マナーうんちく話569≪泥より出でて、泥に染まらず≫
相変わらず寒い日が続いていますが、厳しい冬に身を置いていると、誰しも本格的な春の訪れが恋しくなりますね。
コロナ禍の今年は特にその気持ちが強いのではないでしょうか。
しかし「桃栗3年、柿8年、梅は酸い酸い13年・・・」といいます。
「時期が来なければできない」という例えですが、コロナの収束も、暖かくなるのを気長に待つのがいいかもしれません。
「待てば海路の日和あり」になりますように・・・。
それまで、いろいろと窮屈ですが、せめて心だけは豊かでいたいものです。
ところで春の語源は諸説ありますが、「草木の芽が張る時」だから、春になったともいわれます。
今まで弱弱しかった太陽の光が復活して、大地を照らし、何かが一生懸命生じようとする時がまさに春です。
そしていろいろなものが春の気配を察して行動するわけですが、植物の中では「梅」が百花に先駆け高貴な香りを漂わせながら、愛らしい花を咲かせてくれます。
菅原道真や和泉式部が特に梅を愛した話は有名ですが、今でも全国の天満宮のシンボルになったり、市町村の町村花にもなって多くの人に親しまれています。
また日本では松、竹とともに梅はおめでたいもののシンボルにもなっています。
「松竹梅」という言葉は誰しも好感を抱いている言葉でしょう。
「松」は常緑樹で一年中緑が絶えません。また厳しい環境でも育ち、しかも樹齢が長く、老松は長寿のシンボルになっています。
神社ではよく見かけますが、松は手を広げて神様を待つ木で、神聖なものです。
「竹」はまっすぐ天に向かって伸び、しなやかです。
子孫繁栄につながります。
「梅」は早春に芳香を漂わせ、愛らしい花をつつましく咲かせてくれます。
「春告げ草」といわれるように喜びや高潔の象徴とされています。
これらの3つの縁起の植物が揃って、江戸時代には「松竹梅」として有名になり、正月の門松飾りや結婚披露宴などで重宝がられるようになりました。
一方中国では昔から「歳寒三友」という言葉があります。
「歳寒」とは冬の寒さの意味ですが、転じて逆境の意味でもしようされます。
順って「歳寒三友」とは、冬の寒さに耐える3種の植物のことで「松」「竹」「梅」をさしますが、梅の変わりに水仙になることもあります。
日本で使用されている「松竹梅」のもとになった言葉です。
松や竹は寒い冬でも色褪せることはありません。また梅は寒中に花開くので、冬の寒い時期に友とするにふさわしいと、当時好まれて文人画の画材になったようです。
3種同時に描かれたり、個別で描かれたりしましたが、それが平安時代に日本に伝わり、江戸時代になって「松竹梅」がめでたいものの象徴になったようです。
もともと中国では《清廉・潔白・節操》のシンボルでしたが、日本では愛でたいものの象徴になったわけです。
ちなみに日本では、食堂や寿司屋などで、定食や寿司のランク付けになっていますが、本来松竹梅には順列はありません。
江戸の寿司屋が「特上」「上」「並み」とランク付けしていたのが、これでは客が選びづらいので、気軽に選べる松・竹・梅に置き換えたという説があります。
加えて「まっただけうめー」というダジャレもあります。
「待つ=松」、「だけー=竹」「うめー=梅」ですね。
出来合いものと異なり、高級料理は注文を受けて作るので、それだけ時間がかかります。
旨いものは待つことも大切です。
まさに「待てば海路の日和あり」でしょう。
松竹梅は君子が追い求めるものに相応しいとされています。
君子とは人格的にも、道徳的にも優れた人で、学識を備えた人で、政治家になるにふさわしい人です。
ほんの少しばかりの手柄を奪い合ったり、責任はなすり合ったり、上位の者に忖度ばかり働く人ではありません。
コロナも3年目に入りましたが、そろそろ日本でも君子と言えるような人が現れ、強いリーダーシップを発揮していただきたいですね。