マナーうんちく話453≪冬来りなば春遠からじ≫
四季に恵まれた日本では、昔から季節が織りなす些細な変化を敏感に察知して、自然と寄り添った生活を楽しんできました。
明治5年まで日本で使用されていた「旧暦」がそれを物語っています。
旧暦には一年を24に分類した「二十四節気」や、鳥や草木や花や気候などの自然現象に目を向け、一年を72に分けた「七十二候」があります。
今でも多く存在する年中行事としてなじみがありますが、私は農作業の目安にします。
二十四節気は「立春」からスタートして「大寒」で終わります。
また日本には自然を感じる豊かな言葉も多々ありますが、この時期の言葉は縁起が良いものが多いような気がします。
「初春」を含め、春の初め頃を表す言葉の「早春」とか「浅春(せんしゅん)」もそうですね。
さらに旧暦では立春の頃に正月を迎えるので「迎春」とか「新春」の言葉があり、今でも年賀状などでよく使用されます。
また立春を過ぎた頃の季節の挨拶に「余寒見舞い」がありますが、今ではあまり聞かなくなりました。
ちなみに「寒中見舞い」は松の内が明けてから立春の前まで、つまり1月8日から2月3日までで、一年で最も寒さが厳しい時に、相手の健康を気遣う挨拶状です。
四季が明確に分かれている日本では、寒さや暑さが厳しい季節に、遠く離れた大切な人の健康を気遣う文化があったわけです。
寒中見舞い、余寒見舞い、暑中見舞い、残暑見舞いなどです。
ただ最近の「寒中見舞い」は、年賀状が出せなかったり、自分や相手が喪中だったりした時に出すケースが多いです。
「余寒見舞い」は、「春は名のみよ・・・」と歌われているように、春になったけどまだまだ厳しい寒さが続きますが、如何でしょうかという心遣いです。
立春から出しますが、いつまでという決まりはありません。
2月いっぱいを目安にすればいいでしょう。
ただ相手の住まいが寒い地域であれば、それに応じて3月初め頃までは大丈夫だと思います。
日本は南北に細長い国で、所により気候は大きく異なるので、あくまで相手の住む地域を参考にして下さいね。
立春を過ぎて、最初に吹く南寄りの強い風がおなじみの「春一番」です。
さらにこのころ吹く、穏やかな風は「春風」で、春風がそよそよと吹く、のどかで、朗らかな様子を表した言葉が「はるうらら」です。
寒さが和らぎ、空気が少しずつ暖かくなって、桜の開花が待ち遠しくなる気分です。
平和で、四季が豊かな日本ならではの大変心地よい言葉だと思います。
そして七十二候の最初の候は「東風凍りを解く(とうふうこおりをとく)」です。
暖かい風が吹いて、湖や川の氷が解け始めるという意味で、まさに春の訪れを的確に表現した候だといえます。
では「春一番」「春風」は南からの風ですが、なぜ「東風」なのでしょう。
春を運ぶ風を東風というのは、中国の陰陽五行の思想です。
つまり「東風」は東の方向から吹く風ではなく、春の風を表しているのでしょう。
春が東で、夏は南、秋は西、冬は北になります。
昔の人は、季節を恭しく迎え、季節にもきちんと礼節を尽くしたのでしょうね。
季節の節目、節目の行事やしきたりから容易に想像できます。
「衣替え」の文化はその典型的なものでしょう。
「クールビズ」や「ウオームビズ」というビジネス用語に置きかえてしまっては、あまりにも勿体ないと私は思っています。
春を迎える風を「東風」と表現するのは大変ややこしいですが、学問の神様といわれる菅原道真の《東風ふかば 匂いおこせ梅の花 主なしとて 春なわすれそ》という和歌でおなじみですね。
中国には皇帝が勉強を始めると梅が咲いて、勉強をさぼるようになると梅の花が閉じたという故事があり、それがもとで梅が学問に結びついたようです。
