【ストーカートラブル】示談に応じたら、禁止命令はどうなる?
この記事は、2026年10月時点の法令と一般的な実務の運用をもとに、ストーカー被害の慰謝料請求について解説するものです。個別の事情によって取れる手段は変わりますので、具体的な判断は弁護士にご相談ください。
つきまといや執拗な連絡で長く苦しめられたのに、相手がどこに住んでいるのか分からない。そのような状況で「住所が分からなければ慰謝料は請求できないのでは」と考え、請求をあきらめかけている方は少なくありません。
結論からお伝えすると、住所が分からないことだけを理由に請求の道が閉ざされるわけではありません。ただし、住所は「請求を相手に届けること」と「実際にお金を回収すること」の両方に関わるため、どの段階で何が必要になるのかを整理しておくことが大切です。この記事では、手元にある情報から住所をたどる方法、刑事手続と並行して使える仕組み、住所がどうしても分からないときの手続、そしてご自身の住所を相手に知られないための配慮までを順に解説します。
住所が分からなくても、慰謝料を求める権利そのものはある
ストーカー行為によって精神的な苦痛を受けた場合、加害者に対して不法行為に基づく損害賠償を求めることができます(民法709条・710条)。この権利は、相手の住所を知っているかどうかとは関係なく発生します。
問題になるのは、請求を進める各段階で、相手にどう連絡し、どこへ書類を届けるかという点です。段階ごとに住所の必要性を整理すると、次のようになります。
| 段階 | 住所の必要性 | 住所が分からないときの考え方 |
|---|---|---|
| 任意の交渉 | 必須ではない | 電話番号・メール・相手の代理人など、確実に届く連絡手段があれば始められる |
| 訴訟(裁判) | 原則として必要 | 調査で判明させるか、勤務先への送達や公示送達を検討する |
| 強制的な回収 | 事実上必要 | 勝訴しても、相手の財産や勤務先が分からなければ回収は難しくなる |
このように、住所が分からないことは「請求ができない」ことではなく、「進め方を選ぶ必要がある」ことだと捉えると、次に何をすべきかが見えやすくなります。
手元の情報から相手の住所をたどる方法
住所が分からなくても、氏名や電話番号、勤務先など何らかの手がかりが残っていることは多くあります。弁護士に依頼した場合に使える主な方法を、手がかりの種類ごとに見ていきます。
氏名と以前の住所が分かる場合
弁護士は、受任した事件の処理に必要な範囲で、住民票の写しや除票などを請求することができます(住民基本台帳法12条の3)。以前の住所から転居先をたどれることがあり、本籍が分かる場合には戸籍の附票によって住所の履歴を確認できることもあります。ただし、相手が住民票を移していない場合などには、実際の住まいと一致しないこともあります。
携帯電話番号やメールアドレスが分かる場合
弁護士会を通じて、携帯電話会社などに契約者の情報を問い合わせる制度があります(弁護士法23条の2、弁護士会照会)。電話番号から契約者の氏名や住所が判明することがありますが、回答するかどうかは照会先の判断によります。番号がすでに解約されている場合や、他人名義で契約されている場合には、たどれないこともあります。
また、訴訟を起こした後であれば、裁判所を通じて同様の問い合わせを行う調査嘱託(民事訴訟法186条)を利用できる場合もあります。
SNSのアカウントしか分からない場合
匿名のアカウントから中傷やつきまといを受けている場合には、発信者情報開示の手続によって、投稿者の氏名や住所をたどれることがあります。ただし、権利侵害が明らかであることなどの要件があり、通信記録の保存期間との関係で時間との勝負になる面もあります。相手が誰なのか自体が分からない場合の考え方は、【ストーカートラブル】相手が誰か分からない|匿名のつきまといで相手をたどる方法と、たどれないときの守り方で詳しく解説しています。
勤務先だけが分かる場合
住所が分からなくても、勤務先が分かっていれば、訴訟の書類を勤務先に送達してもらうよう求めることができる場合があります(民事訴訟法103条2項、就業場所送達)。住所での送達ができない事情を裁判所に示す必要がありますが、手がかりとしての価値は小さくありません。
ご自身で相手の住まいを調べることは控えたい
相手の後をつけたり、共通の知人に聞き回ったりして住所を探すことは、相手との接点を自ら増やすことになり、被害が再燃するきっかけになるおそれがあります。相手に「探られている」と受け取られ、かえって行動がエスカレートすることも考えられます。住所の調査は、正規の手続を使える弁護士に任せるほうが、安全面でも確実性の面でも望ましいといえます。
刑事手続が進んでいるときに使える仕組み
相手が警察に検挙され、刑事手続が進んでいる場合には、住所を知らなくても慰謝料の話を進められる場面があります。
相手の弁護人から示談の申入れがある場合
加害者側の弁護人から示談の申入れがあれば、交渉の窓口は弁護人になります。相手の住所を知らなくても、弁護人を通じて慰謝料の金額や支払方法、今後の接触禁止などの条件を話し合うことができます。弁護人とのやり取りの注意点は【ストーカートラブル】相手に弁護士がついた|相手方の代理人との話し方、示談の条件の組み立て方は【ストーカートラブル】示談に入れる条件|接触禁止・転居・違約金をご覧ください。
また、刑事裁判の中で被害者と被告人が合意した内容を公判調書に記載してもらうと、その記載に裁判上の和解と同じ効力が認められる制度があります(犯罪被害者保護法19条、刑事和解)。分割払いの約束が守られなかった場合に、改めて訴訟を起こさずに強制執行の手続に進めるという利点があります。
公判記録の閲覧と通知制度
