日本の大学の来し方行く末
国立大学の文系が危機だと言われています。
大学の「文学部」が政府に消されようとしてる・・という記事を読むと、
危機感を持たざるを得ません。
この危機感について内田樹氏が鋭い指摘をしておられます。
内田氏が述べておられる私塾に、私たちも入れるように努力してかねばなりません。
そもそも文系、理系という分け方も大学入試の便宜上のものですので、
曖昧と言えば曖昧なものです。近年は学際的な取り組みを多くの大学は
しています。それをわざわざ国という名の役所が介入して、一体何をしようと
しているのかが、全く見えて来ません。しかし、こういった役所の通達というのは
重いようで、神戸大学や横浜国立大学が文系学部の統廃合や再編を
検討しているとのことです。いわゆるスーパーグローバル大学になれば、
国費が重点的に投入されるということのようですので、こういった役所の
方針には抗いにくいところだと思います。
しかし、文系学部は、理系学部と同様に大学教育にとって極めて重要です。
現実を見つめる目、他者を思いやる視点、全体像を俯瞰する目は
むしろ文系学部によって養われることが多いと思います。とりわけ人文科学は
たかだか5000年程度の歴史しかない人間の知的な営みにほぼ無限の深みを
与えたものです。繰り返し繰り返し問い直しが行われることによって、
何世代もの人間が問いを引き継ぎ、少しずつ深化していったものが今に残ります。
よく言われることですが、潰すのは簡単です。しかし作るのは難しいのです。
改革が必要なのは当然のことであり、それはいつの世も同じ事です。
しかし、潰そうとするのであるならば、次のビジョンを明確にしておかねば
ならないのです。しかし、2014年8月、文部科学省から全国の国立大学へ
通達されたのは「教員養成系、人文社会科学系学部の廃止や転換」であり、
具体的に何を作るかということではありませんでした。
こういった時には、まず何を作るかを明確にすべきなのです。その上で
明らかに不必要になったものを廃止する、再編するといったことはある程度
合理的と言えますが、ただ文系とレッテルをはり、それを廃止するような
上から目線の通達が、何か良いものを生み出すとは思えません。
何か新しいことを、さらに良いものを生み出すための改革が本来の改革でしょう。
ただ、ビジョンもなく潰すだけの行為を改革とは呼びません。国立大学に
文系が不必要だと明確な根拠もなく、決めつけてしまい、確たるビジョンもなく
これまで営々と築き上げてきたものを潰してしまい、その後、何ができるかについて
誰も想像さえしていない。こんな杜撰な通達に大学が振り回されていることに
何とも歯がゆい思いがします。今こそ、もっと多くの人が文系学部の重要性を
説いて回る必要性があります。就職がないとか、そんなネガティブな話ではなく、
この人文、社会科学を学ぶことが、人生にどれほどの彩りを与えてくれるか、
教養を身につけることで、大人になった時、どれほどの苦しみを乗り越えさせてくれるか、
こういったことを、文系の先生たちは声をあげて、説いて欲しいと願います。
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