マッチングアプリで会った相手から被害届|経緯の記録が意味を持つ理由
会社のお金に手をつけたことが発覚したあと、頭を占めるのは「刑事事件になるのか」「いくら返すのか」の二つになりがちです。ただ、その二つが動いている間にも、まったく別の窓口で金銭の処理は進んでいきます。退職金、税金、失業給付、健康保険。いずれも会社との話し合いの外側にあり、こちらが何も言わなければ、それぞれの窓口の判断だけで扱いが決まっていきます。
この記事では、横領が発覚して退職に至った方が見落としやすい「後始末」を整理します。刑事手続の見通しや返済交渉そのものは別の論点ですので、ここでは制度の側で動くお金に絞ります。
後始末は、四つの窓口で別々に動く
最初に押さえておきたいのは、関係する窓口が一つではないという点です。
| 窓口 | そこで決まること |
|---|---|
| 会社 | 退職金の支給・不支給、最後の給与、解雇予告手当、損害賠償の請求 |
| 税務署・市区町村 | 所得税、住民税、加算税や延滞税 |
| ハローワーク | 失業給付を受けられる時期と日数 |
| 健康保険・年金の窓口 | 退職後の加入先と保険料 |
この四つは連動していません。会社と話がついても税務署の扱いが自動的に決まるわけではありませんし、会社が「懲戒解雇」と判断したからといって、ハローワークの扱いがそれで固まるわけでもありません。それぞれの窓口に、それぞれの手続と期限があるという前提で見ていく必要があります。
退職金は「懲戒解雇だからゼロ」で自動的に決まるわけではない
退職金を支給しない、あるいは減額するためには、まず就業規則や退職金規程にその定めがあることが前提になります。定めがないのに支給しないという扱いは、根拠を欠くことになります。
定めがある場合でも、裁判例は「それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があったか」という枠組みで判断してきました(小田急電鉄事件・東京高裁平成15年12月11日判決)。懲戒解雇の事由に当たるというだけで当然に全額不支給になる、という整理はされていません。
ただし、この枠組みが常に有利に働くとは限りません。業務に関する金銭の不正は、私生活上の非違行為に比べて全額不支給が認められやすい類型として扱われてきました。実際に、横領を理由とする全額不支給を有効とした裁判例もあります。「争えば何割かは戻る」という前提で考えるのは、期待の置き方として正確ではありません。
すでに受け取った退職金の返還を求められることもある
退職してから発覚した場合には、いったん支払われた退職金について返還を求められることがあります。退職金規程に返還の定めがある場合のほか、不当利得(民法703条)や不法行為(民法709条)を根拠とする請求が問題になります。振り込まれた後だから終わり、とはなりません。
退職金からの一方的な天引きは、当然にはできない
会社が損害賠償請求権を持っているとしても、それを退職金から一方的に差し引くことは、賃金の全額払いの原則(労働基準法24条1項)によって禁じられています。退職金も、支給の要件が定められていれば賃金にあたります。
もっとも、本人が相殺に同意した場合には、その同意が自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、全額払いの原則に反しないとされています(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日判決)。同判決は、この認定は厳格かつ慎重に行わなければならないとも述べています。退職金を受け取らないという放棄の意思表示についても、同じ枠組みで判断されます(最高裁昭和48年1月19日判決)。
実務でここが問題になるのは、退職の場面で相殺の同意書や放棄の書面に署名を求められるときです。書面の文言と、署名に至るまでの経緯が後から評価されます。その場で結論を出さず、持ち帰る余地を残しておくほうが安全です。
解雇予告手当は「懲戒解雇だから不要」ではない
解雇には、30日前の予告か、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)が必要です(労働基準法20条1項)。これを免れるためには「労働者の責に帰すべき事由」があり、かつ所轄の労働基準監督署長による解雇予告除外認定を受ける必要があります(同条3項)。
