被害届が出される前に返金した|刑事事件化を避けられるのか
この記事は、2025年6月に施行された改正刑法(懲役・禁錮を「拘禁刑」に一本化)を反映して記載しています。実際の見通しは、事件ごとの事情によって異なります。
交際相手とのけんかで手が出てしまい、駆けつけた警察官にその場で逮捕された。数日後、相手から「被害届を取り下げた」「もう許すと伝えた」と聞いたのに、本人はまだ警察署から出てこない。交際相手への暴行事件では、本人のご家族や交際相手の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。
先にお伝えすると、被害届の取り下げは釈放を後押しする大切な事情ですが、取り下げただけで自動的に釈放されるわけではありません。この記事では、取り下げが手続のどこで意味を持つのか、取り下げがあっても身柄の拘束が続くのはどのような場合か、本人やご家族がすべきことと避けたいことを順に整理します。
被害届を取り下げても事件そのものは終わらない
交際相手を叩いた、突き飛ばしたといった行為は暴行罪に、その結果けがを負わせた場合は傷害罪に問われます。どちらも、被害者の告訴がなくても起訴できる「非親告罪」です。
| 罪名 | 問われる場面の例 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 暴行罪(刑法208条) | 叩く、突き飛ばす、腕を強くつかむなどで、けがには至らなかった | 2年以下の拘禁刑、30万円以下の罰金、拘留または科料 |
| 傷害罪(刑法204条) | 暴行の結果、打撲やねんざなどのけがを負わせた | 15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
被害届は、被害に遭ったことを警察に申告する書面で、捜査のきっかけになるものです。取り下げられても、それまでに集まった供述や写真、診断書などの証拠がなくなるわけではなく、捜査機関は必要があると判断すれば捜査を続けます。
一方で、取り下げに意味がないわけではありません。被害届の取り下げや、示談書の中で「処罰を望まない」と示すこと(宥恕)は、被害者の処罰感情がなくなったことを示す事情として、勾留や起訴・不起訴の判断で重く考慮される傾向にあります。宥恕の意味については宥恕文言の意味|「許す」と書かれると刑事処分はどう変わるかでも解説しています。
逮捕から処分まで|取り下げが意味を持つ段階
逮捕されると、警察は48時間以内に事件を検察官に送り、検察官は24時間以内に裁判官へ勾留を請求するかどうかを決めます。勾留が認められると原則10日間、延長されるとさらに最長10日間の拘束が続き、その間に検察官が起訴するかどうかを判断します。取り下げや示談がどの段階であったかによって、考えられる影響は次のように変わります。
| 段階 | 期間の目安 | 取り下げ・示談があった場合に考えられること |
|---|---|---|
| 逮捕直後(警察の段階) | 最長48時間 | 事案が軽い場合には、検察官に送られる前に釈放される余地がある |
| 検察官への送致から勾留請求まで | 最長24時間 | 検察官が勾留を請求しない判断をしやすくなる |
| 勾留決定後 | 原則10日、延長で最長20日 | 勾留の延長を避けられたり、処分保留のまま釈放されたりすることがある |
| 起訴・不起訴の判断 | 逮捕から最長23日 | 不起訴や、略式手続による罰金にとどまる方向で考慮される |
| 起訴後 | 判決まで | 保釈の判断や刑の重さを決める場面で考慮される |
早い段階ほど身柄の解放に結びつきやすい一方、勾留が決まった後でも、取り下げや示談の成立をきっかけに釈放されることはあります。ただし、釈放の時期は捜査機関や裁判所の判断によるため、取り下げた当日に必ず出られるとは限りません。
取り下げがあっても拘束が続くことがあるのはなぜか
勾留を続けるかどうかは、刑事訴訟法60条が定める「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」や「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」の有無と、勾留の必要性から判断されます。交際相手への暴行事件では、次のような事情が重く見られやすい傾向にあります。
被害者への働きかけが心配される
この種の事件では、交際相手本人がもっとも重要な証人です。関係が近いぶん、釈放後に本人が連絡を取り、話す内容を変えるよう求めるのではないかと心配されやすくなります。取り下げの申し出についても、本心からのものか、加害者側に頼まれてのものかを捜査機関が確かめることがあり、被害者に改めて意思を確認したうえで判断されます。
釈放されると同じ家に戻ることになる
同居している場合、釈放後すぐに同じ部屋で生活を再開すれば、再び同じことが起きるのではないかと考えられがちです。生活の本拠を共にする交際相手からの暴力は、配偶者からの暴力防止法(DV防止法)の保護命令の対象にもなっており、被害者の安全をどう確保するかは身柄の判断でも重視されます。
