【ストーカートラブル】被害を家族に言えない|一人で相談に行くときの準備
この記事は、2026年10月時点の民法、民事訴訟法(令和5年2月20日施行の住所・氏名等の秘匿制度を含む)、ストーカー規制法(令和7年改正を反映)にもとづいて記載しています。個別の事情によって取り扱いが変わることがありますので、具体的な対応は専門家にご相談ください。
つきまといや執拗な連絡を受けている方から、「相手に二度と近づかないと誓約書を書かせたい。でも、書面に自分の住所を書いたら、かえって居場所を知られてしまうのではないか」というご相談をいただくことがあります。反対に、「住所を書かない書面では、後で効力がないと言われるのではないか」と心配される方もいます。
誓約書や示談書には、当事者の住所と氏名を書くのが一般的だと説明されることが多く、その説明自体は誤りではありません。ただ、それは主に「誰が約束したのか」をはっきりさせるための慣行であり、ストーカー被害の場面で被害者の方が自分の住所を相手に示すことまで求めるものではありません。
この記事では、加害者に誓約書を書かせる場面に絞り、被害者の住所を書く必要があるのか、住所以外に気をつけたい記載、書面のやり取りで居場所を知られないための工夫、約束が破られたときの住所の扱いを整理します。誓約書に入れる条項の全体像や、約束を破られた後の対応は、それぞれ別の記事で詳しく解説しています。
誓約書に被害者の住所を書く必要はあるのか
誓約書は「書く人」が約束する書面
誓約書は、加害者が「今後このような行為をしない」「破った場合はこうする」と約束する書面です。約束をする側を特定する情報が重要になるのであって、約束を受ける被害者の住所は、書面が成り立つための条件ではありません。
契約や合意は、当事者の意思が合致すれば成立し、住所の記載があるかどうかで有効・無効が決まるものではありません。被害者の住所を書かないことを理由に、誓約書の効力が失われるわけではないと考えてよいでしょう。
被害者の特定は住所でなくてもできる
書面の中では、誰に対する約束なのかが分かれば足ります。実務では、被害者の方を氏名のみで表記したり、「〇〇(以下「甲」という。)」と記号で置き換えたりする方法がとられます。弁護士が代理人についている場合は、「甲代理人弁護士〇〇」として代理人の氏名と事務所の所在地を記載し、被害者本人の住所は記載しない形が一般的です。
被害者の方が誓約書に署名する必要がある合意書や示談書の形をとる場合も、代理人が署名押印することで、本人の住所や署名を相手に見せない方法をとれることがあります。
住所以外にも気をつけたい記載
禁止する場所の書き方
見落とされやすいのが、禁止事項の書き方です。「甲の自宅(東京都〇〇区〇〇)に近づかない」と具体的に書くと、署名欄に住所を書かなくても、本文で住所を伝えてしまうことになります。
接近を禁止する場所は、「甲の住居、勤務先その他甲が通常所在する場所」のように、場所を特定しない包括的な表現で書くのが一般的です。本文に書いた情報も相手の手元に残るという前提で、記載を見直すことが大切です。
勤務先・連絡先・家族の情報
住所と同じように、次のような情報も、本文に書くと相手に新たな手がかりを与えることがあります。
| 記載しがちな内容 | 置き換えの例 |
|---|---|
| 自宅の所在地や最寄り駅 | 甲の住居その他甲が通常所在する場所 |
| 勤務先の名称 | 甲の勤務先 |
| 新しい電話番号やSNSのアカウント名 | 方法を問わず、甲に連絡しない |
| 家族の氏名や子どもの学校名 | 甲の親族その他の関係者 |
相手がすでに知っている情報であっても、転居や転職の予定がある場合は、新しい情報をうかがわせる書き方を避けておくと安心です。
加害者側の情報はしっかり書いてもらう
相手の住所・氏名を確認する理由
被害者の住所とは反対に、加害者の住所と氏名は正確に書いてもらうことが重要です。約束が破られて違約金を求めたり、裁判所の手続を使ったりするときに、相手を特定できなければ請求を進めにくくなるためです。
署名欄の記載が実際の住所と違っていた、偽名だったという事態を避けるため、運転免許証などの本人確認書類で記載内容を確かめておく方法がとられます。守ってもらうための書面は、相手を特定できてはじめて意味を持つといえます。
条項の中身もあわせて検討する
誓約書には、直接の接触の禁止だけでなく、第三者を通じた連絡やSNSでの投稿の禁止、違反した場合の違約金などを入れることがあります。違約金は、あらかじめ損害賠償の額を定めておくもの(民法420条)ですが、金額が過大な場合は公序良俗に反するとして一部が無効とされる可能性があります(同法90条)。どのような条項を入れるかは、詳しくは【ストーカートラブル】示談に入れる条件|接触禁止・転居・違約金で解説しています。
連絡の禁止をどこまで具体的に書くかについては、接触禁止条項の書き方|今後の連絡を止める設計もあわせてご覧ください。
書面のやり取りで居場所を知られないために
直接会って書かせることの危うさ
誓約書を書かせるために相手と会うと、その場で口論になったり、帰り道を後からつけられたりするおそれがあります。また、被害者の方が強い口調で署名を迫った場合、後になって「無理やり書かされた」と争われることもあります。
