器物損壊で被害届が出された|修理費と示談

若井亮

若井亮

テーマ:刑事事件

物を壊してしまい、後日になって警察から連絡が来た。あるいは、相手方から「被害届を出した」と伝えられた。器物損壊のご相談では、こうした段階でお問い合わせをいただくことが少なくありません。

 このとき多くの方が最初に考えるのは、「修理代を払えば終わるのだろうか」という点です。実際、器物損壊の示談では修理費が話の出発点になります。ただ、修理費という言葉が指している金額は一つではなく、見積書に書かれた金額と、最終的に賠償として相当と評価される金額がずれることもあります。

 この記事では、被害届が出された段階で何が動いているのかを整理したうえで、修理費をどう確認し、示談としてどうまとめていくのかを、被害届を出された側の立場から解説します。

被害届が出された段階で動いていること

 被害届は、被害に遭った事実を警察に申告する書類で、捜査のきっかけとなるものです。これに対して告訴は、被害の申告に加えて犯人の処罰を求める意思表示を含みます。

 器物損壊罪は親告罪とされており、告訴がなければ公訴を提起することができません(刑法264条)。そのため、被害届が出されただけの段階と、告訴がされた段階とでは、事件が進む先が変わってきます。

項目被害届告訴
意味被害に遭った事実を申告するもの処罰を求める意思表示を含むもの
起訴との関係これだけでは起訴の条件を満たさない器物損壊では起訴の条件となる
期間の定め法律上の期間の定めはない犯人を知った日から6か月(刑事訴訟法235条1項)
撤回取下げの手続を定めた規定はない起訴までは取消しができ、取り消した者は同じ事件で再び告訴できない(同法237条)


 もっとも、告訴は起訴の条件であって、捜査や逮捕の条件ではありません。被害届の段階であっても、事情聴取のために呼び出しを受けたり、身柄を拘束されたりする可能性は残ります。「まだ告訴されていないから何も起きない」と考えて時間を置くと、対応の選択肢が狭くなることがあります。

告訴期間が示談の組み立てに影響する

 親告罪の告訴は、犯人を知った日から6か月を経過するとできなくなります(刑事訴訟法235条1項)。また、いったん告訴が取り消されると、同じ事件について再び告訴することはできません(同法237条2項)。

 この二つは、被害者側にとっては「告訴を取り消す」という判断の重さを意味します。示談の場で取消しを求める場合、相手方が慎重になるのは自然なことで、金額だけを提示して短時間で応じてもらえるとは限りません。修理費の確認と並行して、謝罪の内容や再発防止の説明を先に整えておくことに意味があります。

 なお、器物損壊の公訴時効は3年です(刑事訴訟法250条2項6号)。時効の完成を待つという発想は、その間に告訴や起訴がなされる可能性が残る以上、現実的な選択肢とはいえません。

「修理費」と呼ばれる金額は一つではない

 器物損壊の示談金は、壊した物を元に戻すための費用が中心になります。ただ、実際の交渉では次の三つの数字が別々に登場し、どれを基準にするかで話がかみ合わなくなることがあります。

数字内容注意したい点
見積額修理業者等が作成する予定額作業の過程で増減することがある
実費修理が終わって確定した金額事件と関係のない箇所の補修が含まれることがある
賠償として相当な額損害として評価される範囲物の価値との関係で修理費の全額と一致しないことがある


 民法上、損害の賠償は金銭によって行うのが原則とされています(民法417条、722条1項)。壊れた物については修理費が基本になりますが、修理費がその物の価値を大きく上回る場合には、修理費の全額がそのまま損害と評価されるとは限りません。

見積書を受け取ったときに確認すること

 被害者から見積書が示された場合、金額の大小だけを見るのではなく、内訳を確認しておくと、後の食い違いを避けやすくなります。

  • 損傷の箇所と、申告されている事件の内容が対応しているか。
  • 以前からの傷や経年による劣化の分が含まれていないか。
  • 部品の補修で足りるのか、交換が前提になっているか。
  • 交換部品が同等品か、それとも上位の仕様になっていないか。
  • 工賃・塗装費・消費税など、内訳が分かる形になっているか。
  • 作成日と作成者が記載されているか。