過去にも同じようなことがあった
以前にも110番通報や警察への相談があった、前回は被害届を取り下げて終わっていた、といった経緯があると、今回の取り下げだけでは再発の心配が解消されないと判断されることがあります。けがの程度が重い場合や、刃物などを手にしていた場合も同様です。
本人や家族が直接「取り下げて」と頼むことの危うさ
相手と連絡が取れる関係にあると、本人や家族が直接頼んだほうが早いと考えるのは自然なことです。しかし、次のような理由から、直接の働きかけは控えることをおすすめします。
- 証拠に影響を与える行動と受け取られ、勾留の延長や、起訴後の保釈が認められにくくなる事情になるおそれがあります。
- 相手が気持ちを整理できていない段階では、頼みごとそのものが負担になり、かえって態度を硬くさせることがあります。
- 頼み方によっては、取り下げを迫られたと受け取られ、新たなトラブルにつながるおそれがあります。
- 共通の友人を通じて頼む場合も、捜査機関からは同じように見られることがあります。
ご家族が相手の方と話す機会がある場合も、謝罪の気持ちを伝えるにとどめ、取り下げや示談の話は弁護士を通すほうが、結果として相手の方の安心にもつながりやすくなります。
弁護士が入ると何ができるのか
刑事事件の弁護人は、逮捕直後から本人と面会(接見)でき、身柄の解放と処分の軽減に向けて動きます。接見の流れは「接見」で弁護士は何をするのか|依頼から面会までの流れで紹介しています。交際相手への暴行事件で主に行うのは、次のような活動です。
- 被害者の意向を確かめたうえで、謝罪の申し入れや示談の交渉を、本人に代わって行います。
- 示談書に、処罰を望まない旨や被害届を取り下げる旨を、捜査機関に伝わる形で盛り込みます。
- 釈放後は実家などで暮らす、相手に連絡しないと誓約するなど、再び接触しない環境を整え、身元引受人を確保します。
- 検察官や裁判官に勾留の必要がないことを意見書で伝え、勾留が決まった場合には準抗告などで争います。
取り下げの書面がどう書かれているかによって、捜査機関への伝わり方が変わることもあります。書面の整え方は被害届の取下げ・告訴の取消をどう書くか、生活環境の整え方は勾留を避けるための材料|身元引受と生活環境の整え方で詳しく扱っています。
被害届を取り下げようと考えている交際相手の方へ
被害届を取り下げるかどうかは、被害を受けた方ご自身が決めることです。相手やその家族から頼まれたからといって、急いで決める必要はありません。取り下げを申し出ると、警察や検察官から本当にその意思で間違いないかを確かめられることがありますが、それは被害者の方を守るための確認です。
取り下げを考えるときは、釈放された後に相手がどこで暮らすのか、また同じことが起きたときにどうするのかを、先に考えておくと安心です。今後も関係を続けたい場合でも、続けたくない場合でも、ご自身の安全を第一に、警察の相談窓口や配偶者暴力相談支援センターなどに相談しながら判断してください。
釈放された後に気をつけたいこと
釈放は、事件が終わったことを意味しません。処分保留のまま釈放され、その後は自宅から呼び出しに応じる形で捜査が続くこともあります。この状態については処分保留で釈放された|終わったわけではない状態で解説しています。
また、示談や取り下げがあっても、事案の内容によっては略式手続による罰金などの処分が出ることがあります。釈放後に相手と接触しない約束をしている場合は、その約束を守ることが、その後の処分を考えるうえでも大切です。
よくあるご質問
被害届を取り下げたら、その日のうちに釈放されますか
すぐに釈放されることもありますが、取り下げの意思の確認や、検察官・裁判所の判断に時間がかかることもあり、当日中とは限りません。勾留が続いている場合は、弁護人を通じて取り下げや示談の成立を速やかに捜査機関へ伝えることが大切です。
相手が「もう怒っていない」と言っていれば、示談書は作らなくてもよいですか
口頭での気持ちは、捜査機関や裁判所に伝わりにくいことがあります。処罰を望まない意思や今後の約束を書面にしておくと、身柄や処分の判断で考慮されやすくなります。
けががなければ、暴行罪のままで済みますか
後から診断書が提出され、傷害罪として扱われることがあります。詳しくはあとから診断書が出てきた|暴行が傷害に切り替わる場面と対応をご覧ください。
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まとめ
交際相手が被害届を取り下げたことは、釈放や不起訴に向けて大きな意味を持ちますが、それだけで手続が終わるわけではありません。拘束が続くかどうかは、相手への働きかけや再発の心配がどこまで解消されているかによって左右されます。直接頼むのではなく、弁護人を通じて示談と生活環境の調整を進めることが、身柄の解放への近道になりやすいと言えます。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


