マナーうんちく話502≪会話の中に季節の話題を積極的に!≫
令和8年3月20日(金)は「春分の日」で、春分の日が「春彼岸」の中日になり、この日をはさんで前後3日間、計7日間が春のお彼岸になります。
「彼岸」とはあの世で煩悩のない世界つまり極楽浄土で、「この世」は煩悩や苦労に満ちた「此岸(しがん)」です。
そして彼岸と此岸の境を流れる川が「三途の川」ですね。
また仏教行事のほとんどはインドや中国から伝わっていますが、お彼岸は日本独特の行事です。
一方「春分の日」や「秋分の日」は、昼の長さと夜の長さが同じであり、太陽が真東から昇り真西に沈む日です。
昔はご先祖様が済むお浄土は西に存在すると考えられており、太陽が真西に沈む彼岸は、ご先祖様と距離が最も近くなります。
つまり最もご先祖様とコミュニケーションが取りやすくなるので、この期間にお墓参りをするわけです。
正月は年神様が、盆は仏様が里帰りされるのをお迎えして、おもてなしして、またお見送りする一連の行事ですが、お彼岸はこちらから出向き、供養・感謝します。
その際持参するお供え物が、当時とても貴重とされた米や小豆や甘味料で作った団子ですが、春彼岸は百花の王と称される牡丹の花が咲く時期ですから「牡丹餅」つまり「ぼたもち」になり、秋は秋の花を代表する秋の七草の一種である萩が見ごろを迎えるので「お萩」と呼んだわけです。
ところで「春分の日」と「お彼岸」はどう違うのでしょうか?
春分の日と秋分の日は二十四節気の一つで、国民の祝日です。
春分の日は「自然を称え、生物を慈しむ日」であり、秋分の日は「先祖を敬い、亡くなった人を供養する日」です。
二十四節気は農作業に役に立つように作られていますが、日本では春に種をまいたり、田植えをしたりします。
そして秋になったら収穫するわけで、その目安になるのが「春分の日」や「秋分の日」ですから、まさに自然の恩恵に感謝する日ということですね。
私も百姓仕事に関わっていますが、毎年春分の日を目安に様々な野菜の種をまきます。
最近は売る側の販売戦略や温暖化のせいもあり、野菜の苗や種が市場に早くから出回りますが、不必要に早く苗を植えれば霜にやられます。
晩春の「八十八夜の忘れ霜」という季語があります。
AIやITに頼らなくても、先人の知恵と自然の摂理に従えば、これで十分だと思っています。
ちなみに二十四節気の基になる2支2分4立(冬至と夏至、春分の日と秋分の日、そして立春・立夏・立秋・立冬)のうち、春分の日と秋分の日だけが国民の休日になっているのは、歴史的に見て、春分の日と秋分の日には宮中祭祀が執り行われてきたからでしょう。
春は五穀豊穣を祈願し、秋は豊作に対する感謝ですね。
そして「彼岸」は、二十四節気を補完する目的で作られた「雑節」の一つです。
中国から伝来した二十四節気だけでは、日本の四季の移り変わりに適切に対応できないので、日本の気候や農業に合わせて日本独自に生まれたのが「雑節」で9つあります。
これらはいずれも日本の文化や生活に深く根差し、季節の移り変わりを把握できるようになっていますが、彼岸は「先祖供養と自然への感謝の期間」といえるでしょう。
日本には人生の4大儀礼として「冠婚葬祭」がありますが、日本人が大変大切にしてきた「節目」を明瞭簡潔に表現した言葉です。
そして正月や盆や法事や彼岸のように、「先祖に祈りをささげる年中行事」が「祭」であり、家族の絆を維持し、深め合う時間でもあります。
従って彼岸には家族そろってお墓参りをし、家族の絆を再確認するのが理想ですが、最近では弔いの方法も大きく変化してきましたね。
また「墓じまい」という言葉も聞こえてきます。
「冠婚葬祭」の意義は、家族や地域の絆を確認し、そうすることで自分自身の心配や不安を払しょくすることにあると考えます。
日本は今や世界屈指の長寿国であり、その長い人生を豊かに生きるための「宗教教育」や「礼節教育」の必要性を痛感します。