菅原道真は幼いころから梅が大好きで、一生梅を愛で続けたので、学問の神様になったのでしょう。
旧暦2月は「如月」ですが「梅見月」ともよばれます。
二月はまさに梅の季節ということです。
梅の花がほころんでくると、凛とした清い香りが春の訪れを知らせてくれます。
古来、日本では梅は香りを愛でるものです。
梅見月も美しい言葉ですが、梅の凛とした香りや、清楚な感じのする花を見て、それらを心地よいとする豊かな感性があったからこそ、日本に敬語が生まれたのではないでしょうか。
万葉集において、萩に続いて梅がたくさん詠まれているのが納得できる気がします。
《春されば まづ咲く宿の梅の花 独り見つつや 春日暮らさむ》
万葉集に掲載されている山上憶良が詠んだ歌ですが、春になって我家の庭に真っ先に咲いた梅の花を、自分一人だけ見て、一日を過ごすのだろうかという意味でしょうか。
中国から伝わった梅を、当時の貴族は清楚で気品ある花として捉え、梅を自分の屋敷に植えて、梅を鑑賞する歌会を開いたといわれています。
梅を愛でることがステータスだったのですね。
また梅といえば「鶯」ですね
鴬は緑褐色の小さな鳥ですが、梅と一緒に絵に描かれることが多い鳥で、花札にも「梅に鶯」の絵があります。
「梅に鶯」という言葉もよく知られています。
調和して風情のある取り合わせ及び、仲の良い間柄を意味する言葉です。
例えばビールに枝豆もそうでしょう。
竹に寅、紅葉に鹿、花に蝶、松に鶴などもよくしられています。
特に「梅に鶯」という言葉は、厳寒の中、百花に先駆け真っ先に咲く梅が「春告げ草」と呼ばれるのに対し、春先に美しい鳴き声で春を知らせる鴬は「春告げ鳥」と呼ばれ、どちらもいち早く春の到来を告げてくれるので、大変めでたい組み合わせだといえます。
総じて「立春」は暦の上では、一年がスタートする大変おめでたい日です。
そしてこのおめでたい日に相応しい言葉が「マナーうんちく話」でもたびたび登場した「立春大吉」です。
縦書きに立春大吉と漢字で書いたら、左右対称で、裏から見ても、表から見ても同じように見えるので、鬼が家の中に入ったのか、どうか迷ってしまい、退散するので縁起がいいといわれています。
魔除けと健康長寿祈願の言葉です。
さらに立春の「福茶」もマナーうんちく話に登場しました。
普段飲まれている緑茶に、小梅や結び昆布や豆を入れて、楽しまれてもいいと思います。
梅は「松竹梅」の一種で、昆布は「喜ぶ」、豆は「マメに」に通じるので縁起がいいわけですが、私は番茶やほうじ茶に昆布と梅を一つずつ、豆は奇数の3ついれて、感謝の気持ちで戴きます。
気持ちがほっこりします。
「三寒四温」という言葉もこの時期ですが、寒い日が3日続けば暖かい日が4日続くという、早春の気候を表現する言葉です。
ただ、こんなに規則正しく気温が変動することは殆どありません。
寒さと暖かさを繰り返しながら、季節は確実に冬から春に変わっていきます。
「春の来ない冬はない」ということです。
悲しいことがあっても、それは長続きしないで、やがて喜びが訪れるということです。
一年で最も寒さの厳しい頃ですが、ささやかな日々の移ろいに、心動かせ、旧暦の暮らしに溶け込んでみるのもいいものです。
特に立春は、厳しくてつらい冬から花咲く春へと移り変わる頃で、待ちに待った日であり、一年の起点になる日でもあります。
科学も医学も発達していない昔の暮らしは単調なものです。
その中で季節に応じた歳時や祭りを行うことで、生活にメリハリをつけ、暮らしを少しでも楽しくしようと試みたのでしょう。
立春の多彩な言葉や催事には、現代人が参考にしたらよいと思われる生活の知恵や工夫が凝縮されています。
今の時期ならではの風物詩を積極的に楽しんでいただきたいものです。
心がほっこりします。