【ストーカートラブル】数年ぶりにつきまといが再開した|以前の記録を生かす
本記事は、2023年2月20日に施行された改正民事訴訟法の「住所、氏名等の秘匿制度」を前提に、2026年10月時点の情報をもとに解説しています。個別の事案で使えるかどうかは、裁判所の判断によります。
ストーカー被害を受けて転居し、ようやく相手に居場所を知られずに暮らせるようになった。それでも、慰謝料を請求したい、接近をやめさせたいと考えたとき、裁判を起こすと訴状に書いた住所が相手に伝わってしまうのではないか、という不安から手続をためらう方は少なくありません。
結論からお伝えすると、2023年2月からは、一定の要件を満たせば、裁判所の決定により自分の住所を相手に伏せたまま民事裁判を進められる制度が設けられています。ただし、訴状に住所を書かないだけで安心できるわけではなく、提出する書類の中身にも気を配る必要があります。この記事では、制度の仕組みと手続の流れ、住所が漏れやすい場面を順に整理します。
訴状には原告の住所を書くのが原則
民事裁判を起こすときは、訴状に原告と被告の住所・氏名を書くのが原則です。訴状の副本は裁判所から被告に送られるため、何も手当てをしなければ、こちらの住所はそのまま相手に伝わります。
制度ができる前も、弁護士に依頼して事務所を連絡先にするなどの工夫はありました。しかし、判決書などに住所が記載される場面が残り、最終的には相手に住所を知られることを覚悟せざるを得ない状況が指摘されていました。こうした事情から、DVや犯罪の被害者が裁判をためらうことへの対策として、新しい制度が設けられています。
住所、氏名等の秘匿制度とは
秘匿が認められる要件
秘匿決定が出るのは、住所や氏名が相手に知られることによって、社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある場合です(民事訴訟法133条1項)。決定の段階では、厳密な証明までは求められず、一応確からしいと裁判所が判断できる程度の資料(疎明)で足りるとされています。
法務省の解説資料では、DVや性犯罪の被害者が典型例として挙げられたうえで、ストーカー行為が問題となる訴訟でも秘匿決定が認められることがあると説明されています。
伏せることができる情報
対象は、裁判の当事者本人とその法定代理人の「住所等」と「氏名等」です。
- 住所等:住所、居所のほか、勤務先など普段いる場所。
- 氏名等:氏名のほか、本籍など本人を特定できる事項。
- 住所の一部だけを伏せることも可能(例:「○○県○○市(以下秘匿)」)。
一方で、証人の住所や、法定代理人ではない親族の住所は、この制度の対象には含まれません。
代替事項で手続が進む
秘匿決定が出ると、真の住所の代わりに「代替住所A」などの代替事項が定められます。訴状や判決には代替事項を書けばよく、代替事項が書かれた訴状の送達も有効とされています。判決後に相手が支払わない場合も、代替事項が記載された判決のまま強制執行を申し立てることができます。
手続の流れ
- 訴状と同時に、秘匿決定の申立書を裁判所に提出します。
- 真の住所などを記載した「秘匿事項届出書面」をあわせて提出します。
- 住所が知られると支障が生じることを示す資料(疎明資料)を添えます。
- 裁判所が要件を満たすと判断すれば、秘匿決定が出て代替事項が定められます。
- 以後の書面は、代替事項を記載して提出します。
疎明資料としては、警察への相談状況が分かる資料、住民票の閲覧制限(支援措置)の決定通知、被害の状況をまとめた陳述書、診断書などが考えられます。警察に相談した記録を手元に取り寄せたい場合は、【ストーカートラブル】警察への相談記録を手元に取り寄せる|開示請求の手順と黒塗りの読み方もご参照ください。
秘匿事項届出書面は、裁判所の判断が出るまでの間も、相手方による閲覧が制限されます。仮に秘匿が認められなかった場合でも、その時点で住所が自動的に相手に伝わるわけではなく、訴えを取り下げるかどうかを検討する余地がある、と解説する弁護士もいます。
訴状だけ伏せても漏れる「推知事項」に注意
実務で注意が必要なのは、住所そのものではなく、住所を推測させる情報(推知事項)です。裁判では証拠として多くの書類を提出しますが、その中に住所の手がかりが紛れ込むことがあります。
| 提出する書類 | 住所の手がかりになりやすい記載 | 対応の例 |
|---|---|---|
| 診断書・通院費の領収書 | 病院名・薬局名 | 該当部分を黒塗りしたものを提出する |
| 陳述書 | 最寄り駅、子どもの学校、勤務先 | 審理に必要でない地名は書かない |
| 写真・動画 | 背景に写る建物や看板 | 撮影場所が分からない範囲に切り取る |
| SNSやLINEの画面 | 位置情報、配送先の表示 | 提出前に画面全体を確認する |
推知事項が書かれた部分については、閲覧等の制限を申し立てることができます。ただし、この申立ては書面の該当部分ごとに行う必要があり、一度申し立てたからといって、後から出す書面まで自動的に守られるわけではありません。書面を出すたびに、住所の手がかりが含まれていないかを確かめることが大切です。
