マナーうんちく話535≪五風十雨≫
●霜月
早くも山茶花の蕾が膨らんできて、初冬の訪れが感じられるようになりました。
11月の和風月名は「霜月」と呼ばれるように、標高の高い所から次第に初霜の便りが届くようになります。
私も野菜作りを始めて10年が経過しましたが、霜は野菜作りにとって、良い面もあれば、悪い面も多々あります。
ピーマンやナスはこの時期まで収穫できますが、霜にあたると一気に枯れます。
一方キャベツやホウレンソウや水菜、白菜などは霜にあえば甘みが増します。
自然の力は本当にすごいですね。
●読書の秋
ところで日本の秋は「芸術の秋」「味覚の秋」「スポーツの秋」などと呼ばれますが、「読書の秋」という言葉もあります。
10月27日から11月9日までは「読書週間」で、2025年の標語は「こころとあたまの深呼吸」です。
ところで読書週間は、終戦の傷跡が至る所に残っていた1947年(昭和22年)に、出版社、書店、マスコミ等がタッグを組んで、平和な文化国家を読書の力で作ろうと始め、以後「文化の日」を中心に2週間となっています。
また「読書の秋」という言葉は、夏目漱石の「三四郎」という小説の中で「灯火親しむべし」という、中国の詩人の詩が紹介されたのが由来といわれています。
最近は何かと映像に頼りがちですが、秋の夜長を読書で楽しむのもいいですね。
●ほっこりと温まりたい日本独自の文化「炬燵」
11月7日は二十四節気の一つ「立冬」です。
立冬までは「秋晴れ」といわれるように好天気が続きますが、立冬を過ぎれば肌寒さを感じるようになり、炬燵が恋しくなります。
江戸時代には「炬燵開き」があり、炬燵を出す日は決まっていました。
旧暦の10月、つまり「亥の月」の「亥の日」と定められていたわけで、2025年の最初の「亥の月」の「亥の日」は11月2日(日)で、2番目の「亥の月」の「亥の日」は11月14日(金)です。
現在はみな平等で自由ですから、いつ出してもいいわけですが、江戸時代は身分制度があり、最初の「亥の月」の「亥の日」に炬燵が出せるのは武士で、庶民は2番目の「亥の月」の「亥の日」になります。
庶民は武士より質素倹約を求められたのでしょう。
なぜ「亥の月」の「亥の日」なのかといえば、亥は五行で「水の気」とされ、火を免れると信じられていたわけです。
昔の炬燵の熱源は今と異なり木炭や炭団です。
手間暇がかかり、その上火事や一酸化中毒のリスクもあります。
暖は欲しいが火事は大変心配です。
だから亥の日に炬燵を出せば、火を免れることになります。
縁起を担いだわけですね。
したがって当時の人は、どんなに寒くても、定められた日が来るまで炬燵を出さなかったといわれています。
今では考えられないことですが、当時の江戸は過密都市であり、しかも木造建築ですから、強い季節風の中で火事が発生すれば、たちまち大火になります。
水が少ない上に、消化能力も極端に低かった事でしょうから、瞬く間に延焼したことは容易に想像できます。
「火事と喧嘩は江戸の華」といわれるくらい火事が多く、しかも歴史に残る大火が多く発生しています。
また江戸時代の冬は今より厳しかったといわれていますが、主な暖房器具といえば火鉢と炬燵くらいで、その炬燵もルールに基づき「亥の月」の「亥の日」でないと出せないので、当時の人は、さぞかし我慢強かったと思います。
幸いなことに木綿が発達してきたので、恐らく「どてら」のように、木綿で出来た服を厚着して寒さを凌いでいたのではないでしょうか。
ちなみに炬燵は室町時代に生まれたといわれていますが、以来「猫も炬燵で丸くなる」と謡われているように、炬燵に入れば身も心も温まり、家族団らんのシンボルになっています。
今はライフスタイルがかなり西洋化していますが、後世に残したい文化です。
●世界一美しい日本の紅葉と湯豆腐
立冬が過ぎれば、気温の変化が激しく、季節の移ろいを敏感に感じやすくなります。
稲刈を終えてしっとりした佇まいを見せる田んぼや、色褪せたススキが夕日を浴びて優雅に風に揺らぐ光景は、日本人の心に郷愁を誘います。
一抹の寂しさも覚えますが、なんといっても「味覚の秋」です。
晩秋の味覚のありがたさを実感できる頃で、湯豆腐や蟹や熱燗がこいしくなりますね。
色付くや 豆腐に落ちて 薄紅葉(松尾芭蕉)
この豆腐は、もしかしたら紅葉の上に落ちて、薄く色づかせているのだろうか?という意味ですが、秋の紅葉が、炭火にかけた鍋の中の豆腐の上に落ちる様子を、見事に描写している句だといわれています。
「薄紅葉」とは紅葉の走りで緑の残る淡い色の紅葉で、深い紅の「冬紅葉」とは趣を異にします。
湯豆腐や紅葉狩りは、当時の晩秋の最高の楽しみだったようですね。
晩秋は紅葉狩り、ミカン狩り、栗狩り、温泉旅行と何かと楽しみの多い頃でもありますが、連日報道される「熊」という強敵の存在が浮上してきました。
日本の紅葉は世界一美しいといわれていますが、日本には、その美しい紅葉を見物する「紅葉狩り」という文化があります。
紅葉狩りは平安貴族に端を発すといわれ、1000年以上の歴史を誇る日本の伝統文化です。
そんな文化が熊のために廃れていくとなれば、これは由々しきことですね。
日本の紅葉が世界一美しいといわれるゆえんは、日本には紅葉する落葉広葉樹が26種類もあり、赤や黄色や橙色と色の種類も多く、大変鮮やかだからです。
そして何より紅葉した葉っぱを見て、それを美しいと感じる豊かな感性があるからではないでしょうか。
さらに日本には「美人薄命」という言葉があります。
桜にしても、紅葉した葉っぱにせよ、美しいものは非常に短く、儚さを感じます。
平家物語に「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」というフレーズがありますが、美しく色づいた葉っぱとこのフレーズは相性がいいような気がします。
日本独特の文化を熊に荒らされた気がしますが、それにしてもこの素晴らしい季節を無駄に過ごすのはもったいない限りです。
秋の味覚を堪能したり、スポーツに精を出したり、様々な文化や芸能に触れたり、本を読んだりして、日本の秋を身体全体で楽しみたいものですね。
次回は「白い秋」にふれてみます。



