【解決事例】客から交際を迫られ、断ると内定先に知らせると告げられた|受任通知で接触が止まった事例
この記事は、2026年10月時点の民法(2020年4月1日施行の改正後の規定)と、公表されている裁判例をもとに、交際相手との間で中絶に至った後の体調不良をめぐる費用の考え方を整理したものです。症状の診断や治療方針は医師の判断によりますので、体調に不安がある方は、まず医療機関にご相談ください。
「中絶の後から体調が戻らず、通院を続けていて仕事も休んでいる。治療費や休んだ分の負担を相手にも求めたい」というご相談があります。反対に、「中絶費用は半分払って話はついたはずなのに、後から治療費や休業分まで求められている」というご相談も寄せられます。
インターネット上では、「中絶によって後遺症が残った場合には、治療費や慰謝料も請求できる」と一行で説明されていることが多く見られます。それ自体は誤りではありませんが、どのような条件がそろえば認められるのか、反対にどこで認められにくくなるのかは、その一行からは読み取りにくいところです。
この記事では、中絶の後に体調を崩した場合の治療費・通院交通費・休業による減収に絞って、相手に負担を求めるときに確認される点を整理します。中絶費用そのものの分担は中絶費用は相手に請求できる?男女の費用負担と【男女トラブル】中絶費用は折半なのか|「おかしい」と感じたときの整理の仕方で、既婚であることを隠されていた場合の慰謝料は既婚を隠されて妊娠|貞操権侵害の慰謝料はいくら請求できるで扱っていますので、あわせてご覧ください。
中絶後の体調不良は「中絶費用」とは別の費目として扱われる
中絶費用と、その後に生じた負担の違い
中絶の手術代や術前・術後の診察費は、中絶という選択に通常ともなう費用です。これに対して、手術の後に出血や感染などの体の不調が続いた場合や、気分の落ち込みや不眠が続いて心療内科などに通うようになった場合の治療費は、中絶に通常ともなう費用とは性質が異なります。中絶費用の分担が認められる場面でも、その後の治療費や休業による減収が同じ扱いになるとは限らず、費目ごとに別々に検討されるというのが出発点です。
費目ごとに、検討の中心になる点を並べると次のようになります。
| 費目 | 主な内容 | 検討の中心になる点 |
|---|---|---|
| 中絶費用 | 手術代、術前・術後の診察費 | 双方の分担の割合 |
| その後の治療費 | 術後の不調や心身の不調に対する通院・入院の費用 | 中絶との因果関係 |
| 通院交通費 | 治療のための通院にかかった交通費 | 治療の必要性との結びつき |
| 休業による減収 | 通院や療養のために仕事を休んだことによる収入の減少 | 減収の裏づけと因果関係 |
| 慰謝料 | 体調を崩したことを含む精神的苦痛 | 相手の行為の違法性 |
「中絶したから当然に求められる」わけではない
交際相手との性交渉に双方の同意があり、話し合いのうえで中絶を選んだ場合には、相手に損害賠償の責任は生じないと考えられることが多いとされています。一方で、性交渉は二人が共同して行ったものであり、その結果としての妊娠と中絶による心身の負担や経済的な負担を軽減し、分担する義務が相手にあるとして、話し合いを避け続けた男性に責任を認めた裁判例があります(東京地方裁判所平成21年5月27日判決。東京高等裁判所平成21年10月15日判決で維持)。
体調不良にかかった費用を相手に求められるかどうかも、まずは相手にこうした責任が生じる経緯があるかどうかから検討が始まります。
相手に負担を求めるときの3つの関門
治療費や休業分を相手に求めるときには、次の3つの点が順に確認されることになります。どれか一つが欠けると、請求が認められにくくなります。
第1の関門|相手に責任が生じる経緯があるか
避妊をすると偽っていた、既婚であることを隠していた、中絶を強く迫った、妊娠を知った後に話し合いを避け続けて負担を一方に押しつけた、といった事情があれば、不法行為として損害賠償を求める根拠になりえます(民法709条・710条)。なお、本人の意思に反して中絶させた場合は、不同意堕胎という刑事上の問題にもなります(刑法215条)。
第2の関門|体調不良が中絶によって生じたといえるか
次に、体調不良が中絶によって生じたものかどうかが問われます。もともと抱えていた持病や、仕事・家庭のストレスなど別の原因が考えられる場合には、その切り分けが争点になります。この点は医学的な判断にかかわるため、医師の所見が中心的な資料になります。
第3の関門|その負担を相手の行為に結びつけられるか
体調不良が中絶によるものだとしても、その負担のすべてが相手の行為から通常生じる損害といえるかは、さらに別に検討されます(民法416条の考え方)。また、責任の根拠が「共同の行為から生じた不利益を等しく分担する義務」にある場合には、その後の治療費についても、中絶費用と同じく2分の1の範囲で考えられることがあります。全額を求められるかどうかは、相手の行為の内容によって変わります。
治療費を求めるときに確認しておきたいこと
診断書に何が書かれているか
治療費の請求では、領収書だけでなく、どのような症状で、いつから治療を受けているのかを示す資料が欠かせません。手元にそろえておきたい資料は次のとおりです。
