【刑事事件】逮捕された家族の勤務先から退職届を出すよう求められた

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

この記事は、2026年10月時点の民法、労働契約法、雇用保険法、刑事訴訟法の規定と、公表されている裁判例をもとにしています。勤務先の就業規則や雇用形態によって扱いが変わる部分があるため、個別の事情はご相談の際に確認します。


「夫が逮捕された翌日、上司から『懲戒解雇になる前に、ご家族から退職届を出してもらえないか』と言われた」「息子の勤務先から、本人の印鑑を持って来社してほしいと連絡があった」。逮捕されたご本人と自由に連絡が取れないなか、家族のもとに勤務先から退職の話が持ち込まれる場面は珍しくありません。

 懲戒解雇よりも自主退職のほうが本人のためになる、という会社側の説明は、それ自体が誤りとは限りません。ただ、退職するかどうかは本来ご本人が決めることです。家族が急いで書類を出したことで、後から退職金や失業給付、刑事事件の見通しとの関係で困る場面もあります。

 この記事では、勤務先から退職届を求められた家族が、応じる前に確かめておきたいことと、勾留中の本人の意思を確かめる方法を整理します。会社に事件が伝わる経路については逮捕されたら会社・学校に連絡はいく?勾留と身分への影響と勤務先に伝わる経路|通知制度と事実上の伝達を分けるで、ご本人が会社と処分を協議する場面の順序については退職届と懲戒解雇|刑事と労務が同時に動くときの順序で扱っています。

家族が出す退職届に効力はあるのか

 退職は、雇用契約の当事者であるご本人の意思表示によって成り立ちます。配偶者や親であっても、家族という立場だけで本人に代わって退職を決めることはできません。

退職の意思表示はご本人がするもの

 期間の定めのない雇用では、労働者は退職を申し入れてから2週間が経過すると雇用契約を終わらせることができます(民法627条1項)。この申入れをするのは労働者本人です。家族が本人から頼まれていないまま退職届を出した場合、代理の権限がない者の行為となり、本人が後から認めない限り、本人に効力は及びません(民法113条1項)。

本人の名前で家族が署名することの問題

 会社から「本人の名前で書いて、印鑑を押してもらえればよい」と言われることがあります。しかし、本人の了解がないまま本人名義の書面を作成すると、退職の効力が争われるだけでなく、文書の作成そのものが問題とされるおそれがあります(刑法159条1項)。本人名義の書類に家族が署名・押印するのは、少なくとも本人の意思を確かめてからにするのが無難です。

本人の了解があっても後から争いになりやすい

 ご本人が「任せる」と言った場合でも、勾留中の短い面会で交わしたやり取りは記録に残りにくいものです。釈放後に本人が「そこまで頼んだつもりはなかった」と言えば、家族と会社の双方が困ることになります。委任する範囲を書面にしておく、弁護人を通じて本人の意思を確認しておくといった手当てが考えられます。

求めに応じる前に確かめておくこと

 勤務先から退職の話が出たとき、家族がその場で答えを出す必要はありません。まず、会社が何を求めていて、どのような根拠に基づいているのかを確かめます。

会社が想定している処分は何か

 「退職届を出してほしい」という求めの背景には、懲戒解雇を検討している、長期の欠勤で業務に支障が出ている、手続を早く終えたい、といった事情が考えられます。どの理由なのかによって、退職以外の選択肢が残っているかどうかが変わります。会社が就業規則のどの規定を根拠に、どの処分を想定しているのかを尋ねておくとよいでしょう。

就業規則の懲戒・休職の規定

 多くの会社は、就業規則に懲戒の事由と種類を定めています。ただし、懲戒は、行為の性質や態様に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効とされます(労働契約法15条)。解雇についても同じ考え方がとられています(同法16条)。私生活上の行為を理由とする懲戒については、会社の社会的評価に及ぼす影響などを踏まえて判断するとした最高裁判例もあります(最高裁昭和49年3月15日判決)。

 また、起訴された場合に休職扱いとする「起訴休職」の規定を置く会社もあります。逮捕されたという事実だけで、直ちに懲戒解雇が有効になるとは限らないことを押さえたうえで、就業規則の写しを求めるのが出発点になります。

