【親子問題】身元引受人になることの意味と責任
この記事は、2026年10月時点の民法、刑法、家事事件手続法、高齢者虐待防止法の規定と判例に基づいて作成しています。成年後見制度を見直す改正法(2026年6月成立)は施行前のため、手続の説明は現行の制度によっています。
「親の通帳を管理している兄が、最近になって大きな買い物をしている」「同居している妹に尋ねても、母のために使ったとしか言わない」。親が高齢になり、きょうだいの一人が親のお金を預かるようになったご家庭から、こうしたご相談が寄せられます。反対に、介護を一手に担ってきた側から「使い込んでいると疑われて困っている」というお話を伺うこともあります。
この問題については、親が亡くなった後に相続の場面で返還を求める方法を解説した記事が多く見られます。その説明自体は誤りではありませんが、親がまだ存命で、今まさにお金が減っているという段階では、使える手段も、動ける人も変わってきます。
この記事では、親が存命のうちに、きょうだいの立場から何ができるのかを、親の判断能力の状態ごとに整理します。親子のあいだの刑事と民事の考え方は【親子問題】親の預貯金を勝手に引き出された|刑事と民事の分かれ道で、親が動けないときにきょうだいが相談者になる場合の全体像は【親子問題】きょうだいが相談者になる場合|親が動けないときで扱っています。
この記事で想定している場面
次のような状況を念頭に置いています。
- 高齢の親と同居するきょうだいが、親の通帳やキャッシュカードを管理している。
- 親の口座から、生活費としては説明しにくい額の引き出しが続いている。
- 親名義の定期預金や保険が解約されている、あるいは不動産の売却の話が出ている。
- 管理しているきょうだいが、明細を見せることや説明に応じない。
- 親に会おうとしても、管理しているきょうだいを通さないと連絡が取りにくい。
親が存命のうちは、お金を取り戻す権利は親にある
きょうだいは直接の当事者ではない
親の預貯金は、親名義である限り親本人の財産です。きょうだいの一人が親の意思に反して引き出して使った場合、返還を求める権利(不当利得返還請求権や、不法行為に基づく損害賠償請求権)を持つのは、お金を失った親本人です。ほかのきょうだいは、将来の相続人であっても、親が存命のうちは自分の名前で返還を求めることはできません。相続のときに取り分が減るという不利益はありますが、相続はまだ始まっていないため、それだけでは請求の根拠にならないのです。
親が亡くなった後は相続人が引き継ぐ
親が返還を求めないまま亡くなった場合、その請求権は相続財産として相続人に引き継がれます。金銭の請求権は、原則として法定相続分に応じて各相続人に分かれて帰属すると考えられています。存命中に動けなかった部分も、相続の段階で請求の対象になり得るということです。この点は後半の章で触れます。
「使い込み」かどうかを先に切り分ける
引き出しがあったことと、それが使い込みであることは別の問題です。親のお金の流れは、おおむね次の三つに分かれます。
| お金の流れ | 法律上の位置づけ | 確かめる点 |
|---|---|---|
| 親の生活費・医療費・介護費に使われた | 親のための支出であり、返還の問題は生じない | 領収書、施設や病院の請求書、日々の生活費の水準 |
| 親が承知して子に渡した | 贈与や貸付けとなり得る。親が亡くなった後は特別受益として扱われる場合がある | 渡した当時の親の判断能力、親自身の説明 |
| 親の意思に基づかずに引き出された | 不当利得や不法行為として返還の対象になり得る | 引き出しの時期・金額・方法、当時の親の状態 |
介護をしている側は、立て替えや細かな現金払いが積み重なり、記録が残っていないことも珍しくありません。引き出しの額だけを見て使い込みと決めつけず、親のために使われた部分を差し引いて考えることが、のちの話し合いを進めるうえでも大切です。
親の判断能力によって、動ける人と手段が変わる
きょうだいの立場で打てる手は、親の判断能力がどの程度保たれているかで大きく変わります。
| 親の状態 | 主に動く人 | 考えられる手段 |
|---|---|---|
| 判断能力が保たれている | 親本人(きょうだいは支える立場) | 管理の仕組みの変更、任意後見契約、本人による返還請求 |
| 判断能力が低下している | 家庭裁判所が選ぶ後見人等 | 後見等開始の申立て、後見人等による財産調査と返還請求 |
| 亡くなった | 相続人 | 取引履歴の取得、返還請求、遺産分割での調整 |
以下、それぞれの段階を順に見ていきます。
親の判断能力が保たれている場合
まず親自身の考えを確かめる
親が状況を理解して判断できるのであれば、財産をどう使い、誰に任せるかを決めるのは親自身です。きょうだいから見て不自然な支出でも、親が援助のつもりで渡している場合には、法律上は贈与として扱われる可能性があります。できれば管理しているきょうだいのいない場で、親がお金の流れを把握しているか、納得しているかを確かめることから始めます。
管理の仕組みを変える
親が見直しを望むのであれば、次のような方法があります。いずれも親本人の意思で行うものです。
