、行為の時から20年という別の期間で管理されています(民法724条・724条の2)。刑事の時効が過ぎていても、民事の請求が直ちにできなくなるわけではありません。
逮捕されるとは限らない
被害届や告訴が受理されたからといって、必ず逮捕に至るわけではありません。逃亡や証拠隠滅のおそれといった要件のもとで判断されるため、在宅のまま捜査が進むことも珍しくありません。「刑事事件になれば直ちに相手を遠ざけられる」と見込んで動くと、期待とずれが生じることがあります。刑事手続と並行して、後述する接触を断つための手段も検討しておくのが現実的です。
5. 動いてもらいやすくするために残しておくこと
捜査機関に相談する場面でも、弁護士が代理して交渉する場面でも、判断の土台になるのは記録です。
やり取りそのもの:LINE・メール・SNSのメッセージは削除せず、元データを残したうえでスクリーンショットも保存しておきます。相手がアカウントを削除すると復元できないことがあるため、二重に残す形が安全です。
通話の内容:自分が当事者として参加している会話の録音は、原則として証拠として用いることができると考えられています。着信履歴も、回数と時間帯を示す材料になります。
時系列のメモ:日時・場所・言われた内容・そのときの自分の対応を、その都度書き留めておきます。強要罪では「何をさせられたか」が要素になるため、応じてしまった経過も記録の対象です。応じたこと自体が不利になるわけではありません。
拒否を示した記録:「もう連絡しないでほしい」と一度は明確に伝え、その事実が残る形にしておくと、繰り返しの評価につながります。ただし、やり取りを重ねること自体が接触の機会になりますので、伝え方には注意が必要です。
体調への影響:不眠や体調不良で受診した場合は、診断書が損害を裏づける資料になり得ます。
一方で、二人だけで会って話し合う、共通の知人に仲裁を頼む、といった対応は、状況を複雑にすることがあります。相手の要求に一度応じると、要求が続く形になりやすい点にも留意が必要です。
6. 刑事対応と並行して検討できる手段
刑事手続は、あくまで選択肢のひとつです。目的が「止めること」にある場合、次のような手段を組み合わせることが考えられます。
- 弁護士名義の通知による窓口の一本化:本人が直接応答しなくてよい状態をつくり、やり取りを記録として残す形にします。
- 接触禁止条項を入れた合意書:任意の合意ではありますが、違反があった場合の対応の起点になります。
- ストーカー規制法の警告・禁止命令:恋愛感情やそれが満たされなかったことへの怨恨といった目的のもとで、つきまといが反復されている場合に検討します。警告は警察、禁止命令は公安委員会が主体です。
- 配偶者暴力防止法(DV防止法)の保護命令:交際解消前に生活の本拠を共にしていた元交際相手からの被害については、地方裁判所への申立てを検討できる場合があります。同居していなかった場合は対象外です。
- 民事の損害賠償請求:脅迫を受けたことによる精神的苦痛について、慰謝料を請求できる場合があります。
どれが適しているかは、相手との関係、これまでの経過、こちらが何を優先したいかによって変わります。「相手を処罰したい」のか、「静かに関係を断ちたい」のかで、最初にとるべき手が違ってきます。
7. まとめ
- 「別れるなら〜」という言葉は、何に対する害を告げられたか(生命・身体・自由・名誉・財産、または親族のそれ)で脅迫罪の枠に入るかが決まります。
- そこから進んで、義務のないことをさせられた・権利の行使を妨げられた段階に至っていれば、強要罪の問題になります。未遂も処罰の対象です。
- 「別れるなら死ぬ」といった自分自身への害の告知は、脅迫罪としては原則成立しにくい一方、放置してよいという意味ではありません。
- 刑事手続では、被害届と告訴で意味合いが異なります。公訴時効は脅迫罪・強要罪ともに3年です。
- 記録の残し方が、刑事・民事いずれの選択肢にも共通する土台になります。
言われた言葉が罪にあたるかどうかを一人で判断するのは難しく、迷っているうちに時間だけが経ってしまうこともあります。判断に迷う段階でも、経過を整理して相談されることをおすすめします。