秘匿が及ばない場面・見直される場面
秘匿制度にはいくつかの限界もあります。手続を始める前に、次の点を押さえておくと見通しを立てやすくなります。
- 相手方は、要件を欠くことを理由に秘匿決定の取消しを求めることができます。
- 相手方の反論に実質的な不利益が生じるおそれがあるときは、裁判所の許可により、相手方が秘匿事項を閲覧できる場合があります(その際は、秘匿されている側の意見が聴かれます)。
- 被害が以前の自宅前で起きた場合など、事実関係の説明そのものに場所が関わる部分は、伏せきれないことがあります。
- すでに相手が知っている住所を伏せる意味は小さく、転居後の新しい住所を守る場面が中心になります。
- 代替事項の効果は裁判手続の中にとどまり、住民票や戸籍の附票など役所の手続には及びません。
特に最後の点は見落とされがちです。裁判で住所を伏せていても、住民票の写しなどから住所をたどられるおそれは別に残ります。役所での閲覧制限や転居先の届出の順序については、【ストーカートラブル】引っ越した先を知られないための手続の順序で整理しています。
ストーカー被害で秘匿制度を使う主な場面
慰謝料などの損害賠償を請求する
つきまといによって受けた精神的苦痛や、通院費、転居費用などを請求する訴訟が典型です。請求できる項目の考え方は、【ストーカートラブル】ストーカー被害の慰謝料|請求できる項目と組み立てで解説しています。判決後に給料などを差し押さえる場合、勤務先に自分の住所や氏名を知らせずに支払いを受けられるよう、供託を命じてもらう仕組みも設けられています。
接近禁止の仮処分を申し立てる
裁判所に接近や連絡の禁止を命じてもらう仮処分の手続でも、秘匿の申立てをすることができます。ストーカー規制法に基づく警察の手続との違いは接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分け、費用や期間の目安は【ストーカートラブル】接近禁止の仮処分にかかる費用と期間の目安|担保・審尋・決定後の手続までをご覧ください。なお、民事執行の手続で記録の閲覧を制限したい場合は、改めて秘匿決定などの申立てが必要になる点にも注意が必要です。
相手から訴えられた場合
加害者の側から訴えを起こされることもあります。その場合、訴状を受け取った後に、被告として自ら秘匿決定を申し立てることになります。なお、裁判所が送達先を調べるために照会した結果については、裁判所が職権で閲覧を制限できる仕組みもあります。対応の考え方は【ストーカートラブル】相手から逆に損害賠償を求められた|請求の中身を仕分け、住所や連絡先を渡さずに対応するで取り上げています。
刑事手続についても、2024年2月からは、起訴状などに被害者の氏名や住所を記載しない措置がとれるようになっています。証人として法廷に立つ場面での配慮は、【ストーカートラブル】裁判で証言を求められた|相手と顔を合わせない方法をご参照ください。
弁護士に依頼する意味
秘匿制度は、申立てをしなければ使えない制度です。また、申立書の理由欄や疎明資料そのものに住所の手がかりが入り込まないよう、書類を作る段階から注意を払う必要があります。
弁護士に依頼すると、裁判所からの書類の受け取りや相手方との連絡を事務所で引き受けられるため、ご本人が相手と直接やり取りする場面を減らせます。提出書類に推知事項が含まれていないかの確認や、閲覧等の制限の申立てを書面ごとに行う作業も任せられます。代理人を立てる意味については、【ストーカートラブル】弁護士に依頼すると何が変わるのか|ストーカー被害で代理人を立てる意味で詳しく説明しています。
よくあるご質問
秘匿決定の申立てに費用はかかりますか
裁判所が公開している申立書の書式では、収入印紙500円とされています。訴訟そのものの手数料や郵便切手は別に必要です。
住民票の閲覧制限を受けていないと認められませんか
閲覧制限の決定通知は疎明資料の一つにすぎず、必須とはされていません。警察への相談状況や被害の経過をまとめた陳述書など、事案に応じた資料で支障のおそれを示すことになります。
和解で終わった場合も住所は伏せたままですか
代替事項の効果はその事件の手続に及ぶため、和解の書面でも代替事項を用いることが考えられます。和解条項に住所の手がかりとなる記載が入らないかは、条項を詰める段階で確認しておくことをおすすめします。
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まとめ
加害者に住所を知られたくないという理由で、裁判という手段をあきらめる必要は必ずしもありません。2023年以降は、秘匿決定を受けることで、代替事項を使って訴訟や仮処分、強制執行まで進められる道が開かれています。一方で、証拠書類からの漏れや、役所の手続との関係など、制度だけではカバーしきれない部分もあるため、書類の準備と生活面の備えをあわせて組み立てることが大切です。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