- キャッシュカードの再発行や暗証番号の変更をし、通帳の保管場所を移す。
- 金融機関に届け出ている代理人を変更する、または代理人の届出を取りやめる。
- 信頼できる人と任意後見契約を結び、将来判断能力が低下したときに備える(公正証書で作成します)。
- 社会福祉協議会の日常生活自立支援事業など、第三者が日々の金銭管理を手伝う仕組みを利用する。
第三者による金銭管理の選択肢については【親子問題】金銭管理を第三者が担う仕組み|日常生活自立支援事業と民間の支援者の違いで詳しく扱っています。
親が「このままでよい」と言うとき
親が状況を理解したうえで現状を望むのであれば、きょうだいがそれを覆すことは難しいのが実情です。判断能力が保たれている親の意思は、周りから見て不合理に思えても尊重されるのが原則です。一方で、管理しているきょうだいへの遠慮や依存から本心を言えない場合もあります。そのようなときは、地域包括支援センターなど第三者が入る場で親の話を聞いてもらうことも考えられます。
親の判断能力が低下している場合
きょうだいも後見等の申立てができる
認知症などで判断能力が低下している場合、家庭裁判所に後見・保佐・補助の開始を申し立てることができます。申立てができるのは本人や配偶者のほか、四親等内の親族などです(民法7条、11条、15条1項)。子であるきょうだいは、管理しているきょうだいの同意がなくても申立人になれます。なお、補助の開始を本人以外が申し立てる場合には、本人の同意が必要です(同法15条2項)。
後見人等が選ばれた後に起きること
後見人等が選ばれると、財産の管理はその人に移り、家庭裁判所の監督を受けるようになります。後見人等は親の財産を調査し、過去の引き出しに問題があれば、親に代わって返還を求めることもあります(保佐人・補助人の場合は、与えられた代理権の範囲によります)。親族間に対立がある場合、後見人等には弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることが少なくありません。
申立ての前に知っておきたいこと
申立てには、医師の診断書、財産や収支の資料、親族関係の資料などが必要です。管理しているきょうだいが資料を出さない場合でも、分かる範囲で申し立て、家庭裁判所の調査に委ねることになります。後見人等に誰を選ぶかは家庭裁判所が判断し、申立人の希望どおりになるとは限りません。申立て後は家庭裁判所の許可がなければ取り下げられないこと(家事事件手続法121条)や、後見人等の役割は原則として親が亡くなるか判断能力が回復するまで続くことも、あらかじめ理解しておく必要があります。
成年後見制度については、後見・保佐を補助に一元化することなどを内容とする改正法が2026年6月に成立し、公布から2年6か月以内に施行されることになっています。現時点で申し立てる場合は、現行の制度によります。
行政の窓口を使う
高齢者虐待防止法は、親族が高齢者の財産を不当に処分したり、高齢者から不当に財産上の利益を得たりすることを「経済的虐待」として定めています。対象は介護をしている人に限られず、親族も含まれます。きょうだいが親の財産を不当に使っている疑いがあるときは、市区町村の高齢者虐待の担当窓口や地域包括支援センターに相談することができ、通報した人を特定させる情報は守られる仕組みになっています。
相談を受けた市区町村は事実を確認し、必要に応じて関係機関と連携します。親族による申立てが期待できない場合には、市区町村長が後見等開始の申立てを行うこともあります。行政の関与は、きょうだい同士の対立を「親の保護」という観点に置き直すきっかけにもなります。行政が動く仕組みについては【親子問題】高齢の親が被害者の場合|行政が動く仕組みもご参照ください。
警察に相談しても刑事事件として扱われにくい理由
親の預金を無断で引き出す行為は、形の上では窃盗や横領にあたり得ます。しかし刑法には、配偶者・直系血族・同居の親族との間の窃盗や横領について、刑を免除する規定があります(刑法244条1項、255条)。子と親は直系血族にあたるため、子が親のお金を無断で使っても、刑事手続で処罰される場面は限られます。刑が免除されても、民事上の返還義務がなくなるわけではありません。この特例の範囲は同居の家族の物を持ち出した|親族相盗例で処罰されない範囲で詳しく扱っています。
一方で、家庭裁判所に選ばれた成年後見人の立場で財産を横領した場合には、親族であってもこの特例は適用されないとした最高裁の判断があります(最高裁平成24年10月9日決定)。後見人等が選ばれた後は、財産の扱いに対する監督と責任の重さが変わるということです。
きょうだいとして今のうちに残しておきたい記録
親が存命のうちは、きょうだいが親の口座の取引履歴を金融機関から取り寄せることは原則としてできません。そのため、手元で残せる記録が後になって意味を持ちます。
- 管理しているきょうだいとのやり取り(説明を求めた日や返ってきた答え)を、日付とともにメモやメッセージで残す。
- 親から聞いた話を、聞いた日と親の言葉のまま書き留める。
- 親の生活ぶりや判断能力の変化(物忘れの様子、受診の状況、要介護認定の時期)を記録する。
- たまたま目にした通帳や郵便物の内容を、見た日とともに控えておく。