起訴された事件では、被害者は一定の条件のもとで公判記録の閲覧や謄写を申し出ることができます(犯罪被害者保護法3条)。民事上の請求に必要な情報を得る手がかりになることがありますが、どの範囲を閲覧できるかは裁判所が判断します。
被害者等通知制度を利用すると、相手の処分の結果や裁判の期日などを知ることができます。ただし、この制度で相手の住所が通知されるわけではありません。制度の内容は【ストーカートラブル】被害者等通知制度を使う|相手の処分や出所の時期を知るで解説しています。
なお、刑事裁判の手続の中で損害賠償を命じてもらう「損害賠償命令制度」もありますが、対象となる罪名は限られており、ストーカー規制法違反のみで起訴された事件では利用できないことが一般的です。ほかの罪名とあわせて起訴されている場合などには対象になることもあるため、個別に確認が必要です。
調べても住所が分からないときの公示送達
住所を調べ尽くしても分からない場合には、公示送達という方法があります(民事訴訟法110条)。裁判所の掲示場に一定期間掲示することで、相手に書類が届いたものとみなす制度です。
公示送達を使うには、住民票上の住所への調査や現地の確認などを行い、それでも所在が分からないことを裁判所に示す必要があります。この方法で判決を得ることはできますが、相手の財産や勤務先が分からなければ、判決に基づく回収は難しくなります。そのため、公示送達は「判決という形で権利を確定させておく」意味合いが強く、回収の見込みとあわせて利用を検討することになります。判決で確定した権利は、原則として10年間行使できるため、後に相手の所在が判明したときに回収を図るという考え方もあります。
ご自身の住所を相手に知られないための配慮
慰謝料を請求する側にとって、相手の住所以上に気がかりなのは「請求することで自分の住所を知られてしまわないか」という点ではないでしょうか。
訴訟では、訴状に原告の住所を記載するのが原則ですが、住所などを相手に知られることで社会生活に著しい支障が生じるおそれがある場合には、裁判所に申し立てて住所や氏名を秘匿してもらう制度があります(民事訴訟法133条、秘匿決定)。ストーカー被害は、この制度の利用が想定される典型的な場面の一つです。
交渉の段階でも、弁護士に依頼すれば、書面の差出人や連絡先を法律事務所とし、ご自身の住所や電話番号を相手に伝えずに進めることができます。示談書の作り方についても、住所の記載を避ける工夫があります。相手から逆に請求を受けた場合の考え方は、【ストーカートラブル】相手から逆に損害賠償を求められた|請求の中身を仕分け、住所や連絡先を渡さずに対応するもあわせてご覧ください。
住所が分からない期間と時効の関係
不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から3年(生命・身体を害する不法行為では5年)、行為の時から20年を経過すると、時効によって消滅します(民法724条・724条の2)。
ここでいう「加害者を知った時」について、最高裁判所は、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとで、その可能な程度に加害者を知った時と解しています(最高裁昭和48年11月16日判決)。相手の住所や氏名が分からない事情は、時効がいつから進むかの判断に影響することがあります。ただし、どの時点から数えるかは事案ごとの判断になるため、被害から時間が経っている場合には、早めに確認しておくことをおすすめします。
請求に備えて残しておきたい記録
住所が判明した後にすぐ請求に移れるよう、被害の内容を示す記録は早い段階から整理しておくと役立ちます。
- つきまといや連絡があった日時・場所・内容を記したメモ。
- メッセージ・着信履歴・SNSの投稿のスクリーンショット。
- 警察への相談記録や、警告・禁止命令が出たことが分かる書面。
- 通院した場合の診断書や領収書、転居や休業にかかった費用の記録。
- 相手の氏名・電話番号・勤務先・以前の住所など、手がかりになる情報。
慰謝料として求められる項目や金額の組み立て方は、【ストーカートラブル】ストーカー被害の慰謝料|請求できる項目と組み立てで詳しく解説しています。
よくあるご質問
相手の名前しか分からない状態でも、弁護士に相談してよいですか
はい、ご相談いただけます。名前だけでも、ほかの手がかりと組み合わせることで調査の糸口が見つかることがあります。どの手がかりが使えそうかを一緒に整理するところから始められます。
住所を調べる手続をすると、相手に気づかれますか
弁護士会照会や住民票の請求は、照会先や役所に対して行うものであり、通常は手続の段階で相手に直接知らせが届くものではありません。ただし、照会先の運用によっては契約者に連絡が入る可能性も否定できないため、安全面への配慮とあわせて進め方を検討します。
まとめ
- 慰謝料を求める権利は、相手の住所を知っているかどうかに関係なく発生します。
- 氏名・電話番号・勤務先などの手がかりから、弁護士が正規の手続で住所をたどれることがあります。
- 刑事手続が進んでいれば、弁護人を通じた示談や刑事和解によって、住所を知らなくても話を進められる場合があります。
- 調べても所在が分からないときは、公示送達で判決を得る方法がありますが、回収の見込みとあわせて検討が必要です。
- 秘匿決定や代理人の活用によって、ご自身の住所を相手に知られずに請求を進める工夫ができます。
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相手の住所が分からない状態でも、残っている手がかりや刑事手続の進み具合によって、取れる手段はいくつか考えられます。ご自身で相手を探すことは避け、安全を確保しながら、どの道筋が現実的かを専門家と一緒に検討していただければと思います。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