 確認は、相手を疑うためではなく、支払う金額の根拠を共有するために行うものです。内訳が明確であれば、支払う側も納得して支払うことができ、示談書に金額を書き込む段階での迷いが減ります。

修理をせずに買い替える場合

 修理が技術的にできない場合のほか、修理費がその物の価値を上回る場合にも、修理ではなく買い替えを前提に金額を考えることがあります。裁判実務では、事故当時の価格と売却代金の差額を損害として請求できる場面について整理がされており、中古車の価格は、同じ車種・年式・型で、使用状態や走行距離が同程度の車を中古車市場で取得するのに必要な金額によって定めるのが原則とされています(最高裁昭和49年4月15日判決)。

 ここで注意したいのは、買い替えを前提にする場合でも、基準になるのは壊れた時点の価値であって、新品の販売価格がそのまま基準になるとは限らないという点です。年数が経過した物であれば、その分を踏まえた金額になるのが通常です。

 反対に、被害者がまだ修理をしていない段階でも、損害はすでに発生していると考えて修理費相当額の賠償を認めた裁判例もあります。「修理していないのだから払わなくてよい」という整理にはなりません。

修理費のほかに問題になりやすい費目

 物そのものの修理費以外にも、次のような費用が話に上ることがあります。認められる範囲は事案によって異なりますが、請求されたときに慌てないよう、性質を知っておくと役に立ちます。

  • 修理の間に代わりの物を借りた費用。
  • 仕事に使う物であった場合の、使えなかった期間の損失。
  • 割れたガラスの応急処置や清掃にかかった費用。
  • 鍵やロックを壊した場合の、交換費用。
  • 修理をしても価値の低下が残ると主張される場合の、その差額。


 いずれも、事件との結びつきと必要性、そして期間の相当性が問われます。金額の根拠となる資料を示してもらったうえで、支払う範囲を書面に落とし込んでおくことが大切です。

被害者が保険を使って修理した場合

 自動車保険や火災保険などで修理が行われている場合、被害者の手元で現実に減っているのは自己負担分だけということがあります。一方で、保険会社は保険金を支払った範囲で被害者の損害賠償請求権を引き継ぐ扱いがあり(保険法25条1項)、後から保険会社を通じて請求が来る可能性があります。

 示談書の清算条項は、原則としてその示談をした当事者の間で効力を持つものです。そのため、被害者本人と示談ができていても、保険会社が引き継いだ部分まで当然に解決したことになるとは限りません。保険を使ったかどうかは、金額を決める前に確認しておきたい点です。

金額が固まらないうちに示談を進める方法

 修理に時間がかかり、処分の判断が先に来てしまいそうな場合もあります。金額が確定するまで待つほかにも、次のような組み立て方があります。

  1. 見積額を基準にいったん示談し、実際の修理費が見積額を超えた場合は差額を別途支払うと定めておく方法。
  2. 支払う金額の上限を先に決め、その範囲で精算すると定める方法。
  3. 修理費相当額をまず支払い、精算後に領収書や請求書を取り交わす方法。


 いずれの場合も、何を基準に、いつまでに、どのように精算するのかを書面に残しておくことが要になります。口頭の了解だけで進めると、後になって「聞いていた話と違う」という争いが生じやすくなります。

修理費を払えば示談が成立するとは限らない

 被害者は、被害届の提出や事情聴取のために時間を割いています。壊された物の価値だけでは割り切れないという気持ちが残るのは自然なことで、修理費に加えて解決金や慰謝料の趣旨を含む金額を求められることもあります。

 民事の裁判では、物が壊されたことによる慰謝料は原則として認められにくいとされています。もっとも、示談は当事者の話し合いによる解決であり、裁判の基準がそのまま上限になるわけではありません。金額の性質を整理したうえで、どこまでなら支払えるのかを先に決めておくと、交渉が長引きにくくなります。

被害者が会社や自治体の場合

 店舗の設備、社用車、公園や駅の設備などを壊した場合、相手は個人ではなく組織になります。この場合、次のような違いが出てきます。

  • 金額の決定に社内や庁内の手続が必要で、回答まで時間がかかる。
  • 示談書ではなく、請求書と受領書のやり取りで処理される場合がある。
  • 担当者に告訴の判断権限がなく、上位の決裁を待つことになる。
  • 修理が指定業者に限られ、金額の調整余地が小さい。


