双方が酔っていて記憶がない|アルコールと不同意の認定
会社の金銭に関する問題を指摘されたとき、動き出す手続は一つではありません。社内では調査と処分の検討が進み、その一方で被害届や告訴を通じて刑事の手続が始まることがあります。二つは連動しているようで、別々の判断者が別々の基準で進めていきます。
このとき多くの方が迷うのが、「懲戒解雇される前に自分から辞めたほうがよいのか」「刑事の結論が出るまで会社の話を待ってもらえないのか」という順序の問題です。ここを取り違えると、後から取り返しがつきにくい形で結果が固まってしまうことがあります。
この記事では、労務と刑事という二つの手続がどのような順序で進み、どの時点で何が決まるのかを整理します。
同じ出来事でも、進んでいる手続は二つある
まず、それぞれの手続で何が起きるのかを並べてみます。
| 会社の側で進むこと | 捜査機関の側で進むこと |
|---|---|
| 事実の調査、ヒアリング | 被害届や告訴の受理 |
| 自宅待機や担当業務の変更 | 任意の事情聴取、捜索 |
| 懲戒処分(懲戒解雇、諭旨解雇など) | 逮捕・勾留を行うかどうかの判断 |
| 損害の返還請求、退職金の扱い | 起訴または不起訴の判断 |
| 離職票や退職証明書の交付 | 裁判、判決 |
この二つは、一方の結論が他方を自動的に決めるという関係にはありません。会社は捜査機関の判断を待たずに、自社の調査に基づいて処分を決めることができます。逆に、不起訴になったからといって懲戒解雇が当然に無効になるわけでもありません。
特に業務上横領のように業務の中で起きたとされる事柄は、会社が自ら帳簿や伝票を確認して事実を認定できる領域です。私生活上の出来事と比べて、会社が刑事の結論を待たずに動きやすい類型だといえます。
もっとも、会社が急いで処分を決めた結果、裏づけが足りないとして懲戒解雇が無効と判断された裁判例も複数あります。会社側の解説記事の多くが「証拠を固めてから処分する」ことを繰り返し強調しているのは、そのためです。会社にとっても、この順序は簡単な問題ではありません。
懲戒解雇は、労働契約が続いていることが前提になる
懲戒解雇は、企業秩序に違反した従業員に対する制裁として、使用者が労働契約を解約する処分です。制裁である以上、労働契約が存在していることが前提になります。
このことから、退職の効力がすでに生じた後になってから、さかのぼって懲戒解雇を行うことはできないと説明されています。「先に退職届を出しておけば懲戒解雇を避けられるのではないか」という発想は、この理屈から出てくるものです。
退職の効力はいつ生じるのか
期間の定めのない雇用契約では、当事者はいつでも解約を申し入れることができ、申入れの日から二週間が経過すると雇用契約は終了します(民法627条1項)。会社が退職届の受理を保留していても、この期間の経過による効力そのものは妨げられないと考えられています。
ここで注意したいのが、同条2項の読み方です。インターネット上には「月給制の場合は月の前半に申し出れば当月末、後半に申し出れば翌月末になる」と説明する記事が今も残っています。しかし、現在の条文は「使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる」と定めており、この当期・次期のルールは会社側から解約する場合を対象としています。労働者からの退職については1項の二週間が基準になります。古い条文のまま書かれた解説を前提に日程を組むと、想定と実際がずれることがあります。
なお、契約期間の定めがある働き方(有期雇用)では別の規定が適用されます。就業規則に「退職は一か月前に申し出ること」といった定めがある場合の扱いについては、法の定める解約の自由をどこまで制限できるかという議論があり、一律の結論にはなっていません。
先に処分が言い渡されれば、そちらが残る
退職届を出しても、効力が生じるまでの間に会社が懲戒解雇を言い渡した場合には、その処分が有効かどうかという形で扱われることになります。つまり、どちらが先に効力を持つかという時間の勝負になりやすい構造です。
