【親子問題】生前贈与を迫られている|断り方と記録の残し方

若井亮

若井亮

テーマ:親子問題

この記事は、2026年10月時点の民法・刑法・高齢者虐待防止法・相続税法の規定と、国税庁の公表資料に基づいて作成しています。民法の贈与の規定は2020年4月施行の改正により「撤回」が「解除」という言葉に改められており、本文は改正後の条文で説明しています。税額の計算は個別の事情で大きく変わるため、具体的な判断は税理士にご確認ください。


「相続税対策だから、今のうちに家を自分の名義にしてほしい」「どうせ将来は自分のものになるのだから、先にまとまったお金を渡してほしい」。親子問題のご相談では、成人したお子さんからこうした申し入れを繰り返し受け、断りきれずに困っているという親御さんの声を伺うことがあります。一方で、お子さんの側にも、親の老後や相続を本気で心配しているつもりで話を持ちかけているという事情があることも少なくありません。

 インターネットで「生前贈与」を調べると、節税の方法や、他のきょうだいに多く贈与されたときの遺産分割の話が多く出てきます。どれも正しい情報ですが、「贈与をする側の親が、望まない贈与を求められている」という場面を正面から扱った解説は多くありません。

 この記事では、親御さんの立場から、生前贈与を求められたときの法律上の位置づけ、角を立てすぎない断り方、そして後で困らないための記録の残し方を整理します。お子さんからの金銭の要求全般や、預貯金を勝手に引き出された場合の対応については、それぞれ別の記事で詳しく扱っています。

生前贈与を迫られる場面にはいくつかの型がある

 一口に「生前贈与を迫られる」といっても、お子さんの動機や話の持ちかけ方によって、とるべき対応は少しずつ変わります。ご相談で多いのは、次のような型です。

相続税対策を名目にする型

 「今のうちに贈与しておかないと相続税が高くなる」という説明とともに、不動産の名義変更や預金の移し替えを求められる型です。お子さんがどこかで聞いた節税の話をそのまま持ち込んでいる場合もあれば、知人の紹介する業者や専門家を連れてくる場合もあります。

 ここで押さえておきたいのは、相続税は遺産が一定額を超える場合にだけかかる税金だという点です。基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算され(相続税法15条)、多くのご家庭では、そもそも相続税がかからないこともあります。節税が本当に必要かどうかは、ご家庭の財産の内容を見なければ分かりません。

生活費や借金の穴埋めを求める型

 お子さんの生活が苦しい、あるいは借金を抱えていて、「将来の相続分の前渡し」として現金を求めてくる型です。名目は生前贈与でも、実質は継続的な金銭の要求であることが多く、一度応じると次の要求につながりやすい傾向があります。この型については【親子問題】子から金銭を要求され続けている|断ることの法的な位置づけもあわせてご覧ください。

親の判断力の低下が背景にある型

 親御さんが高齢になり、物忘れが増えてきた時期に、お子さんが書類を用意して署名や押印を求めてくる型です。親御さんご自身が内容を十分に理解しないまま手続が進むと、後になって他のきょうだいとの間で争いになることがあります。

贈与は親の意思で決めるもの|法律上の位置づけ

 まず前提として、生前贈与は「あげる側」と「もらう側」の合意で成り立つ契約です(民法549条)。親には子に財産を贈与する義務はなく、贈与をするかどうか、誰に、いつ、どれだけ渡すかは、財産の持ち主である親御さんが自由に決められます。お子さんが「もらう権利がある」と主張しても、生前の財産について子が親に贈与を請求できる法的な根拠はありません。

口約束でも贈与は成立するが、履行前なら解除できる

 注意したいのは、贈与は書面がなくても、口頭の合意だけで成立するという点です。「分かった、そのうち渡す」と言ってしまった場合にも、贈与の約束が成立したと主張される余地があります。

 ただし、書面によらない贈与は、まだ渡していない部分について、各当事者がいつでも解除できます(民法550条)。一方、すでに振り込んだお金や名義を移した不動産のように「履行の終わった部分」は、この規定では解除できません。また、贈与の意思が書かれた書面があると、この解除はできなくなります。判例は「書面」を比較的広く捉えており、「贈与」という言葉がなくても、財産を相手に取得させる意思が読み取れる書面であれば足りるとしています(最高裁昭和60年11月29日判決)。軽い気持ちでメモや手紙に一筆書くことにも慎重になる必要があります。

脅されて応じた贈与は取り消せる

 お子さんから強く脅されて贈与に応じてしまった場合には、強迫による意思表示として取り消すことができます(民法96条1項)。取消しは、追認できる時から5年、贈与の時から20年を過ぎるとできなくなります(同法126条)。

 また、贈与の時点で親御さんに意思能力がなかった場合には、その贈与は無効です(同法3条の2)。どちらも、後から主張するには「その時どういう状況だったか」を示す材料が欠かせません。後述する記録が意味を持つのは、このためです。

