私の仕事史「マイ チャレジング デイズ」―バブルを横目に、かくもエキサイティングな日々―Ⅰ
人生相談には3つのパターンが
以前、まだ新聞を購読していた頃「人生相談コーナー」でいろいろと相談されている内容について、私なりの見解を述べていた。振り返ってみると、人生相談コーナーからコラムのテーマとして取り上げるとき、3つのパターンがあることがわかった。ただ取り上げていたわけではなく、そのパターンによって、こちらの感想もかなり異なったものになっているようである。
第一のパターンは、相談内容そのものに共感するというものである。不運な境遇や苦しい胸のうちに対して、同情や共感を覚え、思わずなにか書きたくなる、というパターンである。これは相談者が、その人の人生の中で遭遇した出来事や運命のようなものに翻弄されたり、苦しんだりしている状況を吐露するもので、こちらも感情を揺さぶられる内容のものが多い。
第二のパターンは、相談者が日常接触している(或いは接触せざるを得ない)「相手」の問題ということになる。非常に困った人間が身近にいて、その人の我が儘な性格やキャラクターに翻弄されというものである。パターンとしては嫁舅あるいは嫁姑の確執、或いは旦那さんが異常に我がままといったケースが多い。中には、ヘェーッ、そんな人が世の中にいるんだ、と驚かされることも少なくないのである。
第三のパターンは、相談者その人が呆れたキャラクターというケースである。相談してくる本人は気がついていないようだが、明らかに一般的な考え方や判断基準からは相当乖離しているにもかかわらず、当然のように自分の主張を強く訴えてくる。ときには「この人、本当にこんなこと考えているのかな?!」と思うほど、自分勝手な論理を振りかざす人もいる。そんなとき「この相談、創作じゃないの?やらせかも知れない!」と考えてしまうくらいである。
驚くべきタイトル
常に何か書くためのネタを探している私にとって、これらのパタ-ンの中で、「ん!これはなにかしらコメントせずにはいられないぞ!」と感じたとき、思わず書き始めていることが多い。中でも上記三つのパターンの最後、相談者本人に問題があるなあ、と思うケースを結構頻繁に取り上げていた。
せっかく本人がいきんで相談してきても、私のように感じる人は多いのではないか。第3者から見れば、独りで隘路に入り込み空回りしてしまって、ただグジグジと悩んでいるように思えてならないのである。
この相談者自身に問題があるなあ、と感じる中でも、かなり辛辣なものがあって、唖然とさせられるケースがある。先日遭遇したある女性からの相談はそういった内容のものだった。
まず、相談のタイトルからいささか驚かされる。そのタイトルは「夫のせいで私の価値下がる」というものであった。
それは次のような書き出しで始まる。
― 40代の女性公務員。夫との結婚生活に幸せを感じられません。―
出だしは普通である。まあ大抵の場合、このあとに、グータラ亭主でとか、マザコンでとか、大酒飲みでとか、DV(家庭内暴力)でとか、ギャンブル依存症でとか、が続く。中でも一番多いのは、女癖が悪く苦労させられた、というものである。
しかし、今回の場合そのいずれでもなかった。「なるほどそんな夫では、あなたの苦労もわかります。」といった要素がまるでない相談だったのである。
夫が自分の価値を下げる?!?
相談内容は次のように続いた。
―彼は学歴が低く、給料も安くて不安でしたが、いざとなれば離婚すればいいと思って結婚。子供ができてから不安が不満に変わりました。―
まず、最初の1行に驚かされる。学歴が低く給料が安い、といきなりなじった上に、いざとなれば離婚すればいいや、という前提で結婚した、というのである。そもそもこんな結婚があり得るのだろうか、と驚かされるが、どういうわけかこの人はそういう結婚を選んだ。
子どもができて不安が不満に・・とあるが、まあいいところは何もない結婚生活である。ご主人も子供さんも気の毒に、と言うしかない。
さて相談はその不満の具体的な内容へと続く。
―ママ友との話題が夫の学歴や仕事になると嫌なのでハラハラします。周りの人は注文住宅やタワーマンションなのに、わが家は小さな建売住宅。周りとの格差を感じる度に、夫のせいで私の価値が下がっていると思ってしまいます。―
いやはやすごいなあ・・・・長い間、人生相談コーナーを見てきたが、これほど、特に問題のないと思われるパートナーをこき下ろす人は初めてである。もっとひどいこき下ろし方があったとしても、それはパートナーである夫の方に相当問題がある場合が多かった。
夫が自分の価値を下げる、と書いているが、そもそも書いている内容が、かなりこの人の価値観の低さを表している。この人は、やたらと他人と自分を比べるのが好きなようだ。
この相談者は神奈川の人らしい。近くにタワーマンションがあるということは、そこそこ都会なのであろう。そんな立地で、建売とはいえ、住宅を持てたのは立派なものである。ご主人はそれなりに頑張ったのではないか。
そんなご主人への感謝の気持ちなどさらさらないようで、自分のことばかり主張している。
結婚をメリット、デメリットで判断するのか!?!
