執行猶予判決を受けた後の生活|何が制限されるのか
言い争いの流れで相手を押した、立ち去ろうとする相手の腕をつかんだ——ご本人の感覚としては「殴ってはいない」「その程度で罪になるのか」と受け止められる場面だと思います。しかし、刑法にいう「暴行」は、殴る・蹴るだけを指す言葉ではありません。他方で、身体に触れれば当然に暴行罪になるというものでもありません。この記事では、押す・つかむという最小限の接触が刑事手続の中でどのように評価され、どの事情によって別の罪名や別の処理へ分かれていくのかを、条文と手続の順に整理します。
「暴行」は殴る・蹴るだけを指す言葉ではない
暴行罪は刑法208条に定められています。
「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」
なお、2025年6月1日から懲役と禁錮が拘禁刑に一本化されたため、現行の条文は「拘禁刑」と表記されています。インターネット上には「2年以下の懲役」と書かれた解説も残っていますが、いずれも同じ条文を指しています。
条文には「暴行」の定義が書かれていません。実務では、人の身体に対する不法な有形力の行使と理解されており、押す・つかむといった行為は、この有形力の行使のうち身体に直接触れる典型例として位置づけられます。したがって、「殴っていない」ことは暴行罪の成否を直ちに否定する事情にはなりません。
なお、警察庁の統計によれば、令和6年の刑法犯の検挙人員の罪名別構成比は、窃盗が46.0%、次いで暴行が12.8%、傷害が10.6%の順とされています。押した・つかんだという程度の接触が問題になる事案は、実務上決して珍しいものではありません。
暴行罪と傷害罪はどこで分かれるのか
押した・つかんだ場面でまず確認されるのは、相手にけががあるかどうかです。両者の違いを整理すると次のようになります。
| 項目 | 暴行罪 | 傷害罪 |
|---|---|---|
| 条文 | 刑法208条 | 刑法204条 |
| 分かれ目 | 傷害の結果が生じていない | 人の生理的機能を害する結果が生じた |
| 法定刑 | 2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 | 15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 公訴時効 | 3年 | 10年 |
傷害とは、判例上、人の生理的機能を害することとされています。外から見て分かる傷に限られず、打撲や捻挫のほか、失神や体調不良として現れることもあります。相手が診断書を取得した時期や内容によって、同じ出来事が暴行罪として扱われるか傷害罪として扱われるかが変わることがあります。
「不法な」という限定はどこで働くのか
有形力の行使であっても、「不法」といえなければ暴行罪の暴行にはあたらないと考えられています。ここでいう不法かどうかは、身体に触れたという事実だけで決まるものではなく、次のような事情を合わせて評価されます。
・何のためにその動作をしたのか(呼び止める、押しのけて通る、詰め寄るなど)
・どの部位に、どの程度の力で加えられたか
・その場所と状況(人が密集した場所か、階段や車道の近くかなど)
・当事者の関係性と、それまでのやり取りの経緯
・一瞬の接触か、つかんだ状態が続いたか
例えば、人を呼び止めるために肩に軽く手を置く行為は、厳密にいえば有形力の行使ですが、社会通念上許容される範囲として、暴行罪の暴行にはあたらないと整理されるのが一般的です。もっとも、これは「力が弱ければ問題にならない」という意味ではありません。同じ動作でも、詰め寄りながら相手の体を押す、逃げようとする相手の腕をつかんで引き戻すといった文脈が加われば、評価は変わり得ます。
どこまでの認識があれば「故意」といえるのか
暴行罪は故意犯です。ただし、ここで必要とされるのは、押す・つかむという有形力を行使することの認識と認容であって、相手にけがをさせる意図までは必要ありません。
そのため、「けがをさせるつもりはなかった」という説明は、暴行の故意そのものを否定する材料にはなりにくいのが実情です。他方で、混雑した場所で体が当たったというように、そもそも相手の身体に力を加える認識がない場合には、暴行罪は成立しません。この場合にけがが生じていれば、過失傷害罪(刑法209条1項)の問題となり、同罪は告訴がなければ起訴できない親告罪とされています(同条2項)。
「押すつもりはなかった」という言葉は、押した認識自体を否定しているのか、強く押す意図がなかったという意味なのかで、意味合いが大きく異なります。この点は取調べでも確認されやすい部分です。
押した結果、相手が転んでけがをした場合
