マナーうんちく話706《結婚式の心付けのマナー》
【冠婚葬祭の知識とマナー26】 大きなリスクがあった戦前の結婚
岡山県のホテルで結婚式が行われ始めて、かれこれ50年位になるでしょうか?
それからしばらくして、ホテルに就職し結婚式の仕事に携わるようになるわけですが、当時は殆ど神前挙式で、花嫁の衣裳は白無垢が主流を占めていました。
白無垢から色打ち掛け、さらにカクテルドレス・ウエディングドレスと色直しが行われたのが一般的でしたが、和装だけ、洋装だけの花嫁もおられました。
このように、多くの花嫁は白無垢で入場するわけですが、その際の音楽は「花嫁人形」という曲が圧倒的に多いかったように記憶しています。
歌詞の内容は、
1番 金襴緞子の帯しめながら、花嫁御寮はなぜ泣くのだろう
2番 文金島田の髪結いながら、花嫁御寮はなぜ泣くのだろう
というような内容で、何とも言えない哀愁の漂う、スローテンポの曲です。
当時の私には、嫁ぐ花嫁がなぜ涙を流すのか理解に苦しんだのを鮮明に記憶しています。
それから幾分、人生経験を積み知識も吸収したので、今では推測ができます。
結婚するのに、花嫁が泣いている理由は、
○花嫁の家が大変貧しいので、それを補うため好きでもない人の所へ嫌々ながら嫁ぐから。
○自分の家元を離れて他家に嫁ぐということは、多くの不安があったから。
○結婚して他家に嫁いだら、過酷な労働を余儀なくされるから。
以上のような理由が考えられると思います。
勿論、現在の花嫁が流す涙はうれし涙ですが、この歌が発表されたのは大正時代ですから、当時の女性には権利は殆どなく、家長のいいなりにならざるを得なかったわけですね。
このシリーズをご覧頂いている方には納得して頂けると思います。
また昔は、「嫁にやる」「嫁をもらう」という時代でしたから、結婚するということは女性にとって大きなリスクを背負わされるということだったようです。
さらに「嫁をもらう」ということを、「手間をもらう」とも言っていました。
岡山県でも例外ではありません。
この「手間」の意味をご存知でしょうか?
「手間」=「労働力」です。
要は、女性は結婚して他家に嫁いだら、今みたいに「ラブラブの関係」ではなく、「早朝から深夜まで働き積め」だったわけです。
だから嫁ぐに当たっては、涙が自然に出てきたのでしょうね。
NHKの大河ドラマに登場した江にせよ、花嫁人形に謳われた花嫁にせよ、その頃の女性は捨て身の献身の中に、他家に嫁いでいく意味や意義を見出していたような気がします。
では男性はどうだったかと言いますと、男性も必ずしも幸せではなかった気がします。
理由は戦争です。
男性が恋愛適齢期、結婚適齢期になると、恋愛や結婚どころか、お国のために徴兵され、鉄砲を担いで戦地に出向きます。運悪く戦死すれば、恋や恋愛を一度も経験することなくあの世に召されるわけです。これは悲劇です。こんな時代が半世紀以上続いたわけですね。
ただ、今と当時は価値観が全く異なりますので、それが幸か不幸かは一概にはいえません。