認定の基準を示した通達では、職場内の窃盗・横領・傷害など刑法犯に当たる行為があった場合が例として挙げられています(昭和23年11月11日基発第1637号ほか)。横領は認定が問題になりやすい類型ですが、認定は申請書面だけで下りるものではなく、使用者と労働者の双方から事情を聴いたうえで判断すべきものとされています。事実関係に争いがある場合には、認定されないこともあります。
また、除外認定を受けずに即時解雇し、解雇予告手当を支払うという処理も行われています。支払いの有無は、退職時の明細で確認できます。
失業給付は受けられる。ただし「重責解雇」だと扱いが変わる
懲戒解雇されたから失業給付を受けられない、ということはありません。被保険者期間などの要件を満たしていれば申請できます。
変わるのは扱いのほうです。自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇(重責解雇)に当たると判断されると、次の点で自己都合退職に近い扱いになります。
- 受給に必要な被保険者期間が、離職前1年間に6か月以上ではなく、離職前2年間に通算12か月以上になる
- 7日間の待期期間のあとに、3か月間の給付制限期間が置かれる
- 所定給付日数の上限が短くなる
令和7年4月から自己都合退職の給付制限期間は1か月に短縮されましたが、重責解雇はこの短縮の対象に含まれていません。
重責解雇に当たるかどうかは、行政の取扱い上、刑法各本条に違反する行為により処罰を受けた場合や、故意・重過失によって事業所に損害を与えた場合などの類型で判断されます。会社のお金を使い込んだ事案は、この類型に当てはまりやすいといえます。
もっとも、離職票の「重大な自己の責めに帰すべき理由による解雇」欄にチェックが入っていることと、重責解雇が確定していることは同じではありません。この記載は会社側の意向を示すものであり、最終的に判断するのはハローワークです。記載に納得できない場合には、離職票を提出する際に異議を述べることができます。
健康保険の期限と、受けられない軽減制度
退職すると、勤務先の健康保険の被保険者資格を失います。選択肢は、国民健康保険に加入するか、退職前の健康保険を任意継続するかです。任意継続は退職日の翌日から20日以内に申し出る必要があり、この期限は動かしにくい部類のものです。
ここで見落とされやすいのが、国民健康保険料の軽減制度です。倒産や解雇によって離職した方については、前年の給与所得を30%とみなして保険料を計算する軽減措置があります。ただし対象は、離職理由が特定受給資格者または特定理由離職者に当たる場合に限られており、重責解雇はここに含まれていません。収入が途切れる時期に、前年の所得を基準にした保険料がそのまま届くことになります。
国民年金も退職後は自分で手続をします。保険料の免除や納付猶予は別の制度ですので、市区町村の窓口で確認しておくと選択肢が広がります。
住民税は、あとから前年分が来る
住民税は前年の所得をもとに計算され、翌年6月から翌々年5月にかけて納めます。給与から天引きされていた分は、退職の時期によって扱いが変わります。
- 1月1日から4月30日の退職は、原則として5月分までがまとめて最後の給与や退職金から徴収される
- 5月中の退職なら、通常どおり最後の給与から徴収される
- 6月1日から12月31日の退職は、残りを一括で納めるか、自分で納付する形に切り替えるかを選べる
注意したいのは、退職した翌年度も、働いていた年の所得に対する住民税が届くという点です。収入が途切れている時期に、前年の給与に対応した納付書が来ることになります。
退職金にかかる税金は、一枚の書類で変わる
退職金を受け取る場合、「退職所得の受給に関する申告書」を会社に提出しているかどうかで、源泉徴収のされ方が変わります。提出していれば、勤続年数に応じた退職所得控除を適用した税額が源泉徴収され、原則として確定申告は不要です。提出していないと、支給額に一律20.42%を乗じた額が源泉徴収されます。この場合は、自分で確定申告をして精算することになります。