押した行為そのものは一瞬でも、相手が体勢を崩して転倒し、打撲や骨折に至ることがあります。判例は、暴行の故意で傷害の結果が生じた場合には、傷害の故意がなくても傷害罪が成立するという考え方を採っています(最高裁昭和25年11月9日判決)。
つまり、「押しただけ」という認識であっても、結果として相手がけがをすれば、暴行罪ではなく傷害罪として扱われる可能性があります。前掲の表のとおり、法定刑も公訴時効も変わりますので、相手の受傷の有無とその原因は、事件の見通しを左右する要素になります。
同じ「押した」でも別の罪名が問題になる場面
押す・つかむという動作は、それ自体の物理的な中身よりも、相手が誰か、どこで、何のために行われたかによって、適用される条文が変わります。競合する解説では暴行罪の内側だけが説明されがちですが、実務では次のような分岐が問題になります。
・相手が職務執行中の公務員だった場合……公務執行妨害罪(刑法95条1項、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)が問題となります。判例上、暴行は公務員の身体に直接加えられることを要しないとされています。
・性的な意図や、触れた部位・態様が問題となる場合……不同意わいせつ罪(刑法176条1項)は、暴行又は脅迫を用いることを列挙事由の一つとしています。電車内などでの接触は、各都道府県の迷惑行為防止条例で扱われることもあります。
・つかんだ状態を続け、相手が移動できなくなった場合……逮捕・監禁罪(刑法220条)の成否が問題となり得ます。
・店舗や施設で従業員を押しのけた場合……威力業務妨害罪(刑法234条)が検討されることがあります。なお、判例は業務妨害罪の「業務」に公務員の職務は含まれないとしています。
・複数人で行われた場合……暴力行為等処罰に関する法律1条により、加重して扱われる場合があります。
・万引きが発覚した直後に押しのけて逃げた場合……事後強盗罪(刑法238条)が問題となることがあります。もっとも、強盗にいう暴行は相手の反抗を抑圧する程度のものであることが必要とされており、押しのけた程度で直ちに同罪になるわけではありません。
同じ「押した」という言葉でも、どの枠組みで扱われるかによって、身柄拘束の可能性も、その後の見通しも変わります。
罪に問われない方向に働く事情
有形力の行使にあたる場合でも、次のような事情があれば違法性が否定されることがあります。
・急迫不正の侵害に対してやむを得ずにした行為(刑法36条の正当防衛)
・法令又は正当な業務による行為(刑法35条)
・現行犯人を逮捕するために必要な範囲でとられた行為(刑事訴訟法213条は、現行犯人は何人でも逮捕できると定めています)
・転倒しかけた人を支える、危険な場所から引き寄せるといった行為
ただし、いずれも程度と時点の問題が残ります。腕をつかまれたので振りほどいたという場面でも、振りほどいた後に相手を押し返したのであれば、その部分は別の評価を受けることがあります。「どこまでが防御で、どこからが新たな有形力か」は、事案ごとに丁寧に切り分ける必要があります。
警察が関与した場合、処理の入り口は一つではない
押した・つかんだという事案では、警察の対応が次のように分かれることがあります。
一つは、現場での事実確認にとどまり、事件として立件されない場合です。もう一つが、微罪処分です。刑事訴訟法246条は、司法警察員が捜査をしたときは事件を検察官に送致しなければならないと定めつつ、ただし書で「検察官が指定した事件については、この限りでない」としています。これを受けて、犯罪捜査規範198条は、犯罪事実が極めて軽微であり、かつ検察官からあらかじめ指定されたものについては送致しないことができると定めています。
微罪処分となる場合、同規範200条により、被疑者に対する厳重な訓戒、監督する立場にある者を呼び出して請書を徴すること、被害者に対する被害の回復や謝罪その他適当な方法を講ずるよう諭すことといった処置がとられます。処理した事件は、同規範199条により、一月ごとに一括して検察官へ報告されます。
なお、被害者から告訴・告発がされた事件については、刑事訴訟法242条により書類及び証拠物を検察官に送付する義務があるため、微罪処分の対象にはなりません。被害届にとどまるのか告訴がされているのかによって、手続の道筋が変わる場合があるということです。
押した・つかんだ事件は何によって立証されるのか
殴打の事案と異なり、押す・つかむという行為は身体に痕跡が残りにくく、客観的な証拠が乏しくなりがちです。その結果、双方の供述の比重が高まります。実務で確認されるのは、おおむね次のような資料です。
・防犯カメラや店舗カメラの映像(保存期間が短いものもあり、早い段階での保全の申入れが必要になります)
・第三者の目撃状況
・110番通報の記録や、臨場した警察官が現場で聴取した内容