会社側にも、調査を急いで処分を確定させようとする動機が働きます。ですから「退職届さえ出せば処分を避けられる」と単純に考えるのは適切ではありません。日程を確定させたい場合には、会社と話し合って合意のうえで退職日を決める方法もありますが、会社が応じるかどうかは相手の判断によります。
退職の形は、後の場面で繰り返し参照される
退職の形が懲戒解雇なのか、合意による退職なのかは、その後いくつもの場面で顔を出します。退職金の扱い、離職票に記載される離職理由、雇用保険の給付の条件、そして再就職の際の説明です。退職金と失業給付については、規程や離職理由の判断など別に検討すべき事項が多いため、ここでは深入りしません。
書面の面では、労働基準法22条1項が、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金、退職の事由について、労働者が請求すれば会社は証明書を交付しなければならないと定めています。同条3項は、労働者が請求していない事項をその証明書に記入してはならないとしています。何を証明してもらうかは、請求する側が選べるということです。この請求権には期間の制限があります。
自主退職なら会社との関係が終わる、というわけではない
退職しても、金銭の返還や損害賠償をめぐる話し合いは残ります。退職金規程に、退職後に懲戒解雇に相当する事由が判明した場合の返還について定めを置いている会社もあります。もっとも、規程の書きぶりによって結論は変わります。「懲戒解雇の場合に不支給とする」とだけ定められている場合には、退職後に懲戒解雇はできない以上、その条項を根拠に返還を求めるのは難しいという指摘もあります。
刑事の手続は、労働契約が続いているかどうかとは無関係に進みます。業務上横領は告訴がなくても捜査ができる犯罪ですから、退職したことによって刑事の可能性が閉じるわけではありません。
「自分から辞めれば穏便にする」と言われたとき
会社から、退職と引き換えに処分や告訴を見送るという趣旨の提案を受けることがあります。この種の提案は、実際には性質の異なる三つの要素が束ねられています。
- 退職の形(懲戒解雇にするのか、合意退職とするのか)
- 金銭(返還する額、支払方法、退職金や未払賃金の扱い)
- 刑事(被害届や告訴をするかどうか)
このうち一つ目と二つ目は、書面に落とし込むことで内容を明確にできます。これに対して三つ目は、性質が異なります。告訴する権利をあらかじめ放棄する合意には効力が認められないとした裁判例があり、「告訴しない」という約束は、他の条件と同じ強さで確保できるものではありません。この点は、条件を検討するときに前提として押さえておく必要があります。
その場で結論を求められることもありますが、束ねられた提案は分解して考えたほうが判断しやすくなります。持ち帰って検討したいと伝えることは、不自然な対応ではありません。
自宅待機を命じられている間の賃金
調査中に自宅待機を命じられることがあります。これは懲戒処分としての出勤停止とは別のもので、業務命令として行われるものです。
裁判例では、使用者が労務の受領を拒んだ以上、原則として賃金の支払義務を免れないと整理されています。ただし、出勤を認めないことに正当な理由があるときは、労務提供ができない状態が使用者の責めに帰すべき事由によるとはいえず、賃金支払義務を負わないとした判断もあります(東京地判平成30年1月5日)。この事案では、調査の必要、証拠隠滅の防止、懲戒処分の検討といった事情が正当な理由として認められました。
労働基準法26条の休業手当と、民法536条2項に基づく賃金の請求は、別の枠組みです。就業規則や賃金規程に定めが置かれていることもあります。この期間の収入をどう見込むかは、返済の計画にも直結しますので、早い段階で確認しておきたい点です。
身柄を拘束されたまま労務の手続が進む場合
逮捕・勾留された場合、本人は会社に連絡することが自由にできません。連絡が途絶えた状態が続くと、横領の疑いとは別に、欠勤を理由とした手続が進んでしまうことがあります。会社への連絡を誰がどのように行うかは、早い時点で決めておく必要があります。弁護人が窓口になる方法もあります。