回答の期限と、やり取りの残し方

 「今日中に」「今週中に」と期限を区切られることがあります。家族の立場では本人の意思を確かめるまで回答できない旨を伝え、確認にかかる見込みの日数を示して待ってもらうのが現実的です。会社とのやり取りは、日時と相手、言われた内容をメモに残し、可能であればメールなどの書面で受け取っておきます。後で退職の経緯が問題になったとき、この記録が手がかりになります。

自主退職と懲戒解雇で何が変わるのか

 会社が自主退職を勧める理由として、「懲戒解雇よりも本人に有利だから」と説明されることがあります。主な違いは次のとおりです。

項目自主退職(退職届の提出)懲戒解雇
退職を決めるもの本人の意思表示会社の処分
退職金規程に沿って支給されることが多い不支給・減額の規定を置く会社が多いが、全額不支給が常に認められるわけではない
失業給付自己都合退職として給付制限がかかるのが原則。退職勧奨に応じたものと認められると扱いが変わることがある自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇とされると給付制限がかかる(雇用保険法33条1項)
後から争う余地撤回や取消しの主張に限られ、争いにくい解雇の有効性そのものを争える


退職金の扱い

 懲戒解雇の場合に退職金を支給しないと定める会社は少なくありません。もっとも、退職金には賃金の後払いとしての性格もあることから、裁判例では、それまでの勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為がある場合に全額不支給を認める傾向があります。私生活上の痴漢行為で懲戒解雇された社員について、退職金の一部の支給を命じた例もあります(東京高裁平成15年12月11日判決)。懲戒解雇なら必ず退職金がゼロになる、と考えて退職を急ぐ必要はありません。

失業給付と離職理由

 離職理由は、会社が離職票に記載した内容と本人の申立てをもとに、ハローワークが判断します。自己都合退職であっても、会社の退職勧奨に応じたものであれば扱いが異なることがあるため、退職に至った経緯を記録しておくことが後で役に立ちます。給付制限の期間は制度改正で変わることがあるので、手続の際にハローワークで確認しておくと安心です。退職金や失業給付の後始末については発覚後の税務・退職金・失業給付|見落とされがちな金銭の後始末もあわせてご覧ください。

「懲戒解雇されたくなければ」という求め方

 懲戒解雇の理由がないのに、そうなると告げて退職届を出させた場合には、強迫による意思表示として取消しが問題になることがあります(民法96条1項)。反対に、懲戒解雇がありうる状況で、会社が自主退職の機会を設けること自体は、ただちに不当とはいえません。どちらにあたるかは、事件の内容、就業規則の定め、会社の説明の仕方によって変わります。会社の説明が「処分の見通し」なのか「退職させるための材料」なのかを見極めるには、刑事事件の見通しと就業規則の両方が必要になります。

勾留中の本人の意思をどう確かめるか

 退職するかどうかを決めるには、本人の意思と、刑事事件がこの先どうなりそうかという見通しの両方が欠かせません。

家族の面会でできることと制約

 家族も、勾留中の本人と面会することができます(刑事訴訟法80条)。ただし、面会できるのは原則として平日の日中で、1回あたりの時間も短く、警察官が立ち会います。退職の話を落ち着いてするには十分な時間とはいえません。さらに、接見禁止がついている場合、家族は面会できません(同法81条)。この場合の動き方は接見禁止がついて家族が会えない|解除に向けた動きで解説しています。

弁護人を通じた意思確認

 弁護人は、警察官の立会いなしで本人と面会でき(刑事訴訟法39条1項)、接見禁止がついていても面会が可能です。勤務先から求められている内容を弁護人に伝え、本人がどう考えているかを確かめてもらう方法があります。弁護人であれば、事件の見通しを踏まえて退職の得失を本人と話し合うこともできます。面会の流れは「接見」で弁護士は何をするのか|依頼から面会までの流れをご覧ください。

刑事事件の見通しと合わせて考える

 勾留されずに早く釈放される見込みがある場合や、不起訴が見込まれる場合には、退職を急ぐ必要がないこともあります。早期の釈放に向けて家族が用意できるものについては勾留を避けるための材料|身元引受と生活環境の整え方で扱っています。一方で、ご本人が職場に迷惑をかけたくないと考え、自ら退職を望むこともあり、その判断は尊重されるべきものです。お子さんが逮捕された親御さんの立場で関われる範囲については【親子問題】成人した子の刑事事件で親ができること・できないこともご参照ください。

