薬物事件に「示談」はない|それでも弁護士に依頼する意味
勾留の満期を迎えて警察署を出たとき、「処分保留」という言葉だけを告げられた、という方は少なくありません。身体の拘束は解けたのに、これから何が起きるのかは示されない。手元に残る書面もなく、次にいつ連絡が来るのかも分からない。この記事では、その状態が法律の上で何を意味しているのかを整理します。
先に結論を書くと、「処分保留」は検察官がした処分の名前ではありません。起訴も不起訴もまだされていない、という事件の状態を指す言い方です。だからこそ、釈放の日に変わるのは身体の拘束に関する部分だけで、事件そのものの位置づけは変わっていません。
以下では、釈放の日に何が変わり何が変わらないのかを切り分けたうえで、この状態がどのような形で終わるのか、その終わり方によって本人に連絡が届いたり届かなかったりするのはなぜかを説明します。
この記事が想定している場面
次のような状況を前提にしています。
- 逮捕・勾留を経て、勾留の満期またはその前後に釈放された。
- 釈放の際に「処分は保留する」と説明された、または家族がそう聞いた。
- 事実を認めているかどうかは問わない。
- 本人だけでなく、家族が状況を把握したい場合も含む。
逮捕されないまま在宅で捜査が進んでいる場合は、前提が異なります。
「処分保留」は処分の名前ではない
法令にも検察庁の事務規程にも出てこない言葉
「処分保留」という言葉は、刑事訴訟法の条文には出てきません。検察庁の内部で事件の受理から処理までの手続を定めた事件事務規程にも、この言葉は登場しません。報道や実務での呼び方として広く使われている表現であって、法律が定めた処分の種類ではない、ということです。
不起訴の裁定の区分にも含まれていない
検察官が事件を不起訴にするときは、事件事務規程75条により、不起訴・中止裁定書という書面で裁定をします。その主文は同条2項で20の区分に分けられており、「嫌疑なし」「嫌疑不十分」「起訴猶予」「時効完成」などが並んでいます。この20の区分の中に「処分保留」はありません。処分保留は不起訴の一種でも起訴の一種でもなく、そのどちらの裁定もされていない状態を指しています。
検察官が最終的にすることは二つしかない
検察官が事件について最終的にする判断は、公訴を提起する(起訴する)か、公訴を提起しない(不起訴にする)かのいずれかです。処分保留はそのどちらもまだしていないという意味なので、いずれは起訴か不起訴のどちらかに落ち着くことになります。
なぜ釈放されたのか
釈放は義務として定められている
刑事訴訟法208条1項は、勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは、検察官は直ちに被疑者を釈放しなければならない、と定めています。やむを得ない事由があると認められるときは、通じて10日を超えない範囲で勾留の期間が延長されます(同条2項)。
ここで見落とされやすいのは、条文が求めているのが「公訴を提起しないときは釈放する」ということであって、「期間内に起訴か不起訴かを決める」ことではない点です。期間内に不起訴の裁定をする義務まではありません。判断がつかないまま期間が来れば、判断を残したまま釈放するという形になります。
「証拠がなかったから帰された」とは限らない
釈放にはいくつもの背景があり得ます。捜査に時間がかかっていて判断の材料が整っていない場合もあれば、示談などの事情が動いている途中で結論を出していない場合もあります。身体を拘束し続ける必要が薄れたと判断された、ということもあります。釈放されたという事実だけからは、どの理由だったのかは分かりません。
満期を待たずに釈放される場合もある
勾留の取消しや勾留の執行停止によって、満期の前に釈放されることもあります。事件事務規程では、これらの場合も同じ釈放の手続によることとされています。いずれにしても、身体の拘束が終わったことと、事件の結論が出たこととは別のことです。
釈放の日に作られている書面
事件事務規程39条1項は、検察官が勾留された被疑者を釈放するときは、釈放指揮書という書面によって、その人が収容されている刑事施設の長に対し釈放を指揮する、と定めています。同条3項では、釈放の手続が行われたときは、その旨と年月日を勾留状の欄外に記入して押印する、とされています。
つまり、この日に作られるのは勾留を終わらせるための書面であって、事件の結論を示す書面ではありません。不起訴になったときの不起訴処分告知書のように、本人が受け取れる「結論の書面」は存在しないということです。釈放されたのに手元に何も残らない、という感覚には、こうした手続上の理由があります。
釈放の日に変わるもの・変わらないもの
法律の面から見ると、この日を境に変わるものと変わらないものは、はっきり分かれています。
| 項目 | 釈放の日にどうなるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 身体の拘束 | 終わる | 刑訴法208条1項 |
| 接見等禁止 | 勾留を前提とする処分のため意味を失う | 刑訴法81条 |
| 裁判官が付けた弁護人 | 選任の効力を失う | 刑訴法38条の2 |
| 取調べへの応じ方 | 出頭を拒み、出頭後に退去することができる立場になる | 刑訴法198条1項ただし書 |
| 被疑者という立場 | 変わらない | 起訴・不起訴の処分がされていない |
| 事件の所在 | 検察官の手元に残る | 事件事務規程59条 |
| 押収されたもの | 返還は別の手続による | 刑訴法222条1項・123条 |
| 公訴時効 | 進行するが、待って終わる仕組みではない | 刑訴法253条1項・254条1項 |
押収されたスマートフォンなどは、釈放と連動して戻ってくるわけではありません。返還を求めるかどうか、いつ求めるかは、別に検討することになります。
この段階で弁護人がいなくなることがある