退職の経緯が争いになっていると、こうした書類のやり取りが抜け落ちることがあります。退職金を受け取ったまま源泉徴収票を確認していない方は、一度手元の書類を見直してみてください。
最も見落とされるのは、使い込んだお金そのものへの課税
ここが本題です。会社に返す義務があることと、税務上の所得として扱われることは、別の問題として動きます。
所得税基本通達36-1は、収入金額に算入すべき金額について「その収入の基因となった行為が適法であるかどうかを問わない」としています。違法な行為によって得た利益であっても、所得として申告の対象になり得るという考え方です。かつては横領によって取得した財物には所得税を課さないという扱いもありましたが、現在はこの通達の整理が用いられています。
どの所得区分になるかは事案によります。一回限りの行為であれば一時所得に、反復継続していれば雑所得に近づくと整理されており、最高裁も、営利を目的とする継続的行為から生じた所得かどうかを、行為の期間・回数・頻度などの事情を総合考慮して判断するとしています(最高裁平成29年12月15日判決)。区分によって計算方法が変わるため、ここは実質的な争点になります。
申告をしていなければ、無申告加算税や過少申告加算税の対象になります。仮装や隠ぺいがあったと判断されれば重加算税が課されることもあり、納付が遅れた期間については延滞税もかかります。
返せば課税もなくなる、とは限らない
「会社に全額返したのだから、税金の話も消えるはずだ」と考える方は少なくありません。しかし、いったん生じた課税関係を後から修正するには更正の請求という手続を踏む必要があり、その事由は法令で限定されています(国税通則法23条、所得税法152条・同施行令274条)。返した年に精算する形になるのか、遡って請求できるのかは、事案の内容によって整理が分かれます。
つまり、返還したという事実だけで、自動的に課税がなかったことになるわけではないということです。返済の計画を立てる段階で税負担が別に生じ得ることを織り込んでおかないと、返済の途中で納税の問題が重なることになります。
会社が請求をやめたときにも、税は動く
もう一つ知られていないのが、会社が損害賠償の請求を免除した場合です。支払う資力があるにもかかわらず会社が回収を途中で免除すると、会社側の税務処理では貸倒れとして認められず、免除された金額が給与として取り扱われることがあります。この場合、会社には源泉徴収の問題が生じ、本人にも所得として跳ね返ります。
「もう請求しない」と言われたことが、そのまま金銭の話の終わりを意味するとは限らない、ということです。
期限のあるものから順に手をつける
最後に、動く順番を整理します。
- 離職票を受け取ったら、離職理由の欄がどう記載されているかを確認する
- 退職後20日以内に、健康保険を任意継続にするか国民健康保険にするかを決める
- 住民税の徴収方法について、会社からの説明を確認する
- 退職金を受け取った場合は、源泉徴収票と「退職所得の受給に関する申告書」の提出の有無を確認する
- 確定申告や更正の請求が必要かどうかを、税理士に確認する
このうち期限が短いのは健康保険の選択です。判断を保留しているうちに選べなくなる類のものですので、ほかの話が片づくのを待たずに処理しておくほうが安全です。
弁護士と税理士では、扱える範囲が違います
確定申告や更正の請求といった税務の手続は税理士の業務であり、弁護士がその代理をするわけではありません。一方で、退職金の不支給、相殺への同意、離職理由の記載、会社との合意書の内容といった部分は、会社との交渉や刑事手続の見通しに直結します。片方だけを進めると、一方で有利にまとめたことが他方で不利に働くことがあります。
相談の時期としては、次の三つが目安になります。
- 会社から相殺の同意書や退職に関する書面への署名を求められたとき
- 離職票を受け取り、離職理由の記載を確認したとき
- 税務署や市区町村から連絡や通知が届いたとき
弁護士法人若井綜合法律事務所では、刑事事件への対応と会社との交渉を並行して扱っています。初回のご相談は無料で、24時間受け付けています。書面への署名を求められている段階でも、通知が届いて迷っている段階でも、決めてしまう前にご連絡ください。