・衣服の乱れ、ボタンの破損、持ち物の落下といった痕跡
・直後のメッセージや通話の履歴
「触れたかどうか」ではなく「どの程度の力で、どのような順序で何が起きたか」が争点になりやすいため、記憶が新しいうちに、時系列を自分で書き出しておくことが役に立ちます。
取調べで「押した」の一語にまとめないこと
供述調書は、短い言葉でまとめられるほど、後から意味を限定しにくくなります。押した・つかんだ事案では、次の点を分けて説明できるよう整理しておくとよいでしょう。
・どちらが先に距離を詰めたか
・手のどの部分が、相手のどこに、どのくらいの時間触れたか
・その動作の目的(進路を空けさせる、引き止める、振りほどくなど)
・相手の動きと自分の動きの前後関係
・その場を離れた時点での双方の状態
刑事訴訟法198条4項は、供述調書を被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて誤りがないかを問い、被疑者が増減変更の申立てをしたときはその供述を調書に記載しなければならないと定めています。読み上げられた内容が自分の記憶と違うと感じたときは、その場で訂正を申し立てることができます。
示談と処分の見通し
暴行罪も傷害罪も親告罪ではないため、被害届が取り下げられれば当然に事件が終わるという関係にはありません。もっとも、検察官は起訴・不起訴を判断するにあたり、犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重・情状、犯罪後の情況を考慮することとされており(刑事訴訟法248条)、被害の回復や当事者間の合意の有無は、その判断材料の一つとして扱われます。
また、暴行罪の罰金は30万円以下とされており、事案によっては略式手続で罰金となることもあります。もっとも、どの処分になるかは、行為の態様、けがの有無、前科前歴、当事者の関係など複数の事情によって左右されますので、一般論として見通しを断定できるものではありません。
刑事手続以外に動くもの
押した・つかんだという事案では、刑事手続とは別のルートが動くことがあります。
民事では、けががなくても、不法行為として慰謝料が問題になる場合があります(民法709条、710条)。勤務先の就業規則に基づく手続がとられることもあります。
また、介護や家庭の場面では、高齢者虐待防止法2条4項が、身体的虐待を「高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること」と定義しています。児童虐待防止法2条1号も同様の文言です。けがが生じていなくても身体的虐待にあたり得る書き方になっており、通報を受けた市町村による事実確認が行われることがあります。刑事事件になるかどうかとは別の判断枠組みが働く点は、押さえておいてよいところです。
よくあるご質問
Q.相手が「痛くなかった」と言っていれば暴行罪にはなりませんか
暴行罪は、傷害の結果が生じていないことを前提とする犯罪です。そのため、痛みがなかったことは暴行罪の成立を直ちに否定する事情にはなりません。もっとも、力の程度や態様は、不法な有形力の行使といえるかどうかの判断に影響します。相手の受け止め方も含め、事実関係を具体的に整理しておくことに意味があります。
Q.防犯カメラに接触した瞬間しか映っていない場合はどうなりますか
映像は、その前後の経緯までは説明してくれません。どちらが先に距離を詰めたか、直前にどのようなやり取りがあったかは、供述や目撃者の説明で補われることになります。映像の一場面だけを見て評価が固まる前に、前後を含めた保全を申し入れることが考えられます。
Q.その場で謝って別れましたが、後から連絡が来ることはありますか
暴行罪の公訴時効は3年です。その場で警察が関与しなかった場合でも、後日に被害届が出されて捜査が始まることはあり得ます。連絡が来た段階で経緯を思い出そうとすると、記憶が薄れていることが少なくないため、気になる出来事があった時点で記録を残しておくことをおすすめします。
まとめ
押した・つかんだという行為は、殴打に比べれば軽微に見えても、刑法上は有形力の行使として評価の対象になります。他方で、身体に触れたことだけで結論が決まるわけではなく、目的・場所・力の程度・関係性といった事情が、暴行罪にあたるのか、別の罪名の問題になるのか、あるいは罪に問われないのかを分けています。さらに、けがの有無によって暴行罪と傷害罪が分かれ、告訴の有無によって手続の入り口も変わります。
痕跡が残りにくい類型であるがゆえに、当事者双方の説明が重視されます。事実関係の整理と証拠の保全は、早い段階ほど選択肢が残ります。ご自身の行為が「押しただけ」で済む話なのか判断がつかない段階でも、経緯を整理したうえで弁護士にご相談いただければ、見通しと必要な準備をお伝えすることができます。