国選弁護人は釈放によって外れる
刑事訴訟法38条の2は、裁判官による弁護人の選任は、被疑者がその事件について釈放されたときに効力を失う、と定めています(勾留の執行停止による釈放は例外です)。勾留中に国選弁護人が付いていた場合、釈放されたその日に選任が終わるということです。
釈放後は制度上の窓口が届きにくい
被疑者に国選弁護人が付くのは、勾留状が発せられている場合か、勾留を請求されている場合に限られます(37条の2第1項)。当番弁護士の仕組みも、身体の拘束を前提としています。したがって、釈放された後の期間は、制度としての弁護人が届きにくい区間になります。
ここで起きやすいのが、「弁護士が付いている」と思ったまま何か月も過ごし、後から選任が終わっていたと知る、という食い違いです。釈放の直後に、誰が弁護人だったのか、いまも付いているのかを確かめておくと、この行き違いは避けられます。
この状態はどのように終わるのか
起訴されたときは書面が届く
公判請求という形で起訴された場合、裁判所は遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達します(271条1項)。公訴の提起があった日から2か月以内に謄本が送達されないときは、公訴の提起はさかのぼって効力を失います(同条2項)。起訴という結論は、書面が届く仕組みになっています。
略式のときは事前に説明がある
罰金などを科す略式命令を請求する場合、検察官はあらかじめ被疑者に説明し、通常の裁判を受けられることを告げたうえで、異議がないかどうかを確かめることとされています(461条の2)。この場合も、本人が接触を受けないまま手続が進むことは想定されていません。
不起訴のときは請求しないと告げられない
これに対して、不起訴の扱いは異なります。刑事訴訟法259条は、公訴を提起しない処分をした場合において、被疑者の請求があるときは速やかにその旨を告げる、と定めています。請求をしなければ告げられないため、連絡が来ないまま不起訴になっていることもあり得ます。
相手方にも「終わった」とは伝わらない
告訴や告発をした人に対しては、起訴・不起訴の処分をしたときに通知がされます(260条、事件事務規程60条)。裏を返せば、処分保留のままの間は、この通知も出ません。相手方の側から見ても、事件が終わったのかどうかが分からない状態が続いていることになります。
再逮捕はどのような場合に起きるのか
同一の犯罪事実について繰り返し逮捕・勾留することは、原則として認められないと解されています。これを定めた明文の規定はありませんが、逮捕と勾留に厳格な期間制限を置いた意味が失われてしまうためです。
報道で見かける「再逮捕」の多くは、別の犯罪事実による逮捕です。複数の被害や余罪が想定される事件では、釈放の手続をした直後に別の事実の逮捕状が執行されることもあります。同じ事実で新しい証拠が出れば再逮捕される、という単純な図式ではない点は、押さえておいてよいところです。
受け止め方として気をつけたいこと
「何も言われなかった」は結論ではない
釈放の場面で結論が告げられないのは、結論がまだ出ていないからです。説明が短かったことに意味を読み取ろうとすると、判断を誤りやすくなります。
「連絡が来ない」は良い知らせでも悪い知らせでもない
捜査が続いていることもあれば、すでに不起訴になっていることもあります。259条の仕組みからは、どちらであっても連絡が来ないという状態があり得ます。時間の長さから結論を推し量るのは難しいところです。
呼び出しへの対応は一律には決められない
釈放された後は、出頭を拒み、出頭後にいつでも退去することができる立場になります(198条1項ただし書)。もっとも、実際に応じるかどうかは、事件の内容やそれまでの供述の状況によって考え方が変わります。一般論として「応じるべき」「断るべき」と決めてしまえる場面ではないため、事案ごとに検討するのが現実的です。
釈放された後に整理しておきたいこと
次の項目は、後から状況を確認するときの土台になります。
- どの警察署とどの検察庁が扱っている事件かを控える。
- 事件番号(「◯年検第◯号」の形で呼ばれるもの)を控える。
- 勾留中に誰が弁護人だったか、いまも選任が続いているかを確認する。
- 取調べで何を聞かれ、どう答えたかを、覚えているうちに書き残す。
- 押収されたものがあれば、品目と返還の有無を整理する。
- 連絡が取れる住所と電話番号を保ち、変更があれば把握できるようにしておく。
事件番号は、後に不起訴処分告知書の交付を求める場面などで手がかりになります。
相談を考える時期
処分保留の状態には、期限が定められていません。時間が空くほど記憶は薄れ、当時の事情を裏づける材料も集めにくくなります。加えて、この期間は制度としての弁護人が届きにくい区間でもあります。
弁護士に相談したからといって、望んだ結論が約束されるわけではありません。それでも、事件がいまどの段階にあるのか、どこに何を問い合わせれば分かるのか、この先どのような形で連絡が来るのかを整理しておくことには意味があります。
まとめ
- 「処分保留」は法令上の処分の名前ではなく、起訴も不起訴もされていない状態を指す呼び方である。
- 釈放は、期間内に公訴を提起しないときに義務として行われるもの(刑訴法208条1項)。
- 釈放の日に作られるのは釈放指揮書であって、事件の結論を示す書面ではない。
- 身体の拘束は終わるが、被疑者という立場と事件の所在は変わらない。
- 裁判官が付けた弁護人は、釈放によって選任の効力を失う(刑訴法38条の2)。
- 起訴は書面が届く一方、不起訴は請求しなければ告げられない(刑訴法271条1項・259条)。
- 同一の事実での再逮捕は原則として認められず、実際に起きるのは別の事実によるものが多い。
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