すでに退職届を出してしまった場合

 会社の求めに応じて退職届を出してしまった後でも、取れる手段が残っていることがあります。

会社が承諾する前であれば撤回できる場合がある

 退職届が、会社との合意で雇用契約を終わらせるための申込みと評価される場合、会社が承諾する前であれば撤回できると考えられています。一方、本人の一方的な辞職の意思表示と評価される場合は、会社に届いた時点で撤回が難しくなります。どちらにあたるかは書面の文言や提出の経緯で判断されるため、撤回したいときは早めに、その意思を書面で会社に伝えておくことが考えられます。

家族が出した退職届の扱い

 本人から頼まれずに家族が出した退職届であれば、本人に効力は及ばないと主張できる余地があります(民法113条1項)。本人が釈放後に退職を望まない場合は、追認しない旨を会社に伝えることになります。ただし、本人が退職を前提とした行動をとると、追認したと評価されるおそれがあるため、退職金の受取りや貸与品の返却などは状況を整理してから進めます。

離職票と退職の経緯を確認する

 離職票に記載された離職理由が実際の経緯と違う場合には、ハローワークでその旨を申し立てることができます。会社から退職を勧められて提出したのであれば、そのやり取りの記録を手元に残しておきます。

よくあるご質問

会社から「今日中に返事を」と言われました。答えを待ってもらうと不利になりますか?

 本人の意思を確かめるまで回答できないと伝えること自体が、ただちに不利に扱われる理由にはなりにくいと考えられます。確認に必要な日数を示し、その間に弁護人を通じて本人の意思を確かめるのが現実的な進め方です。

本人が面会で「辞めてもいい」と言いました。家族が退職届を書いて出してよいですか?

 本人の意思が明確であれば、委任を受けて手続を進めることは考えられます。ただし、面会でのやり取りは記録に残りにくく、後から委任の範囲が争われることがあります。本人に自署してもらう方法や、弁護人を通じて意思を確認したうえで書面を整える方法を検討するとよいでしょう。

不起訴になれば、職場に戻れますか?

 不起訴になっても、懲戒処分をするかどうかは会社が別に判断します。ただ、不起訴の理由によって会社への説明の仕方は変わり、嫌疑がないとされた場合と、起訴猶予の場合とでは意味が異なります。違いは不起訴の3類型はどう違うのか|どれを目指すべきかで、処分の結果を会社に示す方法は不起訴処分告知書は何に使えるのかで解説しています。

まとめ


  1. 退職の意思表示は本人がするもので、家族が頼まれずに出した退職届は、本人が認めない限り本人に効力が及ばない(民法627条1項、113条1項)。
  2. 本人の了解なく本人名義の書面を作成することは、文書の作成そのものが問題とされるおそれがある(刑法159条1項)。
  3. 逮捕されたことだけで懲戒解雇が有効になるとは限らず、懲戒の相当性が問われる(労働契約法15条、16条)。
  4. 懲戒解雇でも退職金の全額不支給が常に認められるわけではなく、自主退職か懲戒解雇かで失業給付の扱いも変わる(雇用保険法33条1項)。
  5. 勾留中の本人の意思は、立会いのない弁護人の接見を通じて確かめることができる(刑事訴訟法39条1項)。
  6. すでに退職届を出していても、会社の承諾前の撤回や、強迫を理由とする取消しが問題になる余地がある(民法96条1項)。


弁護士法人若井綜合法律事務所では、刑事事件に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。ご家族が逮捕され、勤務先から退職届の提出や処分の話を持ちかけられた段階でも、刑事事件の見通しと勤務先への対応をあわせて整理することができます。

勤務先への回答を決める前の方も、すでに退職届を出してしまい今後の対応に迷っている方も、まずはご相談ください。

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

風俗・男女トラブルの不当要求から依頼者を守る弁護士

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ東京
  3. 東京の法律関連
  4. 東京の男女・夫婦問題
  5. 若井亮
  6. コラム一覧
  7. 【刑事事件】逮捕された家族の勤務先から退職届を出すよう求められた

若井亮プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