連絡は1回だけだった|つきまとい等とストーカー行為の違い
会社から使い込みを指摘され、社内で説明を求められている。まだ警察は動いていない。この時期の方から、「被害届を出される前に、こちらからできることはないか」というご相談をいただくことがあります。
できることはあります。ただしそれは「会社に被害届を出させない方法」ではありません。会社が刑事手続という手段を選ばなくても済む状態を、事実と数字の面から整えていく作業です。本稿では、会社が刑事化を判断するときに何を見ているのか、そこに向けて何を用意できるのか、そして交渉の余地が小さい類型は何かを整理します。
「まだ被害届が出ていない」という状態の意味
捜査が始まる入口は一つではありません。被害の事実を届け出る被害届のほか、被害者などが犯人の処罰を求める告訴(刑事訴訟法230条)、第三者が申告する告発(同法239条1項)があります。
届出を受ける側には、受理についての枠組みが定められています。犯罪捜査規範61条1項は、被害の届出をする者があったときはこれを受理しなければならないと定め、63条1項は告訴・告発についても同様に定めています。警察庁も令和6年3月22日付けの通達で、内容が明白な虚偽である場合や著しく合理性を欠く場合を除いて即時に受理するという原則を示しています。つまり、会社が届け出ると決めた場合、それが受け付けられないことを前提に計画を立てることはできません。
また、業務上横領罪(刑法253条)は親告罪ではありません。告訴がなければ起訴できない犯罪ではないため、会社が届け出ない方針をとっていても、事情を知った第三者の告発など、別の経路から捜査が始まることが理論上はあり得ます。会社が黙っていれば消えるという前提には立たないほうが安全です。
会社は何を見て刑事化を決めているのか
企業側を担当する弁護士の解説を読むと、刑事告訴は会社にとって当然の選択ではなく、利害を比べたうえでの経営判断として説明されています。どちらに傾くかを左右する事情は、おおむね次のように整理できます。
| 刑事手続に傾きやすい事情 | 会社が慎重になりやすい事情 |
|---|---|
| 金額が大きく、期間が長い | 金額と期間が限定されている |
| 記録を書き換えた形跡がある | 発覚後の説明に応じている |
| 説明を求めた後に連絡が取れない | 連絡が取れ、窓口が定まっている |
| 返済の見通しが立たない | 現実的な支払いの計画が示されている |
| 他の従業員や取引先に影響が及んでいる | 社内で把握している範囲にとどまっている |
| 同種事案を厳正に処理する方針がある | 被害の回復を最優先する方針である |
刑事告訴は会社にとっても負担になる
企業向けの解説では、刑事告訴のデメリットとして、証拠資料の準備や捜査への協力に人手と時間がかかること、社内に事件が知れ渡ること、報道によって会社名が出ること、そして身柄が拘束されれば本人の収入が絶たれてかえって賠償に支障が出ることが挙げられています。会社にとって、刑事責任の追及と被害の回復は、必ずしも同じ方向を向いていません。この段階で交渉の余地が残っているのは、そのためです。
それでも刑事化が選ばれる場面
一方で、処罰を求める側に傾く事情もあります。他の従業員に対して示しをつける必要、株主や取引先への説明、そして経営陣自身の責任です。取締役は会社に対して善管注意義務を負い(会社法330条、民法644条)、任務を怠って会社に損害を与えれば賠償責任を問われることがあります(会社法423条1項)。株主代表訴訟の制度もあります(同法847条)。回収や責任追及を尽くさなかったと見られることを避けるために、記録に残る形で手続をとる、という判断が働くことがあります。
交渉の余地が小さくなる類型
次のような場合、事件化を避けるという目標そのものが立てにくくなります。
- 勤務先が官公庁や自治体など、公務員の職務が関わる組織である場合。刑事訴訟法239条2項は、官吏または公吏は職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告発をしなければならないと定めています。政府答弁書も、要件を満たす場合には原則として告発義務が課せられていると解されるとしており、正当な理由なくこれに反した場合には懲戒処分の対象となり得るとの説明もあります。担当者の判断で内々に収める余地が小さい構造です
- 内部通報や監査を経て、すでに多くの関係者が事実を把握している場合
- 帳簿や伝票の書き換え、他人名義の利用など、発覚を遅らせるための工作を伴う場合
- 説明を求められた後に連絡が取れなくなり、逃げたと受け取られている場合
- 過去に同種の事案を刑事手続で処理した前例があり、扱いをそろえる必要がある場合
当てはまるから何もできない、ということではありません。ただし、交渉の目標を事件化の回避だけに置かないほうがよい場面ではあります。後述するとおり、この時期の対応は、仮に事件化した場合の判断材料としても残ります。
この段階でしないほうがよいこと
- 連絡を絶つ、無断で退職する
- 社内の資料を持ち出す、データを削除する、記録を書き換える
- 同僚や取引先に連絡して、話を合わせようとする
- 事実と違う説明を重ねて、後から訂正できない状態にする
- 金額の内訳を確かめないまま、一方的に振り込む
