北海道で行方不明だった男児が無事保護された件 ~この一件は親としての資質が問われる時でもある~
みなさんは、街を歩いていて、閉業したコンビニや商業ビルの内部が「ボロボロ」になっているのを見かけたことはありませんか?
壁紙が無残にはがれ、天井から配線が垂れ下がっている少し不気味な光景を目にすると、「誰かが悪意を持って壊したのだろうか」と不思議に思うかもしれません。
実はあの光景の多くは、事件でも自然の劣化でもなく、次の活用に向けて中身を撤去した「工事の跡」です。日本の賃貸契約では、退去時に中身を空っぽの骨組み状態に戻すルールがあるため、あのような姿になります。
しかし、これが「廃病院」や「廃ホテル」、あるいは私たちの身近にある「ゴミ屋敷や空き家」となると、話の毛色がまったく変わってきます。そこにあるのは工事の跡ではなく、本当の意味で管理ができなくなり、不法侵入者や自然の雨風によって「本当に壊されてしまった」本物の廃墟です。
では、なぜこれほど危険な建物が、何年も、時には何十年も片付けられずに放置されているのでしょうか。
私たちはつい、「持ち主が無責任だからだ」「そんな古い法律はすぐに改正して、国や市役所が強制的に取り壊せばいい」と、単純に考えてしまいがちです。しかし、問題の本質は「法律を変えれば解決する」というほど簡単なものではありません。そこには、私たち普通の国民が、国が作った制度の中で「そうせざるを得ない構造」に追い込まれている現実があります。
たとえば、日本の税金には「土地の上に家が建っていれば、土地の固定資産税を最大6分の1に減額する」という特例があります。これは、土地を持つ私たち国民にとっては、生活や財産を守るための非常にありがたい大切なメリットです。決して悪い法律ではありません。
しかし現代、この仕組みが別の形で私たちの前に立ちはだかっています。もし古い実家を取り壊して更地(さらち)にしてしまうと、翌年から土地の税金が最大6倍に跳ね上がってしまうのです。大きな病院やホテルを解体するには億単位の費用がかかりますし、個人宅であっても数百万円が必要です。
解体費用を払う余裕がなく、かといって更地にすれば税金で生活が圧迫される。その結果、「ボロボロであっても、そのままにしておかざるを得ない」という選択に、多くの人が追い込まれているのです。
テレビのニュースなどで「ゴミ屋敷」や「放置された空き家」が取り上げられると、私たちは「あの住人は迷惑だ」「あそこの持ち主は無責任だ」と、個人を責めてしまいがちです。しかし、誰が好き好んで、自分が生まれ育った実家やいま住んでいる家をボロボロにしたいでしょうか。
そこにいるのは悪人ではなく、国が作った「壊しても増税、放置してもボロボロ」という逃げ場のないルールの中で、必死に損をしないように、あるいは生活を守るために身動きが取れなくなってしまった、私たちと同じ一般の国民(被害者)なのです。
そして今、この問題は「街の景観が悪くなる」というレベルを遥かに超えて、国家の安全保障を揺るがす重大な危機へと繋がっています。
日本人が維持できなくなり、守りきれずに手放した地方の広大な土地、命の源である水源地(山林)、そして自衛隊基地の周辺にあるマンションなどを、今、海外の富裕層や資本家たちが合法的に、格安の価格で買い漁っています。
ここで驚くべきなのは、日本という国の法制度の特異さです。
世界を見渡すと、多くの国では外国人の土地購入に対して非常に厳しい制限を設けています。たとえば、外国人は土地の「所有」が認められず、国から最長99年間「借りる(レンタルする)」ことしかできない国や、安全保障上重要なエリアの購入を完全に禁止している国が数多く存在します。自国の国土を守るための、当然の防衛策です。
しかし日本は、世界でも極めて珍しく、外国人であっても日本人とまったく同じように「土地の完全な所有権」を永久に持つことができます。この国際的なルールの隙を突かれる形で、日本の国土が次々と買われているのです。一度海外資本に買われてしまった土地は、どれだけ周囲に迷惑をかけようが、日本の法律や役所の指導がほとんど届かない「見えない無法地帯」になってしまうリスクを孕んでいます。
ニュースでは連日のように、ミサイルの脅威や軍事費の拡大といった「外側の防衛」ばかりが強調されています。しかし、これからの時代に本当に必要な防衛とは、目に見える兵器を並べることだけではありません。私たちの暮らしの土台である土地や資源、技術、インフラを国家レベルで守る「経済安全保障」の視点が今、何よりも求められています。
どれだけ強固な城壁を作って最新の兵器を並べても、城の内部が制度の穴によってシロアリに喰い荒らされるように失われていけば、国家は戦う前に自滅してしまいます。真に私たちが備え、目を向けなければならないのは、この「内側の危機」ではないでしょうか。
私たちは、メディアが流す分かりやすい「外の恐怖」に目を奪われ、同じフラットな立場であるはずの国民同士で「あの人が悪い」「この持ち主が迷惑だ」と叩き合わされているうちに、問題の大元である「制度の機能不全」を見失わされているのかもしれません。
「知ったところで、個人には何も変えられない」
そう諦める必要はありません。大切なのは、まず今何が起こっているのかという「事の真相」を正確に知ることです。目の前のボロボロの景色から、社会の仕組みの矛盾を見抜き、一人ひとりが深く考察し、洞察すること。
国が流すストーリーに流されず、同じ国民として痛みを共有しながら物事の裏側を見抜く目を持つことこそが、これからの時代を生きる私たちにとって、最大の自衛策になるはずです。
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上記コラムは私が疑問に思ってたことをAIに聞いてみたところ
対話が進んでそこから見えてきた真相の裏側を
少しでも皆様に考える材料として提供できればと思い、そのままAIにコラムにしてもらいました。
文章や構成などはAIによる生成物ですが
当時の対話内容を流れのまままとめてもらったものですので
(私が何度も指示したり指摘したりして調整してもらいましたが)
私の主導によるコラム内容だと思って受け取っていただけましたら幸いです。


