妊娠を告げたら逃げられた・音信不通|相手を特定して認知・養育費にたどり着くまで
「もう何年も前のことだから、いまさら請求できないのでは」
「相手から急に請求が来たが、ずいぶん昔の話で納得できない」
男女トラブルのご相談では、こうした「時間」の問題がよく出てきます。ところが、インターネットで調べると「3年」と書かれていたり「5年」「10年」と書かれていたりして、どれが自分に当てはまるのか分かりにくいのではないでしょうか。
数字がばらついて見えるのには理由があります。時効の期間は「どんな出来事があったか」ではなく、「どんな種類の請求をするか」で決まるからです。同じ一つの出来事から、期間の違う複数の請求権が同時に発生していることも珍しくありません。
この記事では、男女トラブルで問題になりやすい請求を種類別に整理し、それぞれ何年で消えるのかを一覧にしました。あわせて、表の数字だけでは判断を誤りやすい点も取り上げます。
なお、財産分与や年金分割といった離婚に固有の期間制限は、当事務所の取扱い分野の関係で本記事では扱っていません。
時効は「出来事」ではなく「請求の種類」ごとに進む
まず押さえておきたいのが、一つのトラブルから生まれる請求権は一つとは限らない、という点です。
たとえば、既婚であることを隠されて交際し、その間に暴力を受け、さらにお金を貸していた、という事案を考えてみます。この場合、少なくとも次の三つが同時に成立し得ます。
- だまされて関係を持たされたことに対する慰謝料(貞操権侵害)
- 暴力によるケガについての損害賠償
- 貸したお金の返還請求
この三つは、根拠となる条文がそれぞれ違います。そのため、時効の期間も、数え始める時点も別々に進みます。「あの件はもう3年たったから全部終わり」とはならず、逆に「まだ大丈夫だろう」と思っていた請求だけが先に消えていることもあります。
期間を決める三つの物差し
男女トラブルで出てくる請求は、おおむね次の三つのどれかに整理できます。
- 不法行為にもとづく損害賠償(民法709条・710条)=慰謝料の多く。期間は民法724条
- 契約や不当利得などにもとづく請求=貸金・立替金・求償権など。期間は民法166条1項
- 上記とは別に、個別の条文で期間が定められているもの=認知の訴えなど
そして、①②のいずれにも共通するのが「主観的な起算点」と「客観的な起算点」の二本立てになっていることです。両方が走っていて、先に到達した方で権利が消えると考えられています。
【早見表】請求の種類別に何年で消えるか
慰謝料・損害賠償にかかわるもの
| 請求の種類 | 時効期間 | 数え始める時点 |
|---|---|---|
| 不貞(不倫)の慰謝料 | 3年/20年 | 3年=損害と加害者を知った時/20年=不貞行為の時 |
| 貞操権侵害の慰謝料 | 3年/20年 | 3年=だまされていたと分かり相手を特定した時 |
| 交際相手からの暴力によるケガ | 5年/20年 | 5年=損害と加害者を知った時 |
| 名誉毀損・プライバシー侵害・画像の拡散 | 3年/20年 | 3年=投稿や拡散の事実と相手を知った時 |
| つきまとい等による精神的被害 | 3年/20年 | 3年=同上。行為が続く間の扱いは事案による |
| 物を壊された場合の損害賠償 | 3年/20年 | 3年=被害と相手を知った時 |
| 婚約破棄・内縁の不当な解消 | 3年/20年、または5年/10年 | 法的な構成により分かれる(後述) |
このうち上から六つは、民法724条にもとづく整理です。1号が「損害及び加害者を知った時から3年」、2号が「不法行為の時から20年」と定めています。
太字にした暴力の行についてはあとで詳しく触れますが、ここでは「3年ではない」という点だけ先に押さえてください。
婚約破棄と内縁の不当な解消は、少し特殊です。約束を守らなかったこと(債務不履行)と構成すれば民法166条1項の5年/10年、違法な行為(不法行為)と構成すれば民法724条の3年/20年となり、どちらで構成するかは事情によって見解が分かれます。実務上は、短い方である3年を意識して動くのが安全と考えられています。
お金の清算にかかわるもの
| 請求の種類 | 時効期間 | 数え始める時点 |
|---|---|---|
| 貸したお金の返還請求 | 5年/10年 | 5年=返済期限が来たことを知った時 |
| 立替えたお金・払いすぎた分の返還 | 5年/10年 | 5年=支払った時など、請求できると知った時 |
| 慰謝料を支払った後の求償権 | 5年/10年 | 5年=自分が支払いをした時 |
| だまされた・強迫された場合の取消権 | 5年/20年 | 5年=追認できる時(自由な判断ができる状態に戻った時)から |
| 示談書・合意書で約束した金銭 | 5年/10年 | 5年=支払期日 |
| 判決・調停・審判で確定した金銭 | 10年 | 確定した時 |