就業規則に起訴休職の定めがある会社もあります。裁判例は、起訴されたという事実だけで休職命令が当然に有効になるとはしておらず、職務の性質や公訴事実の内容、身柄拘束の有無などに照らして、就労を続けることで会社の対外的な信用や職場秩序に支障が生じるおそれがあるか、労務の提供や業務の遂行に支障が生じるおそれがあるかなどを検討しています(東京地判平成11年2月15日)。
また、会社側の実務解説には、身柄拘束中の従業員に退職届の用紙を郵送する、あるいは面会に行って提出を促す、といった方法が具体的に書かれています。拘束されている状況では、就業規則も退職金規程も手元にありません。判断材料が乏しい場所で署名を求められたときは、その場で決めずに弁護人に相談したいところです。
刑事で述べることと、労務で述べることの整合
会社に対する説明と、捜査機関に対する説明が食い違うと、両方の場面で理由を尋ねられることになります。社内調査で作成した書面が、後の刑事手続で参照されることもあります。
懲戒解雇の有効性を争うこと自体は、正当な権利です。事実に争いがある場合や、処分が重すぎると考える場合に、労働審判や訴訟で争う方法は残されています。ただし、刑事の場面で事実関係を認めながら、労務の場面では全面的に否定するという組み立ては、後から説明を求められたときに難しさが出ます。両立しないわけではありませんが、何を争い、何を争わないのかを最初に決めておくことで、その後の対応がぶれにくくなります。
順序を決めるときの三つの問い
どちらを先に動かすかを考えるとき、次の三点を整理しておくと判断しやすくなります。
- 事実関係を自分の側で確認できているか(金額、期間、使途について、会社の主張と自分の認識が一致しているか)
- どちらの期限が先に来るか(処分が予定されている時期、退職の効力が生じる時期、被害届や告訴の動き)
- 最終的に何を優先したいか(刑事処分を軽くすること、職歴の形、返済の負担、家族への影響)
三つ目は、人によって答えが変わります。職歴の形を重く見る方もいれば、刑事の結論を最優先に考える方もいます。優先順位が決まれば、退職届を出すかどうかという問いも、それ自体を目的にするのではなく、優先したいものに近づく手段として位置づけ直すことができます。
相談するタイミング
労務と刑事は、進み方の速さも判断の基準も異なります。次のいずれかの時点で一度整理しておくと、選べる選択肢が残りやすくなります。
- 会社から調査や自宅待機を告げられた時点
- 退職届や誓約書への署名を求められた時点
- 逮捕や勾留があったとき、または被害届が出たことを知った時点
弁護士に依頼した場合、会社との交渉と刑事手続の対応を、同じ時間軸の上で組み立てることができます。どちらか一方だけを見て動くと、もう一方で不利な材料を作ってしまうことがあるためです。
まとめ
- 会社の手続と刑事の手続は別々に進み、一方の結論が他方を自動的に決めるわけではない
- 懲戒解雇は労働契約が続いていることが前提であり、退職の効力が生じた後に行うことはできないと説明されている
- 期間の定めのない雇用では、解約の申入れから二週間で契約が終了する(民法627条1項)。月給制についての当期・次期のルールは、現在の条文では会社側からの解約を対象としている
- 退職の効力が生じる前に処分が言い渡されれば、その処分が残る
- 退職しても、返還や賠償をめぐる話し合いと刑事の手続は残る
- 「告訴しない」という約束は、他の条件と同じ強さでは確保しにくい
- 自宅待機中の賃金の扱いは事情によって異なり、生活と返済の計画に影響する
- 身柄拘束中に署名を求められたときは、その場で判断しないという選択肢がある
弁護士法人若井綜合法律事務所は、池袋と新橋に事務所を構え、刑事事件と、それに伴って生じる会社との交渉についてご相談をお受けしています。初回のご相談は無料で、24時間受付に対応しています。会社から調査を告げられた段階でも、すでに処分や被害届の話が出ている段階でも、今どの手続がどこまで進んでいるのかを一緒に整理するところから始められます。