断り方|その場で約束せず、署名しない

 お子さんとの関係を考えると、正面から「渡さない」と言い切るのが難しい場面もあるでしょう。大切なのは、強い言葉で拒絶することよりも、その場で約束をしない、書類に署名しない、財産に関わる物を渡さないという3点を守ることです。

返事を保留する言い方を用意しておく

 求められたその場で結論を出す必要はありません。次のような言い方で、話をいったん区切ることが考えられます。

  • 財産のことは、専門家に相談してから自分で決めると伝える。
  • 今は誰にも贈与をするつもりはないと、理由を添えずに短く伝える。
  • きょうだい全員に関わることなので、一人とだけ決めることはしないと伝える。
  • 書類は預かって読むが、その場では署名しないと伝える。


 理由を長く説明すると、その理由への反論が始まり、話し合いが長引きがちです。「決めていない」「その場では署名しない」という結論を、同じ言葉で繰り返すほうが、かえって穏やかに終えられることもあります。

書類・実印・通帳を手元から離さない

 生前贈与の手続には、不動産であれば実印や印鑑登録証明書、登記識別情報(権利証)、預金であれば通帳やキャッシュカードが必要になります。これらを「預かっておく」と言われても、渡さないことが基本です。すでにお子さんの手元にある場合の対応は【親子問題】通帳・カードを取り上げられた場合の対応で解説しています。

 不動産の名義を勝手に移されるおそれがある場合には、法務局に「不正登記防止申出」をする方法もあります。申出から一定期間内に登記の申請があると法務局から連絡が来る仕組みで、急いで対応したい場合には弁護士にご相談ください。

「相続税対策」と言われたら、税理士は自分で選ぶ

 節税を理由にされた場合は、親御さんご自身が選んだ税理士に相談することをおすすめします。お子さんが紹介する専門家は、どうしても依頼を持ち込んだお子さんの意向を前提に話を進めがちです。

 なお、生前贈与による節税の効果は、以前より限られてきています。令和6年1月1日以後の暦年課税による贈与は、相続税の計算に加算される期間が相続開始前3年から7年に段階的に延長されました(相続税法19条)。国税庁によれば、相続開始が令和13年1月1日以後の場合、7年以内の贈与が加算の対象になります(延長された4年分は総額100万円まで加算されません)。「今すぐ贈与すれば税金が安くなる」という説明が、ご家庭の状況に当てはまるとは限りません。

記録の残し方|後で意味を持つのは「その時の記録」

 要求が続いている段階から記録を残しておくことは、贈与を断る場面だけでなく、後で贈与の取消しや無効を主張する場面、他のきょうだいとの相続の話し合い、警察や行政への相談のいずれでも役に立ちます。記録は、出来事のあとで思い出して書くよりも、その日のうちに残したものの方が信用されやすいという点を意識してください。

日付と言葉をそのまま書き留める

 ノートや手帳に、次のような事項を書き留めておくと、後で経過を説明しやすくなります。

  • 日時と場所、その場にいた人。
  • お子さんが求めた財産の内容と金額、その理由として述べたこと。
  • 強い言葉や態度があった場合は、言われた言葉をできるだけそのまま。
  • 親御さんがどう答えたか(保留した、断った、など)。
  • 差し出された書類の名前と、署名したかどうか。


 感想や評価よりも、事実を淡々と書くことが大切です。「ひどいことを言われた」と書くより、「〇〇しなければ〇〇すると言われた」と書くほうが、第三者に伝わります。お子さんにお金を渡してしまったことがある場合は、その記録の意味について【親子問題】金銭要求に応じ続けた記録は、後で意味を持つかもご参照ください。

録音とメッセージの保存

 ご自身が参加している会話を録音することは、民事の手続では証拠として扱われることが一般的です。話し合いの場では、スマートフォンの録音機能を使うことも考えられます。LINEやメールで要求が届いた場合は、削除せずに保存し、画面を写真に撮って別の場所にも残しておくと安心です。

 ただし、録音していることを理由に口論が激しくなることもあります。身の危険を感じる場面では、録音よりも安全の確保を優先してください。

第三者に話し、相談した記録を残す

 信頼できる親族や知人、かかりつけ医などに状況を話しておくことも、記録の一つになります。特に、判断力について後で争われそうな場合には、その時期の受診記録が重要な意味を持つことがあります。

 警察や市区町村に相談した場合は、相談した日と窓口、担当者の名前を控えておきましょう。相談の記録がどのように役立つかは【親子問題】警察に相談した記録を残す意味|相談票と後の手続で詳しく扱っています。

要求が強まったときに使える手段

 話し合いの範囲を超えて、脅しや暴力を伴うようになった場合には、家族の中だけで抱え込まず、外部の手段を検討する段階です。親子の間でも、脅迫や暴行は刑事事件として扱われうる一方、財産の取得については特別な規定があるという点を知っておくと、相談先を選びやすくなります。