上の四つは民法166条1項(5年/10年)と民法126条(取消権)によります。ここで注意したいのが、下二つの違いです。同じ「慰謝料100万円を支払う」という内容でも、私人どうしの示談書で決めたのか、裁判所の手続で確定させたのかで期間が変わります。これは後ほど改めて説明します。
子どもにかかわるもの
| 請求の種類 | 期間 | 補足 |
|---|---|---|
| 認知を求めること(父の生存中) | 期間の制限なし | 長期間行使しなくても失われない性質のものと考えられています |
| 認知の訴え(父の死亡後) | 3年 | 民法787条ただし書。父または母の死亡の日から |
| 養育費(取決めをしていない将来分) | 時効は進まない | 取決めがない以上、消滅する権利がまだ発生していないため |
| 養育費(合意書・公正証書で取り決めた分) | 5年 | 各回の支払期日ごとに進行 |
| 養育費(調停・審判で確定した過去の未払分) | 10年 | 民法169条1項 |
| 養育費(調停・審判で決めた将来分) | 5年 | 民法169条2項により10年にはならない |
認知と養育費は、「時効」という言葉のイメージから最も外れる部分です。詳しくは第5章で扱います。
表の数字だけでは判断できない三つの前提
①「3年」は出来事の日から数えるとは限らない
もっとも誤解が多いのがこの点です。民法724条1号の3年は、「不法行為があった日」からではなく「損害及び加害者を知った時」から数えます。
不貞であれば、配偶者が不貞の事実を知り、かつ相手が誰かを特定できて初めて進み始めるのが原則です。「なんとなく怪しい」と感じていた段階では、まだ進行していないと判断されることもあります。
なお、期間の数え方には初日を算入しないという民法上のルールがあり、「知った日の翌日から」数えるのが基本です。この点や、関係が続いていた場合の起算点の考え方は、別の記事で詳しく解説しています。
② 早く来た方で消える
3年と20年、5年と10年は「どちらか長い方を選べる」という関係ではありません。先に到達した方で権利が消えます。
たとえば、20年以上前の不貞を最近知った場合、「知ってから3年」はまだ残っていても、「行為の時から20年」がすでに過ぎている可能性があります。逆に、知った時点が早ければ、20年を待たずに3年で消えていきます。
③ 期間が過ぎても自動的には消えない
これも見落とされやすい点です。民法145条により、時効は当事者が「援用する」と主張して初めて効果が生じます。期間が経過しただけでは、裁判所が勝手に「時効なので請求は認めない」と判断してくれるわけではありません。
そのため、請求を受けた側が何も対応せずに放置すると、時効の主張をしないまま支払いを命じられることがあります。逆に、期間経過後に「少しずつなら払います」と応じてしまうと、その後の援用が信義則上認められないと判断される可能性があります。
同じ請求でも年数が変わる三つの場面
① 身体を害された場合は3年ではなく5年
インターネット上には「男女間の慰謝料は3年」とまとめている記事も見られますが、正確ではありません。
民法724条の2は、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権について、724条1号の「3年」を「5年」に読み替えると定めています。交際相手や元交際相手から暴力を受けてケガをした場合、その治療費や慰謝料の請求は、原則としてこの5年が適用されます。
注意したいのは、同じ出来事でも、身体への被害とそれ以外の被害で期間が分かれることです。たとえば暴力を受けた際にスマートフォンを壊されたのであれば、ケガの分は5年、物が壊れた分は3年、という整理になります。
② 「確定させた後」は年数が変わる
請求が話し合いや裁判で決着した後も、支払われなければ回収の問題が残ります。このとき適用される期間は、どのように決着させたかで変わります。
- 判決・和解調書・調停調書・審判で確定したもの……10年(民法169条1項)
- 当事者どうしの示談書や合意書で決めたもの……原則5年(民法166条1項)
ここでよくある誤解が「公正証書にしたのだから10年になる」というものです。執行認諾文言のついた公正証書は、裁判をせずに強制執行ができるという強い効果を持ちますが、裁判所の判断を経て確定した権利ではないため、民法169条1項の10年は適用されないと考えられています。強制執行のしやすさと、時効の長さは別の話だという点にご注意ください。
③ 夫婦間の請求は婚姻が続く間は完成しない
民法159条は、夫婦の一方が他方に対して有する権利について、婚姻の解消の時から6か月を経過するまでの間は時効が完成しないと定めています。
結婚生活が続いている間は、相手に権利を行使することが事実上難しいためです。配偶者に対する請求については、「3年たったから終わり」と即断できない場合があります。
時効が進まない請求、別の期限がある請求
