マナーうんちく話535≪五風十雨≫
この時期の常とう句に「暦の上では春ですが、身の引き締まるような寒い日が続いています」がありますが、日本の暦は複雑多様で、季節感と暦が必ずしも一致しないことが多々あります。
日本は世界的にも四季が大変豊かで、日々の生活の中で季節の変化を感じたり、季節の行事やしきたりを取り入れることにより、暮らしがより楽しくなります。
そこで、この機会に日常生活で使用しているカレンダーのみならず、「旧暦」や「二十四節気」や「七十二候」、さらに「雑節」「五節句」についてシリーズで触れてみます。
●自然歴
江戸時代までの日本は中国の影響を大きく受けていますが、暦もその一つです。
そして中国から日本に暦がもたらされる前までは、日本の暦は「自然歴」だったといわれています。
動物や植物の季節的変化、太陽や月の運行、周囲の自然環境の周期的な変化などを目安にした素朴な暦であり、生活の知恵でもあります。
ただ日本は南北に細長いので地域性は大きいと思いますが、農業や漁業には大いに役に立ったことでしょう。
ウグイスが鳴いたから春、ホトトギスが鳴いたので夏、木の葉が紅葉したから秋・・・。
当時の人は、自然と共生するとともに、自然を詳しく観測しながら、季節の移ろいを敏感に感じ取っていたようですね。
また現代人のように、上から目線で「自然に優しく」なんというような感情は、持ち合わせていなかったのではないでしょうか?
人も自然の一部であり、自然に優しくしていただいているということです。
私もアナログ手法の百姓仕事を楽しんでいますが、昔の人がいかに自然と仲良く暮らしていたのか、少しは理解できるような気がします。
●「暦の上では春ですが」の微妙な意味
地球上にはいろいろな気候や季節が存在します。
ただ、それがいかなるものであれ、決まりごとは、地球の自転による日照時間の変化だけです。
季節を決めるのは、そこで生活している人、つまりその国の人です。
日本はよく「四季の国」といわれますが、実際には春夏秋冬の他に「雨季」があります。しかし感性を重んじる日本人は、それを梅が熟す頃に降る長雨だから「梅雨」と名付けて夏の中に入れて、四季で綺麗に収めたのでしょう。
ところで、春、夏、秋、冬の前日は、季節の分かれ目であり「節分」と呼ばれています。
そして「春の節分」の次の日が立春であり、この日から季節は春になります。
従って日本の春は、一年で最も寒い時期に誕生するわけです。
ではなぜ一番寒い日を「春」と決めたのでしょうか。
かつては、一年で昼が一番短くて、夜が一番長い「冬至」が、一年の始まりと考えられていたとか・・・。
この考え方は、文化や宗教が異なっても、世界共通のようですね。
例えば、12月25日がイエスキリストの誕生日とされたのは、冬至の翌日であり、太陽の力が復活し始める日であるからという説があります。
日本には「一陽来復」という言葉があります。
ただ、冬至を境に太陽の力は復活しても、日本では日に日に寒くなって、節分が寒さのピークになるので、その次の「立春」を春にしたといわれています。
気候的にも、感覚的にもとても春を感じることができないこの「春」は、想像の世界かもしれませんね。
あるいは花咲く春を待つ楽しみや、春への希望を与えてくれたのかもしれません。
春を待ちわびる気持ちを「望春」といいますが、立春とはまさにそんな気持ちが込められている気がします。
食べるものも暖房器具も今とは比較にならないくらい厳しかった昔の冬は、花咲く春がいかに待ち遠しかったか、「暦の上では春」というフレーズによく現れている気がします。
確かなことは、この言葉を作ったのは日本人自身で、そこにはいろいろな意味が込められているということですね。
2月は一番寒いので衣服をさらに重ねて着るので「衣更着(きさらぎ)」と呼ばれますが、梅が咲くので「梅見月」、雪が解け始めるので「雪解月」、木の芽が生えはじめるので「木の芽月」との異称もあります。
全て希望に満ちは言葉です。
寒いながらも前向きにお過ごしください。
ちなみの「暦の上では春ですが」の暦とは、二十四節気を指しています。
そして二十四節気のスタートが立春です。
次回は「二十四節気」を、解りやすく解説してまいります。
是非お付き合いください。



