学生のうちにやっておけばよかったことは何ですか?
表題の記事を読み、この状況を憂う一人として一言。
昨今の出版不況は、大変とも言える状況で、このコラムでも取り上げることもありますが、書店が倒産に向かわざるを得ない状況とも言えます。記事では、創文社が平成32年の創業70年をもって会社を解散するとの旨がありましたが、これには衝撃を受けました。創文社は仏教学の本は多くはありませんが、良質な本をたくさん出しています。それだけ日本人が学術書を読まなくなったということでしょうか。私の後輩が、以前、出版社に勤めていましたが、彼曰く、学術書は通常、500部しか刷らないそうです。たった500冊しか売れないということなのでしょう。二版目、すなわち1000部売れるとその著者は売れっ子ということになるそうです。こういった著者がいると出版社も助かるのだそうです。これは必ずしも電子書籍の出現とは関係がないようです。電子書籍になったら学術書を買うかというとそうとも言えないのです。また近年はオンラインジャーナルもかなり高騰しています。
しかし、一方で、大雑把な言い方をしますが、そういう問題ではないような気もします。私は学部生の時から少しずつ学術書を買ってはいましたが、その当時は、一回ずつ、滝から飛び降りるつもりで買っていました。院生になると、生活を圧迫しながら買っていました。その当時から、学術書は高いというイメージがありましたが、最近は、さらに高騰しているようです。これでは、学生はさすがに手が出なくなります。そこに加えて、学生も貧困化しています。学生の貧困化について内田樹氏が鋭い指摘をしておられます。
教育が貧困化する→本の読み手が減る→本が売れない→本が高騰化する→余計学生が買えなくなる。こんな悪循環からもはや抜け出ることは困難となっています。学生は、それぞれの学問分野における、最下層、良く言えば土台。悪く言えば底辺層です。しかし、最も数が多くなければならないはずです。すなわち、500部の本を買う主力は、本来学生でなければならないはずなのです。しかし、教育水準の低下、学生の貧困などが連鎖すると、本屋までが、立ち行かなくなってきたのです。負の連鎖の影響は産業に出た典型例になってしまったのです。
昔は本屋が学者を育てたということは珍しくありません。執筆面はもちろんのこと、生活面でも、出版社で働いた下積み時代を懐かしく語ってくれる昔の学者はたくさんいました。春秋社などはその典型だったと思います。もはやどこをどうすれば、この負の連鎖から脱却できるのか、その目は見えませんが、こういうときこそ、国を名乗る役所の出番というよりは、彼らの責任でこうなったと言えるはずですから、責任をもって欲しいと願うばかりです。こう言うと余計絶望的ですが・・・
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