男女トラブルの中には、消滅時効という枠組みになじまないものもあります。
認知を求める権利
子が父に認知を求める権利は、長期間行使しなかったからといって失われる性質のものではないと考えられています。子が何歳になっていても、父が生存している限りは認知を求めることができるのが原則です。
ただし、父が亡くなった後は事情が変わります。民法787条ただし書は、父または母の死亡の日から3年を経過したときは認知の訴えを提起できないと定めています。ここは「時効」ではなく、訴えを起こせる期間の制限です。
取決めのない将来の養育費
養育費について何の取決めもしていない場合、将来分について時効が進行することはありません。消滅すべき権利がまだ具体的に発生していないからです。
もっとも、これは「あとからさかのぼって全部請求できる」という意味ではありません。過去分をどこまで求められるかは、請求した時期などから判断されるのが一般的です。取決めがないまま放置することが有利に働くわけではない、という点は押さえておきたいところです。
刑事の期限は民事とは別に進む
暴力、脅迫、つきまとい、性的な画像の拡散といった行為は、慰謝料請求とは別に刑事の問題にもなり得ます。この場合、民事の時効とはまったく別の時間制限が動きます。
公訴時効
検察官が起訴できる期間の制限で、罪の重さに応じて決まります。男女トラブルで問題になりやすい罪の多くは3年ですが、傷害罪のように長いものもあります。
なお性犯罪については、2023年(令和5年)の法改正で公訴時効が延長され、不同意性交等罪は15年、不同意わいせつ罪は12年となりました。あわせて、被害者が18歳未満であった場合には、18歳になる日までの期間が加算されます。
親告罪の告訴期間
見落とされやすいのがこちらです。名誉毀損罪、侮辱罪、器物損壊罪、私事性的画像記録の公表に関する罪などは、被害者の告訴がなければ起訴できない親告罪とされています。
そして刑事訴訟法235条1項は、親告罪の告訴について「犯人を知った日から6か月を経過したときは、これをすることができない」と定めています。つまり、公訴時効の3年が残っていても、犯人を知ってから6か月を過ぎると刑事責任を問う道が閉じることになります。
民事の慰謝料請求は3年残っているのに、刑事だけ先に期限が切れている——この食い違いは実際に起こり得ます。刑事も視野に入れるのであれば、動き出す時期の判断が変わってきます。
期限が近いときにできること
期間が迫っている場合、その進行を一時的に止めたり、振り出しに戻したりする制度があります。2020年の改正で「中断・停止」から「更新・完成猶予」という用語に整理されました。
- 催告(民法150条1項)……内容証明郵便などで請求すると6か月の完成猶予。ただし繰り返しても効力は生じません
- 協議を行う旨の合意(民法151条)……書面または電磁的記録による合意で、一定期間の完成猶予
- 裁判上の請求(民法147条)……訴訟や調停の申立て。確定すれば更新され、その後は10年
- 仮差押え(民法149条)・強制執行(民法148条)
- 承認(民法152条)……相手が債務を認めれば更新される
実務でよく使われるのは①ですが、これはあくまで6か月の猶予にすぎません。内容証明を送っただけで安心せず、その6か月の間に次の手を決めておく必要があります。
請求を受けた側から見た時効
時効の話は請求する側の視点で語られることが多いのですが、請求を受けた側にとっても重要です。
- 期間が過ぎていても、援用しなければ支払義務は残ります
- 訴状や支払督促が届いた場合、放置すると援用の機会を失うおそれがあります。支払督促は送達から2週間以内の督促異議が必要です
- 「待ってほしい」「分割なら払える」という返答が、債務の承認と評価されることがあります
- 時効を主張できるかどうかは起算点の認定次第であり、自己判断で「もう終わっている」と決めつけて無視するのは避けたほうがよいと考えられます
なお、期間内に請求をすること自体は正当な権利行使です。「今さら請求してくるのはおかしい」という感覚と、法的に請求できるかどうかは別の問題として整理する必要があります。
まとめ
男女トラブルの時効は、次の順序で確認すると整理しやすくなります。
- その出来事から、どんな種類の請求が生まれているかを書き出す
- 種類ごとに、期間と数え始める時点を確認する
- 身体への被害、確定させた後の債権、夫婦間の請求など、年数が変わる場面に当たらないか確認する
- 刑事の告訴期間が別に進んでいないか確認する
起算点の認定は事案によって判断が分かれやすく、「知った時」がいつだったかで結論が変わることも少なくありません。期限が近いと感じたときや、逆に「もう時効では」と言われて納得できないときは、判断の材料がそろっているうちに弁護士へ相談されることをおすすめします。
当事務所では、男女間のトラブルについて、請求する側・請求を受けた側のいずれのお立場からもご相談を承っています。