- 病名・発症時期・治療期間が記載された診断書。
- 中絶との関係について医師が述べている所見。
- 医療機関の領収書と診療明細書。
- 通院した日付が分かる記録(診察券の記録、予約の控えなど)。
- 体調の変化を日付とともに書き留めたメモ。
体の不調と心の不調では、立証の重さが異なる
術後の出血や感染のように体に現れる不調は、手術との時間的な近さや医学的な経過から、中絶との結びつきを説明しやすい傾向があります。これに対して、気分の落ち込みや不眠、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの心の不調は、ほかの原因との切り分けが難しくなりがちです。
最高裁判所も、医師の言動の後にPTSDと診断された事案で、その言動と症状との間の相当因果関係を否定しています(最高裁判所平成23年4月26日判決)。中絶をめぐる裁判例を紹介する解説の中にも、心療内科などの診療費について、中絶との因果関係が明らかでないとして認めなかったものがあると紹介されています。心の不調を理由に費用を求める場合ほど、受診を始めた時期や症状の経過の記録が重要になります。
原因が手術そのものにある場合は、向き合う相手が変わる
術後の不調が手術の手技や術後の管理に問題があったことによる疑いがある場合、その責任を負う可能性があるのは交際相手ではなく、医療機関です。交際相手への請求と医療機関への請求は、根拠も確認すべき資料も異なります。どちらに何を求めるのかを最初に分けて考えておくと、後の整理がしやすくなります。
休業による減収を求めるときに確認しておきたいこと
減収の裏づけをそろえる
休業による減収を求めるには、実際に収入が減ったことと、休業が治療や療養のために必要だったことの両方を示す必要があります。会社員であれば給与明細や勤務先が作成する休業の証明、自営業であれば確定申告書などが減収の資料になります。あわせて、就労が難しい状態であったことについての医師の所見があると、休業の必要性を説明しやすくなります。
慰謝料の中で考慮されるにとどまることもある
裁判例の中には、休業による減収の請求について、精神的苦痛の大きさは慰謝料の算定で考慮するとしたうえで、収入の減少との間の相当因果関係は直ちには認めにくいとして、別の費目としては認めなかったものがあると紹介されています。また、前述の東京地方裁判所平成21年5月27日判決の事案では、女性側が後遺症による損害を独立した項目として求めていましたが、裁判所は精神的苦痛をまとめて評価し、慰謝料として判断しています。休業や後遺症を別の費目として求めても、慰謝料の中でまとめて評価される形になる場合があることは、見通しとして持っておきたい点です。
傷病手当金など、受け取った給付との関係
会社員などで健康保険に加入している方が、療養のために仕事を休んで給与が支払われない場合には、4日目以降について傷病手当金を受けられることがあります(健康保険法99条)。こうした給付を受けた分は、相手に求める金額の計算で差し引かれる扱いになることがあります。請求の前に、実際に減った収入がいくらなのかを、受けた給付も含めて整理しておくことが大切です。
中絶費用について、すでに取り決めをしている場合
清算条項があると、追加の請求は難しくなる
中絶費用の負担について合意書や示談書を交わしている場合は、その書面の内容が出発点になります。「本件に関し、本合意書に定めるもののほか何らの債権債務がないことを確認する」といった清算条項が入っていると、その後に生じた費用を追加で求めることは難しくなります(民法695条・696条)。清算条項の意味は清算条項の意味|後から追加請求されないためにで詳しく扱っています。
合意の時点で予想できなかった症状
ただし、交通事故の示談に関する最高裁判所の判例では、損害の全体を正確に把握しにくい状況で早急に示談がされた場合、示談の当時に予想できなかった後遺症についてまで請求を放棄した趣旨とは限らない、という考え方が示されています(最高裁判所昭和43年3月15日判決)。合意の時点では分からなかった症状が後から現れた場合には、清算条項があっても検討の余地が残ることがあります。合意の時期、当時の体調、合意書の文言を照らし合わせて判断することになります。
時効は「3年」と決めつけずに確認する
不法行為による損害賠償の時効は、一般に「知った時から3年」と説明されます。しかし、体調不良をめぐる請求では、請求の根拠や不調の内容によって数え方が変わる余地があります。
| 請求の根拠 | 期間の目安 | 確認しておきたい点 |
|---|---|---|
| 不法行為による損害賠償 | 損害と相手を知った時から3年、行為の時から20年(民法724条) | 心の不調のみの場合は、この期間を前提に考えておくのが無難 |
| 生命・身体を害する不法行為 | 損害と相手を知った時から5年、行為の時から20年(民法724条の2) | 体の不調が対象になりうる。心の不調が含まれるかは議論がある |
| 合意にもとづく支払 | 行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年(民法166条1項) | 合意書に定めた支払期日が起点になる |