 こうした場合、支払いを急ぐよりも、窓口と手続の流れを早い段階で確認しておくほうが結果的に近道になることがあります。

示談書に書いておきたいこと

 器物損壊の示談書では、次の点を明確にしておくと、後日の行き違いを防ぎやすくなります。

  • 対象となる出来事の日時・場所と、壊した物の特定。
  • 支払う金額と、その内訳(修理費と、それ以外の趣旨の金銭)。
  • 支払期限と支払方法、分割にする場合の各回の額と期限。
  • 修理費が後から確定する場合の精算方法。
  • 告訴に関する被害者の意向を、どのように記載するか。
  • 本件について、これ以上の請求をしない旨の確認(その範囲を「本件」に限定して特定する)。


 告訴に関する条項については、書き方に注意が必要です。将来告訴しないという約束にどこまでの効力があるかは議論があり、書面に記載したからといって告訴の可能性が法律上なくなるわけではありません。実務では、処罰を求めない意思を示していただく形をとることが多くなります。

避けたほうがよい対応

 早く解決したいという気持ちから、かえって状況を難しくしてしまう対応があります。

  • 連絡先を調べて、直接被害者に接触する。
  • 自分で業者を手配し、相手の了解を得ずに現場を修理してしまう。
  • 見積額をその場で値切ろうとする。
  • 金額の根拠が分からないまま、提示された書面に署名する。
  • 捜査機関に「示談したい」と伝えただけで、その後の動きを止めてしまう。


 特に直接の接触は、相手に不安を与え、示談そのものが難しくなる原因になります。被害者の連絡先が分からない場合、捜査機関が加害者本人に教えることは通常ありません。弁護人を通じて連絡先の開示を打診する方法が現実的な選択肢になります。

よくあるご質問

修理費を払えば告訴されませんか

 支払いは処罰感情を和らげる要素になりますが、支払っただけで告訴がされなくなるわけではありません。金額の合意に加えて、告訴に関する意向を書面で確認しておくことに意味があります。

被害者の連絡先が分からないのですが

 捜査機関が本人に被害者の連絡先を伝えることは通常ありません。弁護人が就いている場合には、弁護人限りという条件で開示を受けられる場合があります。

一括では払えません

 分割で合意する例もあります。その場合は、各回の金額と期限、支払いが滞ったときの取扱いを書面に定めておくことが前提になります。

被害届が取り下げられれば終わりますか

 被害届については、取下げの手続を定めた規定がありません。処罰を求めない意思が示されたことが、その後の判断材料になるという位置づけになります。

まとめ

  • 被害届は捜査のきっかけであり、器物損壊で起訴の条件となるのは告訴である。
  • 告訴は犯人を知った日から6か月という期間があり、取り消すと同じ事件では再び告訴できない。
  • 示談金の中心は修理費だが、見積額・実費・賠償として相当な額は一致しないことがある。
  • 見積書は金額だけでなく内訳を確認し、事件と関係のない部分が含まれていないかを見る。
  • 買い替えの場合の基準は壊れた時点の価値であり、新品価格がそのまま基準になるとは限らない。
  • 代車費用や休業分などの付随する費用は、事件との結びつきと期間の相当性が問われる。
  • 被害者が保険を使っている場合、保険会社から請求が来る可能性を踏まえて金額と条項を決める。
  • 金額が固まらない段階でも、精算の方法を書面に定めることで示談を先に進められる場合がある。


器物損壊の示談をご検討中の方へ

 器物損壊の事件は、金額の大小よりも、対応の順序と時期によって結果が変わることがあります。被害届が出された段階であれば、告訴がされる前に話し合いを始められる余地が残っていることも少なくありません。

 弁護士法人若井綜合法律事務所では、器物損壊事件について、修理費の内訳の確認から示談書の作成まで対応しています。警察から連絡があった段階、あるいは相手方から金額を提示された段階でも構いませんので、お早めにご相談ください。

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若井亮
専門家

若井亮(弁護士)

弁護士法人若井綜合法律事務所

風俗トラブルや男女トラブル、それに伴う刑事事件まで一貫して対応。累計相談件数は男女トラブル約23,000件、風俗トラブル約8,000件。全国からの相談を24時間受け付け、迅速な対応を心がけています。

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