青春の彷徨、新宿ゴールデン街―無頼に生きる、がテーマだったあの頃―Ⅰ
あの男はいなかった
前回書いたように、羽田の靴磨き店に寄って、くだんの若者とのやりとりがあってから、今度は少し間があいてしまった。磨いてもらいたいな、と思いつつ何回か羽田は通過したのだが、フライトの時間が遅かったり(店の営業時間が5時まで)営業日(日曜日休み)が合わなくて、なかなかチャンスがなかったのである。
しかし、9月の初め、たまたま少し早めの時間に羽田を通過することができた。鹿児島に帰る便が夕方ちょっと早い時間だったので、私はくだんの靴磨き店を訪れた。
今回も履いている靴と鞄に入れてきた靴の2足を磨いてもらうつもりで持ってきたのだ。店に立ち寄ると、一人の若者が客を待っていた。初めて見る顔で、あの男は、今日はいないようだった。この日は、ほかに客はいなかった。
私は履いていた靴を脱いで彼に渡すと、スリッパを借りてそれを履き「もう一足あるんだけど。」と鞄の中の靴を取り出した。彼はそれを受け取りながら、「あのう、前払いで一足1,500円の合わせて3,000円です。」という。『あれっ、以前は後払いだったけどな。』と思いつつ、大した話でもないのですぐに払った。
スタッフとの会話
彼は、まず私が履いてきた方の靴をカウンターで磨き始めた。鞄に詰めてきた方の靴は、彼の横に置いてある。両方磨き終わるのにはちょっと時間がかかるかな、と思案を巡らしていると、もう一人スッタフの男性が帰ってきた。おそらく休憩中かなんかだったのだろう。このスッタフもくだんの男とは違う人だった。
私が少しホッとしながら見ていると、磨いて居たスッタフが支持を出して、もう一足は、休憩から帰ってきたその男性が、袋から取り出して磨き始めた。店の奥の方に座り、私に背中を見せながら磨いている。
私はいつものように目の前で磨いているスタッフに話しかける。
「何回か、日曜日に立ち寄っちゃって、あちゃー、休みだった。で、持ってきた靴をそのまま持って帰ったことがあったよ。」
「ああそうでしたか。日曜休みなもんですみません。」
まあ、普通に返事をしてくれる。
「あなたたちは、靴好きが集まってこの会社を作ったって聞いているけどそうなの?」
「はいそうなんです。社長がそういう人らしくて・・」
彼もそれほどコミュニケーションは得意な方ではなさそうだが、普通に返事をしてくれる。私が頭に来たというあの男とはこんな会話すら成り立たなかった。
「以前、こんな風に話ししていても、あんまりちゃんと返事してくれない人がいて、なんか白けた感じになったことがあったよ。」
と、軽く以前の出来事に触れてみる。すると彼は
「ああ、話すの苦手な人も結構いるんで・・」
と、まあ至極真っ当な返事を返してきた。私も
「そうだよね。ただ、この店を利用し始めた最初の頃、別のスッタフさんとは結構靴の話やなんかで盛り上がったこともあったからさ。」
とだけ話して、あとは適当に無難な話題でお茶を濁す。
すごく丁寧な仕事
そんな話をしながら靴が磨き終わるのを待っていたのだが、この日は、店の奥で磨いているもう一人のスッタフが、かなり熱心に磨いてくれているようで、なかなか終わらない。目の前の彼も、そのフィニッシュにタイミングを合わせたいのか、やはりいつもよりかなり丁寧に磨いてくれているように思えた。
そうしているうちに、やっと奥のスッタフの分が磨き終わり、ひと目でわかるくらいピカピカになった私の靴を持ってこっちにやってきた。やはり、かなり丁寧に磨いてくれていたのがわかる。私はその靴を受け取って、入れてきた布袋にしまおうとしたら、磨いてくれた彼が
「あっ、私がしまいます。」
といって、片方ずつ薄くて柔らかな素材でできた靴用の紙袋に入れてから布袋にしまってくれた。私は
「そんなにしていただくほどのもんじゃないけど、どうもありがとう。」
とお礼を言って店をあとにしたのである。
スリッパを履いて待つという
なんだか間抜けな姿
つづく