さて彼女の相談は次のように続いていた。
― 夫には不満を伝え、離婚の話も出ました。でもシングルでは今より生活レベルが下がり、自分が忙しい時に助けてもらえる人が近くにいないなど、デメリットも多いため踏み切れません。私の気持ちを知った夫もつらいと思います。―
ふむふむ、離婚の話も出たのね。そりゃそうだろう、と思う。この状況で離婚の話の一つも出なければ逆におかしいだろう。
しかし、それを踏みとどまらせたのは、生活レベルを落としたくないという思いと、忙しい時に助けてもらえないという、あくまでもこちら側の理屈である。これに対して、ご主人の側はどう思っているのか知りたいところであるが。
こういった彼女の思いを総括する言葉が「デメリット」である。出たーっ!「デメリット!」ついにこの言葉が出た。
先日、テレビを見ていたら、今の若者が「どうしてなかなか結婚しないの?」といいうマスコミの取材に対して「メリットがないから・・」とか「デメリットしか感じられないから・・」と答えていた。
それを見ていて「おいおい、結婚をメリット、デメリットで判断するのかよ。結婚というのは、もっと違う価値観で考えるものだろう。」と思ったのを覚えている。ただ、この取材に答えていたのは、結婚前のまだ若い世代の子たちであった。
これに対して、この相談者はすでに40代である。しかも、結婚し子供ができ家庭を持っているのだ。そんな分別のあるであろう世代の人間から、未熟な若者たちと同じレベルの言葉が出てくるとは思わなかった。
若者たちに言いたいのはここのところである。結婚をメリットデメリットで考えていては決して幸せになれない、ということなのだ。
ここにいいサンプルがあるではないか。この相談者は、今とは違った条件のいい相手(学歴や収入が高いということになるのか・・)と結婚し、この人の言うメリットがそれなりに大きかったとしても、決して幸せにはなれないだろう。
傍から見て、それなりにメリットのある生活を送れているにもかかわらず、他人との比較で、より大きなメリットを想定するためにいつまでも不安や不満が消えることがない。
微かな救いがあるとすれば・・
まあこの相談者に微かな微かな救いがあるとすれば、「私の気持ちを知った夫もつらいと思います。」と言っているところである。そりゃあそうだろうけど、ここまでの彼女の主張を聞いていると、そんな配慮さえないんじゃないか、と思ってしまう。
しかし、それくらいは夫の気持ちを忖度する心の余白はあったのね、と思いつつも、まあ夫の方も少々のつらさではないだろうな、と推測する。夫の反撃についてはなんにも書いていないところをみると、大人しい人物なのかも知れない。
ここまで散々言いつつ、この相談者は最後を次のように締めくくっていた。
― どうしたら幸せを感じられるのでしょう。やはり離婚するのがいいでしょうか。―
うーん、幸せを感じたいわけね。まあそうだろう。だからこの相談コーナーに応募してきたわけだ。
しかし、先述したように、こういうタイプの人が、幸福感を感じるのは難しいだろう。この人のように差別主義者は差別することで幸福感を得ようとする。この人の場合、夫の学歴やタワマンといった住んでいる家のグレードといったことになる。
しかし、ちょっと考えればわかるように、そんなものはいくら追及しても上には上がいるのである。比較し続けている限りきりがないし、そのことで幸福感を得られることはないだろう。
まあ、とにかくここまでエゴイスティックに自分を主張し、身近な存在である夫をこき下ろしている人も珍しい。この相談に対する回答はいかなるものになるのであろうか。
回答者はライターの最相葉月さんである。アクティブに生きている彼女の回答は、いつも切れ味が鋭く面白いものが多い。
さて、今回はどんな風にぶった切ってくれるだろう。私は、楽しみに彼女の回答を読んだ。
家庭の平和ってやつですかい?