- 親名義の不動産について登記事項証明書を取得し、名義の変化を確認する(登記事項証明書は誰でも取得できます)。
記録は相手を責めるためではなく、後で家庭裁判所や後見人等、相続の手続で事実を確かめる材料として残すものです。親あての郵便物を無断で開封したり、通帳を持ち出したりすると、かえって別の問題を生むため避けてください。
親が亡くなった後に請求する場合
取引履歴は相続人の一人でも取り寄せられる
親が亡くなった後は、相続人の一人が単独で、親名義の口座の取引経過の開示を金融機関に求めることができます(最高裁平成21年1月22日判決)。存命中に確かめられなかったお金の流れを、ここで初めて確認できることも少なくありません。
返還請求と期間の制限
生前の無断の引き出しについては、親が持っていた返還請求権を相続人が引き継ぎ、使い込んだきょうだいに対して自分の相続分に応じた返還を求めることになります。この請求権には期間の制限があり、不当利得返還請求権は権利を行使できることを知った時から5年・行使できる時から10年、不法行為に基づく損害賠償請求権は損害と加害者を知った時から3年・不法行為の時から20年が基本です(民法166条1項、724条)。引き出しが2020年3月以前の場合は、改正前の規定が適用されることがあります。
遺産分割の話し合いで扱える範囲
生前の引き出しは、本来は遺産分割とは別の民事上の請求です。使い込んだきょうだいが事実を認め、相続人全員が合意すれば、その分を受け取ったものとして遺産分割の中で調整することもできますが、争いが残れば訴訟で決着をつけることになります。なお、親の死後、遺産分割の前に預金が引き出された場合については、引き出した相続人以外の全員の同意があれば、その分を遺産に含めて分割できる規定があります(民法906条の2)。生前の引き出しとは扱いが異なる点に注意が必要です。相続をめぐる親族からの要求の見分け方は【不当要求対応】相続をめぐる親族からの要求|根拠のある要求と無い要求の見分けで整理しています。
管理しているきょうだいと話すときに気をつけたいこと
お金を管理しているきょうだいは、同時に親の介護や見守りを担っていることが多くあります。いきなり使い込みだと責めると、説明を拒まれたり、親との面会がしにくくなったりすることもあります。
話し合いでは、非難よりも「親のために使った分を一緒に確認したい」という形で説明を求めるほうが、事実が出てきやすくなります。介護の負担や立て替えの有無を聞き取り、管理を複数人で分担する、定期的に収支を共有するといった提案につなげることも考えられます。それでも説明が得られない場合や、親との面会を妨げられる場合には、家庭裁判所の調停(親族間の紛争調整調停)や、後見等開始の申立てを検討する段階といえます。
よくあるご質問
親が「使ってよい」と言っていた場合でも返還を求められますか
判断能力が保たれていた親が承知して渡したのであれば、贈与と考えられ、返還を求めることは難しくなります。その場合、親が亡くなった後に、生前に受けた援助として相続分の計算の中で考慮される可能性があります(民法903条)。一方、渡した当時に親の判断能力が低下していた場合には、贈与が有効だったかどうか自体が争われることがあり、当時の診断書や介護記録が判断の材料になります。
使っているきょうだいが介護を担ってきた場合、その分は考慮されますか
親の療養看護などで財産の維持に特別の貢献をした相続人は、遺産分割の中で寄与分を主張できる場合があります(民法904条の2)。ただし、寄与分は遺産分割の場で評価されるものであり、介護の対価として親のお金を自分の判断で引き出してよいことにはなりません。介護の負担と財産の扱いは、分けて整理することが大切です。
親と離れて暮らしていても対応できますか
後見等開始の申立ては、親の住所地を管轄する家庭裁判所に行います。遠方に住むきょうだいでも申立人になることはでき、相談や準備は離れた場所からでも進められます。遠方からのご依頼については【親子問題】遠方でも依頼できるのか|全国対応の実際もご参照ください。
まとめ
- 親が存命のうちは、使い込まれたお金の返還を求める権利は親本人にあり、ほかのきょうだいが自分の名前で請求することはできない。
- 引き出しの中には親のための支出や親が承知した贈与も含まれるため、使い込みかどうかを先に切り分ける。
- 親の判断能力が保たれていれば、管理の仕組みの見直しや任意後見契約は親本人の意思で行う。
- 判断能力が低下していれば、四親等内の親族として後見等開始を申し立てられる(民法7条、11条、15条)。申立て後の取下げには家庭裁判所の許可が必要(家事事件手続法121条)。
- 親族による経済的虐待は高齢者虐待防止法の対象となり、市区町村や地域包括支援センターに相談できる。
- 子が親の財産を無断で使っても刑は免除されるのが原則だが(刑法244条1項、255条)、民事上の返還義務は残る。
- 親の死後は相続人の一人でも取引履歴の開示を求められ、返還請求には期間の制限がある(民法166条1項、724条)。
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