被害者と連絡が取れない|性犯罪で示談ができない場合の弁護活動
本記事は、2026年10月時点の民事訴訟法、民法、刑事訴訟法、犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下「犯罪被害者保護法」といいます)に基づいて解説しています。実際の見通しは、事件の内容や手続の段階によって変わります。
刑事事件で捜査を受けている最中や、刑事裁判が続いている間に、被害を受けたという相手から損害賠償を求める訴状が届くことがあります。警察や検察とのやり取りだけでも負担が大きいなかで、裁判所から別の書類が届けば、どちらを先に手当てすればよいのか迷うのは自然なことです。
刑事と民事は目的も進み方も異なる手続で、片方を進めればもう片方が自動的に片づくという関係にはありません。一方で、まったく無関係に進むわけでもなく、片方での対応がもう片方に影響を残すことがあります。
この記事では、民事の請求が刑事手続のどの段階で始まったかによって、何を優先するかがどう変わるのかを整理します。詐欺事件を例にした進行の順序の基本は、刑事と並行して民事で訴えられた|どちらを先に進めるべきかでも解説していますので、あわせてご覧ください。
刑事と民事が並行するときに押さえておきたい前提
同じ出来事について、刑事では国が処罰を求め、民事では被害を受けたという人が金銭の支払いを求めます。両者の違いは次のとおりです。
| 項目 | 刑事手続 | 民事手続 |
|---|---|---|
| 誰が進めるか | 警察・検察(起訴するかどうかは検察官が判断) | 請求する人(原告) |
| 何を決めるか | 罪になるか、どのような刑を科すか | 支払う義務があるか、いくら支払うか |
| 主な終わり方 | 不起訴、略式命令、判決など | 判決、和解、請求の取下げなど |
| 記録の扱い | 公判の開廷前の書類は原則として公開されない(刑事訴訟法47条) | 訴訟記録は原則として誰でも閲覧を請求できる(民事訴訟法91条1項) |
この違いから、次の3つの前提が導かれます。
- 刑事で不起訴や無罪になっても、民事の請求がそれだけで退けられるわけではありません。
- 民事で賠償を支払っても、刑事の手続がそれだけで終わるわけではありません。
- 民事訴訟法には、刑事の結論が出るまで民事の審理を当然に止めるという定めは置かれていません。
3つ目の点は見落とされやすいところです。裁判所が刑事の進み具合を見ながら期日の入れ方を調整することはありますが、それを当てにして何もしないでいてよいわけではありません。
民事の請求には4つの入口がある
「民事で訴えられた」と一口にいっても、被害者側がどの手続をとるかによって、届く書類も対応の時期も変わります。
| 入口 | どのような手続か | 届くもの・対応の時期 |
|---|---|---|
| 通常の民事訴訟 | 裁判所に訴状を出して損害賠償を求める手続 | 訴状と第1回口頭弁論期日の呼出状が届き、答弁書の提出期限が指定される |
| 損害賠償命令 | 刑事裁判を担当する地方裁判所に、刑事の弁論が終わるまでに申し立てる手続 | 申立書が届き、審理は刑事の有罪判決の後に始まる |
| 刑事和解 | 刑事裁判の中で、被告人と被害者等が合意した内容を公判調書に記載してもらう手続 | 双方が合意したときにだけ行われ、一方的に始まることはない |
| 仮差押え | 判決を待たずに預金や給与などを仮に押さえる手続 | 事前の連絡はなく、口座が使えなくなるなどして初めて知ることが多い |
このうち損害賠償命令は、故意の犯罪行為で人を死傷させた罪や、不同意わいせつ・不同意性交等、逮捕監禁、略取誘拐など、犯罪被害者保護法23条に定められた罪で起訴された事件に限って使える手続です。有罪判決が言い渡されると審理が始まり、最初の審理期日で刑事事件の記録が取り調べられたうえ、特別の事情がない限り4回以内の期日で審理を終えるものとされています(同法30条)。決定に不服がある当事者は、送達などを受けた日から2週間以内に異議を申し立てることができ、その場合は通常の民事訴訟に移ります(同法33条・34条)。