また、最高裁判所の判例では、当初は予想できなかった後遺症が後から現れた場合、その損害については後遺症が現れた時から別に時効が進むという考え方が示されています(最高裁判所昭和42年7月18日判決)。とはいえ、起算点の判断は事案によりますので、期間に余裕があると考えず、早めに確認しておくことをおすすめします。男女間の請求の時効は男女トラブルの時効早見表|請求の種類別に何年で消えるかにまとめています。
負担を求める側が進める順序
治療費や休業分を相手に求める場合は、次の順序で進めると、話し合いの段階でも裁判になった段階でも整理がしやすくなります。
- 受診を続け、診断書と領収書を受け取っておく。
- 治療費・交通費・休業による減収を費目ごとに分け、金額と根拠を一覧にする。
- 中絶費用について先に交わした合意書や、やり取りの記録を確認する。
- 相手には書面で、費目と金額を分けて伝える。
- 話し合いで解決しない場合は、民事調停や訴訟を検討する。
伝え方で避けたいこと
体調を崩して苦しい状況にあると、強い言葉で相手に迫りたくなることもあるかもしれません。しかし、「払わなければ家族や職場に知らせる」といった言葉を添えると、正当な請求であっても恐喝や脅迫の問題になりかねません(刑法249条・222条)。請求の正当性と伝え方の関係は「金を返せ」と強く迫った|正当な債権回収と恐喝の境界で扱っています。費目と金額、その根拠となる資料を示して書面で伝えることが、結果として話を前に進めやすくします。
治療費や休業分を求められた側が確認すること
反対に、相手から中絶後の治療費や休業分を求められた場合には、すぐに応じるか断るかを決める前に、次の点を確認しておくことが大切です。
- 診断書など、症状と治療の内容を示す資料が示されているか。
- 体調不良と中絶との関係について、医師の所見があるか。
- 先に交わした合意書に清算条項が入っているか、その当時に症状が予想できたか。
- 請求額の内訳と、領収書などの裏づけが示されているか。
- 休業による減収について、収入の資料や給付の有無が示されているか。
相手の体調を気遣うことと、示された金額にそのまま応じることは別の問題です。その場で支払いを約束したり一部だけ支払ったりすると、後から内容を見直しにくくなることがあります。やり取りは記録が残る形で行い、資料の提示を求めたうえで判断するのが落ち着いた進め方です。妊娠や体調を理由とする請求の見極め方は「妊娠した」「病気になった」と請求されたら|妊娠詐欺・示談金詐欺の見極め方で、弁護士が窓口となって対応した例は【解決事例】元同棲相手からの治療費などの請求|弁護士が窓口となり、受任後は支払いなく約2ヶ月で請求が止んだ事例でご紹介しています。
よくあるご質問
中絶費用は全額払ったのに、後から治療費を求められました。応じる必要はありますか。
先に交わした合意の内容によります。清算条項が入っていれば、追加の支払いを求められても応じる必要がない場面が多いと考えられます。ただし、合意の時点で予想できなかった症状については検討の余地が残ることがあるため、合意書の文言と症状が現れた時期を確認したうえで判断することをおすすめします。
心療内科に通っています。その費用も相手に求められますか。
求めること自体はできますが、心の不調は中絶以外の原因との切り分けが難しく、因果関係が認められにくい傾向があります。受診を始めた時期、医師の所見、症状の経過を記録しておくことが、請求を検討するうえでの土台になります。
仕事を休んだ分は、全額を相手に求められますか。
減収の裏づけがあっても、全額が認められるとは限りません。責任の根拠によっては2分の1の範囲で考えられることがあるほか、傷病手当金などの給付を受けた分が差し引かれたり、慰謝料の中でまとめて評価されたりする場合もあります。
まとめ
- 中絶後の治療費や休業による減収は、中絶費用とは別の費目として、それぞれ検討されます。
- 相手に負担を求めるには、相手に責任が生じる経緯があることが前提になります(民法709条・710条)。
- 体調不良が中絶によって生じたこと、さらにそれが相手の行為から通常生じる損害であることが問われます(民法416条の考え方)。
- 心の不調は因果関係の立証が重くなりやすく、受診の時期と経過の記録が重要です。
- 休業による減収は、給付との関係や慰謝料の中での評価も含めて見通しを立てる必要があります(健康保険法99条)。
- 清算条項がある場合でも、合意の時点で予想できなかった症状については検討の余地が残ることがあります(民法695条・696条)。
- 時効は請求の根拠と不調の内容で変わる余地があるため、3年と決めつけずに確認します(民法724条・724条の2・166条1項)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。中絶の後に体調を崩し、治療費や休業による減収の負担を相手に求めたいと考えている方も、相手から求められて対応に迷っている方も、診断書や領収書、これまでのやり取りをお手元にご用意のうえでご相談ください。
費目ごとに求められる範囲を整理し、弁護士が相手方とのやり取りの窓口を担うことで、ご本人が直接交渉する負担を減らすことができます。体調を優先しながら進められるよう、状況に合わせた進め方をご提案します。