恐喝・脅迫と親族間の特例

 脅して財産を渡させれば恐喝罪(刑法249条)に当たりえますが、恐喝罪には親族間の特例が準用されており(同法251条・244条)、親子のような直系血族の間では、同居の有無を問わず刑が免除されます。これが、財産をめぐる親子間の問題で警察が動きにくい理由の一つです。

 一方、害を加えると告げる脅迫罪(同法222条)や、暴行罪・傷害罪には、こうした特例はありません。罪名ごとの違いは恐喝・強要・脅迫はどう違うのか|言い方で罪名が変わるで解説しています。また、刑が免除される場合でも、民事上の取消しや返還の請求ができなくなるわけではありません。

65歳以上の親であれば高齢者虐待防止法も

 高齢者虐待防止法は、高齢者の親族が高齢者の財産を不当に処分したり、高齢者から不当に財産上の利益を得たりすることを「経済的虐待」と位置づけています(同法2条4項2号)。同居しているかどうかにかかわらず、親族による行為が対象になる点が特徴です。親御さんが65歳以上であれば、市区町村の高齢者虐待の窓口や地域包括支援センターに相談できます。行政がどのように動くかは【親子問題】高齢の親が被害者の場合|行政が動く仕組みをご覧ください。

弁護士が窓口に立つという選択

 親御さんが直接お子さんとやり取りを続けると、そのたびに要求が繰り返され、精神的な負担が大きくなります。弁護士が親御さんの代理人として窓口に立つことで、お子さんからの連絡を弁護士に集約し、親御さんが一人で判断を迫られる場面を減らすことができます。詳しくは【親子問題】弁護士に頼むと何が変わるのか|窓口を代えるという選択で説明しています。

よくあるご質問

他のきょうだいには贈与したのに不公平だと言われました。応じる必要はありますか?

 生前にどの子にいくら贈与するかは親御さんの自由で、一人に贈与したからといって、他の子に同じ額を贈与する義務が生じるわけではありません。不公平の調整は、相続が始まった後に、特別受益の持戻し(民法903条)や遺留分の制度(同法1042条以下)の中で行われる仕組みになっています。相続をめぐる親族からの要求の見分け方は【不当要求対応】相続をめぐる親族からの要求|根拠のある要求と無い要求の見分けもご参照ください。

一度「渡す」と口約束してしまいました。取り消せますか?

 書面を作っておらず、まだお金や名義を渡していなければ、その部分は解除できます(民法550条)。後で「言った・言わない」にならないよう、解除する旨は日付の分かる形で伝え、その控えを残しておくとよいでしょう。すでに一部を渡している場合や、書面に署名してしまった場合は、状況に応じた検討が必要になりますので、早めにご相談ください。

贈与ではなく「遺言を書け」と迫られています。どうすればよいですか?

 遺言は、いつでも新しい遺言で撤回できます(民法1022条)。また、詐欺や強迫によって親に相続に関する遺言をさせた者は、相続人となる資格を失うと定められています(同法891条4号)。とはいえ、書かされた遺言を後から覆すには手間がかかりますので、まずはその場で書かないこと、作成するのであればご自身の意思で公証役場などに相談することをおすすめします。

まとめ


  1. 生前贈与は親と子の合意で成り立つ契約で、親に贈与する義務はない(民法549条)。
  2. 書面によらない贈与は、まだ渡していない部分について解除できる(民法550条)。
  3. 脅されて応じた贈与は強迫を理由に取り消せ、判断能力がない状態での贈与は無効になる(民法96条1項・3条の2)。
  4. 断るときは、その場で約束せず、書類に署名せず、実印・権利証・通帳を渡さないことを基本にする。
  5. 相続税の加算期間は、令和6年以後の贈与について相続開始前7年へ段階的に延長されている(相続税法19条)。
  6. 記録は、日時・言葉・応答をその日のうちに残すことで、後の手続で意味を持つ。
  7. 恐喝には親族間の特例があるが、脅迫や暴行には及ばず、65歳以上の親であれば高齢者虐待防止法の経済的虐待として相談できる(刑法251条・244条、高齢者虐待防止法2条4項2号)。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、成人したお子さんからの金銭の要求や生前贈与の求めなど、親子の問題に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。遠方の方からのご相談にも対応しています。

お子さんとの関係を大切にしたいからこそ断りきれない、という親御さんは少なくありません。直接のやり取りに疲れてしまったときや、書類への署名を求められて迷っているときは、一人で決めてしまう前にご相談ください。当事務所のサービス内容は【親子問題】弁護士が「親の代理人」として親子問題に介入するサービス|家庭内暴力・ひきこもりに悩むご家庭へ、自立支援カウンセラーとチームで対応でご紹介しています。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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