つまり、損害賠償命令が申し立てられている事件では、刑事の公判で何を認め、何を争ったかが、そのまま民事の審理の土台になるという関係にあります。制度の流れは損害賠償命令制度|刑事裁判の中で賠償を求める方法で詳しく解説しています。
また、刑事和解として公判調書に記載された合意には、裁判上の和解と同じ効力が認められます(同法19条4項)。約束した支払いが滞れば、強制執行の手続に進むことがある点に注意が必要です。
刑事手続の段階ごとに変わる優先順位
何を先に手当てするかは、民事の請求が刑事手続のどの段階で始まったかによって変わります。ご自身の状況に近いものからご覧ください。
在宅で捜査を受けている間に訴状が届いた
まだ起訴・不起訴が決まっていない段階です。この時期に優先したいのは、民事の答弁書に事実関係をどこまで書くかを、刑事の取調べでの対応と切り離さずに決めることです。取調べで黙秘している、あるいは一部を否認している場合に、答弁書で詳しい経緯を書けば、その内容は誰でも閲覧を請求できる訴訟記録として残ります。
一方で、答弁書を出さずに第1回期日にも欠席すると、相手の主張を認めたものとみなされ、請求どおりの判決が出ることがあります(民事訴訟法159条3項)。答弁書では、請求を争う意思を示したうえで、具体的な認否は追って行うとする書き方がとられることもあります。黙秘との関係は黙秘したほうがよいのか|黙秘の効果とリスクの整理もご参照ください。
また、この段階では、刑事の示談交渉と民事の請求が同じ相手との間で同時に動いていることがあります。窓口を一本にして、示談の中で民事の請求もあわせて清算できないかを検討することが、両方の負担を軽くすることにつながる場合があります。
身柄を拘束されている間に訴状が届いた
逮捕・勾留されている間も、民事の期限は止まりません。本人が留置施設などで訴状を受け取った場合も、家族が自宅で受け取った場合も、まず確認したいのは答弁書の提出期限と第1回期日の日付です。
身柄の拘束中は本人が期日に出頭することが難しいため、民事の代理人を付けるか、少なくとも答弁書を期限内に提出する段取りが必要になります。刑事の弁護人には訴状が届いたことを早めに伝え、民事の対応も依頼できるのか、別の弁護士に頼む必要があるのかを確認しておきましょう。国選弁護人の職務は刑事の弁護に限られるため、民事の対応は別に依頼することになります。国選と私選の違いは国選と私選はどう違う|途中で切り替えられるのかで整理しています。
なお、家族が訴状を受け取ったからといって、家族が支払いの義務を負うわけではありません。ただし、家族が保証人として書面に署名すれば、その範囲で責任を負うことになるため、署名を求められたときは内容を確認してから判断することが大切です。
起訴されて刑事の公判が続いている
公判と民事訴訟が並行している場合は、刑事での主張と民事での主張が食い違わないようにすることが最も重要になります。刑事で事実を認めて刑の重さを中心に争っているなら、民事では事実そのものよりも、損害の額や内容が争点になることが多いでしょう。反対に、刑事で無罪を主張しているなら、民事でも事実関係を争う立場を保つのが自然です。
この段階で民事の和解や刑事和解が成立すれば、被害の弁償がなされたことを刑事の裁判所に示す材料になります。合意の書面に寛大な処分を求める文言(宥恕文言)を入れるかどうかは、刑事の量刑にも関わるため、民事と刑事の両方を見ながら決める必要があります。宥恕文言の意味は宥恕文言の意味|「許す」と書かれると刑事処分はどう変わるかをご覧ください。
判決や不起訴の後に訴えられた
刑事手続が終わった後に民事訴訟が起こされることもあります。不法行為に基づく損害賠償の請求権は、被害者が損害と加害者を知った時から3年(人の生命や身体を害した場合は5年)、行為の時から20年で時効にかかるとされており(民法724条・724条の2)、刑事の終了から時間をおいて訴えられることもあり得ます。
