したたかな人生、祖母の思ひ出―この人だけは敵に回したくないと思わせる人―Ⅰ
あのう、ちょっといいですか?
靴磨き店を出たあと、お土産など買って、さらに時間があったので文具店でも覘いてみようかと歩き始めたときのことである。私は突然呼び止められた。
「あのう、すみません。ちょっとお話いいですか?」
『えっ、なになに・・』私は心の中で身構える。だいたい、道を歩いていて「ちょっといいですか?」と声をかけられてろくなことになった試しがない。
身構える私に彼は
「あのう、先ほど立ち寄られた靴磨き店の者です。」
『ああ、なんだそうか。でも、追いかけてきてまで何の用なんだろう?』
と新たな疑惑が湧く。
「あ、ああ、そうなんだ。え、で、なに?」
ついさっき会ったばかりで、かつ丁寧に私の靴を扱ってくれた人だというのに、顔も覚えていない自分が情けない。その彼が切り出した。
「あのう、以前うちの店での出来事についてネットに文章を書かれていましたよね。」
『うっ、あのことか。そ、それにしてもあれがなにか・・・・』
と、やや話が違う方向になってきたことにさらに身構える。
「ああ、あれね。まあ、あんなことちょっと書いちゃったけど・・書いたのが僕ってよくわかったね。」
「先程、店でお話されているのを聞いていてわかりました。一度、お話をさせていただきたくて。」
まだ私はピンときていない。
こりゃあ、じっくり聞いてみるか
「そ、そうなんだ。で、お話というのは?」
「はい、あの文章に書かれていたあのスッタフですが、実は彼には私が新人時代に結構つらく当たられまして・・」
『そうか、やっぱりあいつの話か。それにしてもなんか面白い展開になりそうだぞ・・』と、心の中で思った私は、今立ち話している、人通りの多い場所から少し端っこに彼を促した。『こりゃあ、じっくり聞いてみる必要がありそうだ。』と思ったからである。
さて、彼の話によると、私が注意したあの男より後に入社した彼は、新人時代あの男に結構きつく当たられたというのである。まあ、いうなればイジメという奴か。仕事に対して自分なりのポリシーやプライドを持っていた彼は、そうやって職場であんまり理不尽な扱いを受けるので、すっかり腐っていたらしい。
もうやめちゃおうかと思っていたある日、仕事を終えて家に帰ると、彼の奥さんに「ねえ、あなた。ネットにこんな文章を書いている人がいるわよ。」と見せてくれたのが私のコラムだったというのだ。
お役に立ててうれしいよ
そこには、普段彼があの男に抱いていた思いとシンクロするようなエピソードが書かれていた。それは、彼を励ますことになったらしい。
そうして、彼は『ああ、自分は間違っていなかったんだ。』と思い、仕事を続ける勇気が出た、というのである。つまり、私のコラムが、一人の人間を励まし、元気づけたことになる。しかも、結構重要な判断に寄与したことになるのだ。
「へぇー、それは良かった。あなたのお役に立ててうれしいよ。で、彼とはその後どうなったの?」
と聞くと、あの男は結局会社を辞めたという話だった。
一緒に働いていた当時、結構上から目線で、プロとしてあり方がどうのこうのなどと、いろいろと言われたらしいが、私からすれば、あの男に対しては
「君こそ、全然なっていないよ。一人前の社会人としてもっとちゃんとした方がいいよ。」
と言いたくなるくらいの接客態度であった。
しかも、今思えば、肝心の靴を磨くスキルもどうだったか?・・今日話している彼に比べても、とても丁寧な仕事とは言えなかったような気がする。つまりあの男は、顧客という外部に対しても、同僚という内部に対しても、あまり感心できる勤務態度とは言えなかったことになる。
直に接触するのは初めてのこと
しかし、それはまあいい。私の書いた文章が一人の人間を励まして、仕事を続ける力になれたとすればこんなうれしいことはない。
別れ際、彼に
「いい奥さんでよかったね。どうか奥さんにもよろしくお伝えください。」
と、私の文章を見つけてくれた彼の奥さんにも感謝の意を伝えた。
私は自分の書いているブログやコラムがどんなふうに読まれているのか、どんな層の人たちが読んでくれているのか知る由もない。そんな中、今回のように誰かに影響を与えた、という話を直接聞くのは初めてのことである。しかもそれが、いい影響だったというのはうれしいハプニングだ。
まあ、できればあまりネガティブなことは書かない方がいいに決まっている。しかし、これはさすがにどうよ!と思うようなことは、これからも書いていくことだろう。私なりの切り口、いろいろと訴えていきますので今後とよろしくお願いいたします。
今回話をした彼に磨いてもらったローファー。
長年履いている一足にもかかわらず、
とてもきれいに仕上がっています。
おしまい