相手と直接会わずに書面を取り交わすことが、身の安全の面でも、書面の効力を保つ面でも望ましいといえます。
郵送や受け渡しの窓口
書面を郵送でやり取りすると、封筒の差出人欄や返送先から住所が伝わることがあります。自分で郵送する場合も、返送先を自宅にしないよう注意が必要です。
弁護士に依頼した場合は、書面の送付も返送も法律事務所を窓口にするため、被害者の方の住所が相手に伝わることはありません。代理人を立てることで何が変わるのかは、【ストーカートラブル】弁護士に依頼すると何が変わるのか|ストーカー被害で代理人を立てる意味で解説しています。
原本と写しの扱い
署名済みの書面を誰が保管するかも決めておく必要があります。被害者の方の署名や個人情報が入った原本は代理人が保管し、相手には個人情報の部分を伏せた写しを渡すといった方法がとられることもあります。
約束が破られたとき、住所はどうなるか
違約金を求めて裁判になる場合
誓約書に違反したとして違約金を求め、相手が支払わない場合には訴訟を検討することになります。訴状には原則として当事者の住所と氏名を記載するため、「結局、裁判になれば住所を知られるのではないか」と心配される方もいます。
この点、令和5年2月20日から、民事訴訟で住所・氏名等を相手に秘匿できる制度が始まっています。相手に知られることで社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある場合には、裁判所に申し立てて秘匿決定を受けることで、真実の住所の代わりに代替の記載で手続を進められます(民事訴訟法133条)。裁判になっても、住所を伏せたまま進められる道があることは、誓約書を取る段階で知っておいてよいでしょう。
警察の手続との関係
誓約書は当事者間の約束であり、それだけで相手を処罰できるものではありません。一方で、つきまといが続く場合は、ストーカー規制法にもとづく警告や禁止命令、検挙といった警察の手続を並行して検討できます。誓約書の違反は、相手が「やめる」と約束した後も行為を続けた事情として、警察への相談の際に役立つことがあります。約束が破られた後の対応は、【ストーカートラブル】示談した後に相手が約束を破った|違約金と刑事手続の両面で詳しく解説しています。
転居を考えている場合
誓約書を取った後に転居する場合は、新しい住所を相手に知られないための手続もあわせて検討しておくと安心です。ストーカー被害者の方は、市区町村に申し出て、住民票の写しなどの交付を制限する支援措置を受けられる場合があります。手続を進める順序は、【ストーカートラブル】引っ越した先を知られないための手続の順序で解説しています。
よくあるご質問
住所を書かないと、誓約書は無効になりませんか?
被害者の方の住所を書かないことで、誓約書が無効になるわけではありません。誰に対する約束かが分かるよう、氏名や記号、代理人の表記で特定しておけば足ります。重要なのは、約束をする加害者の住所と氏名を正確に記載してもらうことです。
相手がすでに自宅を知っている場合も、書かないほうがよいですか?
相手がすでに知っている場合でも、書面にあらためて書く必要はありません。今後転居する可能性がある場合や、相手が把握している情報が古い場合もあるため、住所や勤務先は包括的な表現にとどめておくのが無難です。
警察で相手が書いた誓約書と、自分で取る誓約書は違いますか?
警察の対応の中で加害者が書面を書くことがありますが、これは警察の手続の中で扱われるもので、被害者の方が相手と取り交わす誓約書とは性質が異なります。違約金などの約束を相手との間で定めておきたい場合は、別途、当事者間の誓約書や合意書を検討することになります。
まとめ
- 誓約書は加害者が約束する書面であり、被害者の住所を書かないことで効力が失われるわけではない。
- 被害者は氏名のみ、記号、代理人の表記などで特定でき、弁護士が代理人の場合は事務所の所在地を記載する形が一般的である。
- 禁止する場所は「住居、勤務先その他通常所在する場所」のように包括的に書き、本文から住所や勤務先が伝わらないようにする。
- 加害者の住所と氏名は、本人確認書類で確かめたうえで正確に記載してもらう。
- 違約金は損害賠償額の予定(民法420条)であり、過大な金額は公序良俗違反(同法90条)として争われることがある。
- 誓約書の違反を理由に訴訟をする場合でも、住所・氏名等の秘匿制度(民事訴訟法133条)を利用できる場合がある。
- 誓約書とは別に、ストーカー規制法にもとづく警告や禁止命令、住民票の写しなどの交付を制限する支援措置もあわせて検討する。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、ストーカー被害に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。相手に誓約書を書かせたいが、どこまで書いてよいか分からない方、自分の住所を知られずに約束を書面にしたい方は、弁護士が窓口となって書面の作成から取り交わしまで対応いたします。
すでに相手から書面の案を示されている方や、誓約書を書かせた後も連絡が続いている方も、お一人で判断する前にご相談ください。