はじめの三つは、後に事件化したときの身柄の判断に直接関わります。逮捕状は、逃亡や罪証を隠滅するおそれがなく明らかに必要がないと認めるときは請求されないとされ(刑事訴訟法199条2項ただし書、刑事訴訟規則143条の3)、勾留の要件にも、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が挙げられています(同法60条1項2号)。発覚した後の行動は、行為そのものとは別に評価される部分です。
最後の一つは、支払いが無駄になるという意味ではありません。受領と清算についての合意がないまま入金しても、金額や範囲の争点が残ったままになる、という意味です。
交渉に持っていく四つの材料
- 事実の整理。認める部分、記憶がはっきりしない部分、事実と違うと考える部分を分けて説明できる状態にしておきます
- 金額の確認。会社が示した数字がどのように作られたのかを確かめます。金額そのものの詰め方は、それ自体が独立した検討事項です
- 支払いの見通し。いつ、いくらを、どのように払えるのか。原資をどう作るかも、別に検討すべき論点になります
- 窓口。誰が会社と話すのかを決めます。代理人を立てると、会社側も担当者個人の判断で動かずに済み、記録の残る形で協議を進めやすくなります
このうち会社が最も重く見るのは、多くの場合、二番目と三番目です。謝罪の言葉より、数字の裏づけがある説明のほうが、回収の見通しという判断材料になるからです。
「刑事告訴しない」という約束はどこまで効くか
合意書に「会社は刑事告訴をしない」と書き込む例があります。ただし、その効力は見た目ほど強くありません。
まず、告訴権をあらかじめ放棄する合意に法律上の効力を認めなかった裁判例があります(名古屋高裁昭和28年10月7日判決)。告訴は国家に対して処罰を求める公法上の権利であって、私人間の合意で処分できるものではない、という考え方です。
次に、告訴の取消しは起訴があるまでできますが(刑事訴訟法237条1項)、取消しによって起訴できなくなるのは親告罪の場合です。業務上横領は親告罪ではないため、被害届の取下げや告訴の取消しがあっても、それだけで手続が止まるわけではありません。処罰を求める気持ちが和らいだ事情として評価される、という位置づけになります。
それでも書面に意味がないわけではありません。清算条項によって民事の争いを終わらせること(民法695条、696条)、会社が処罰を求めない意思を示した書面が残ること自体に、後の判断材料としての意味があります。要は、書面で動きを止められるのは会社の行動であって、捜査機関の判断ではないという区別です。
事件化の回避が目的になりすぎると
この段階では、会社側が刑事手続の可能性に触れながら支払いを求めることがあります。企業向けの解説にも、賠償を条件に刑事告訴をしない旨を伝えることが選択肢として書かれています。刑事手続を避けたい気持ちが強いほど、条件を確かめないまま受け入れやすくなります。
金額を書き込んだ書面に署名すれば、その債務を認めたことになり、時効も新たに進み直します(民法152条1項)。和解として合意した事項は、後から違う資料が出ても覆しにくくなります(同法696条)。事実と違う金額や、続けられない支払計画を受け入れることには、それ自体の代償があります。
時間が経てば消えるという見通しも立てにくいところです。業務上横領の公訴時効は7年とされ(刑事訴訟法250条2項4号)、起算点は犯罪行為が終わった時とされています(同法253条1項)。
交渉が実らなかった場合に残るもの
会社が届出に踏み切ったとしても、それまでの対応が無になるわけではありません。検察官は、犯人の性格や境遇、犯罪の軽重や情状に加えて、犯罪後の情況を考慮して起訴しないことができるとされています(刑事訴訟法248条)。事実を説明したこと、金額の確認に応じたこと、支払いを始めたことは、この「犯罪後の情況」に位置づけられる事情です。
会社が受け取りを拒む場合には、供託という方法もあります(民法494条)。申し入れた事実と時期が記録として残ること自体にも意味があります。届出が出た後にできることも別にありますので、その時点で全て終わりと考える必要はありません。
まとめ
- 被害届・告訴・告発のいずれからも捜査は始まり得るため、目標は「出させないこと」ではなく「刑事手続を選ぶ必要のない状態を作ること」に置きます
- 会社にとって刑事告訴は負担でもあり、被害の回復と両立しない面があります。そこに交渉の余地が残ります
- 公務員が関わる組織など、避けにくい類型があることは先に把握しておきます
- 連絡を絶つこと、資料に手を加えることは、身柄の判断に直接影響します
- 「告訴しない」という約束は会社の行動を縛るもので、捜査機関の判断までは縛りません
- 避けたい気持ちから事実と違う金額や無理な計画を受け入れると、別の負担が残ります
- 交渉が実らなくても、この段階の対応は起訴するかどうかの判断材料として残ります
相談を検討したい三つの時点
- 社内で説明を求められたが、まだ書面に署名していない時点
- 金額や支払方法の話が始まり、会社が刑事手続に触れ始めた時点
- 会社との話し合いが止まり、届出が近いと感じている時点
当事務所では初回のご相談を無料でお受けしており、受付は24時間対応しています。事実関係と金額の整理、会社との窓口の設計まで含めて、今どの段階にいるのかを一緒に確認するところから始められます。