刑事で有罪判決が確定している場合は、判決書や刑事記録が民事の証拠として提出され、事実関係を覆すことは難しくなるのが一般的です。その場合は、損害の額や、相手の側の落ち度を考慮すべき事情があるかなど、争う余地のある点を見極めることが中心になります。不起訴の後の民事との関係は、不起訴になった後に民事で請求できるのかでも扱っています。
どの段階でも共通する手当ての順番
段階によって重点は変わりますが、並行する手続に向き合う順番には共通する骨組みがあります。
- まず、期限のある手続を落とさないようにします。答弁書の提出期限、民事の期日、損害賠償命令に対する異議の期間などを書き出して把握します。
- 次に、刑事と民事で主張をそろえます。どちらかで述べたことは、もう一方でも参照されうるものとして扱います。
- そのうえで、賠償の話し合いを一本にまとめます。刑事の示談と民事の請求を別々に進めると、重ねて支払う約束をしてしまったり、清算の範囲がずれたりするおそれがあります。
- 最後に、支払いの原資と方法を決めます。一括での支払いが難しい場合は、分割や一部の弁償という選択肢も検討します。
なかでも3つ目の点は、示談書や和解の条項に清算条項(その合意のほかに互いに請求するものがないことを確認する条項)を入れるかどうかに直結します。刑事の示談だけが成立して民事の請求が残ったままになる、という事態を避けるためにも、合意がどこまでをカバーするのかを確認しておくことが大切です。支払い方法の工夫については示談金を一括で用意できないとき|分割・減額・被害弁償という選択肢で解説しています。
刑事で事実を争っている場合の注意点
刑事で否認している方にとって、民事の和解や示談は「罪を認めたことになるのではないか」という迷いを生みます。民事の和解は、事実を認めるかどうかとは切り離して、紛争を金銭で終わらせる合意として結ぶこともできます。もっとも、和解の文言や支払いの事実が刑事の場でどう受け止められるかは事案によって異なるため、刑事の弁護方針と合わせて検討する必要があります。この点は無実でも示談すべき?否認と示談のジレンマで詳しく扱っています。
また、民事で本人尋問が予定された場合にも注意が必要です。証人には、自分が刑事訴追を受けるおそれのある事項について証言を拒む権利が定められていますが(民事訴訟法196条)、この規定は当事者本人の尋問には準用されていません(同法210条)。そして当事者本人が正当な理由なく陳述を拒むと、裁判所が相手の主張を真実と認めることができるとされています(同法208条)。刑事への影響をどこまで正当な理由として考慮するかは個別の判断になるため、尋問の時期や答え方は、刑事の進み具合を踏まえて組み立てることになります。
よくあるご質問
民事で負けたら、刑事でも有罪になるのですか
刑事と民事は別々に判断されるため、民事の結論がそのまま刑事の結論になるわけではありません。ただし、民事で提出した書面や尋問での供述が、刑事の手続で参照される可能性はあります。
刑事の結論が出るまで、民事を待ってもらうことはできますか
裁判所に事情を伝えて期日の調整を求めることは考えられますが、民事を当然に止める制度はありません。待ってもらえるかどうかにかかわらず、答弁書の提出など期限のある対応は済ませておく必要があります。
刑事の弁護人に民事も頼めますか
私選で依頼している弁護士であれば、民事の代理も別の契約として引き受けられる場合があります。同じ弁護士が両方を担当すると、主張をそろえやすくなるという利点があります。国選弁護人の場合は、民事の対応は別に依頼することになります。
刑事と民事が並行する場面では、それぞれの期限と、片方で述べたことがもう片方に及ぼす影響を同時に見ておく必要があります。いま刑事手続のどの段階にいて、民事の請求がどの入口から届いているのかを確かめるだけでも、次に手を付けるべきことは見えやすくなります。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
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