日本の大学の来し方行く末
表題の記事を読みました。こちら
私もごく最近、高校生からこれを聞かれ、さらにある高校生のお母さんからも聞かれました。多くの人が疑問に思っている点なのかもしれません。私が意味があるのか、ないのかと問われれば、間違いなく「ある」と答えます。大学に行くことは、人生において大きな意味を持ちます。しかし、私の身近にも、意味がなかったと言っている人もいます。私の持論は「結果が全て」ですが、やはり学部時代に何もしなければ、何の結果も出ず、意味がなかったと思う人もいるのだと思います。表題のように金銭的なことを絡めて言うならば、数百万円という金額を投資するに値する学びをするかどうかは、本人にかかっています。大学は情報の宝庫ですので、やろうと思えば、投資した数倍の情報が手に入ります。また大学という組織にしかない情報もたくさんあります。あるいは、個々の大学にしかないものもあります。また、今は大学間の交流もありますので、どこかの大学の学生証があれば、他の大学の情報をもらうこともそんなに珍しくありません。単位互換制度もかなり根付いています。
要は、誰でも言うことですが、その人次第ということになります。問題はむしろここからで、大学で投資に見合うことをできない(できなかった人)をどうするかという問題が生じます。私たちの学生時代なら「ほっとく」しかなかったと思いますが、今は何でも至れり尽くせりです。痒いところに手が届くだけでなく、痒くないところまでかいてくれます。私が学生の時なら、かえって煩わしかったと思います。それはさておき、結局自分の学生時代との比較になるのかもしれませんが、今は、学生相談も充実していますし、手を差し伸べてくれる人、機関はたくさんあります。思えば、本当に良い時代です。
しかし、それでも尚、「やる気がでない」「何のために勉強するかわからない」という学生も確かにいます。はっきり言えば、授業中にスマホでテレビを見ている学生もいます。今はスマホを完全排除できない面もあり、教員も注意しにくい時もあります。授業が始まる前から寝ていて、終わるまで寝ている学生もいます。不思議なことに終わる数分前には起きるのですが。まだまだ、こういった学生の事例はたくさんあります。しかし、トータルで見るとやはり一部と言えます。結論として、数百万円払って、大学に行く意味がない人は、ごく一部の人にしかすぎません。大半の人にとっては、様々な面で意味があるのです。
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