マナーうんちく話535≪五風十雨≫
9月の声を聞けばすっかり気分は秋ですが、コロナ・コロナで明け暮れた令和3年も残り3分の一になりました。
残りの日々を前向きに歩みたいものですね。
秋の語源は諸説ありますが「実りの季節を迎え食べ物が飽きるほど市場に出回る」ので「飽きるが秋」に転じた節と、葉が紅葉するので「紅(赤)が転じて秋」になった説があります。
さらに空の色が清明、つまり空気が爽やかになり、空が明らかになるので「明が秋」に転じた節も有力です。
ところで9月の和風月名は「長月」ですが、これは夜が次第に長くなる「夜長月」の略です。
「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、初秋はまだ暑さが残りますが、これからは日一日と、空気が澄んで、全てのものが爽やかになってきます。
加えて夜が次第に長くなってくるわけですね・・・。
一年で最も月や星を眺める絶好の季節ということで、再度日本人と月の関りについて触れてみます。
月といえば何といっても「十五夜」が思い浮かぶと思いますが、これは旧暦8月15日の夜で、令和3年は9月21日(火)です。
ちなみに十五夜は必ず「旧暦」で行います。
なぜなら明治5年まで使用されていた旧暦は太陽の動向も考慮しますが、月の満ち欠けを基準にしているからです。
そして旧暦の「秋」は7月・8月・9月のことで、8月は真ん中にあたるので、この夜の満月を「仲秋の満月」と呼びます。
名月を愛でる習慣は中国から伝来し、主に貴族階級の間でマネをされていました。月を鑑賞しながら、詩を詠んだり、風流を楽しんでいたのでしょうか。
ただ稲作を中心とした農耕文化で栄えた日本でも、月の出を待って物を捧げ、農作物の豊作や安泰を祈念する風習は存在していました。
つまり十五夜には風流を愛でる意味と、信仰や農耕における収穫儀礼的要素が存在したわけですね。
これに加えて日本ならではのユニークな習慣がありました。
和食の《マナーうんちく話》でもたびたび触れましたが、日本の「共食文化」です。
十五夜の日に、お月様に稲の代用としてイネ科の植物であるススキを始め、野菜・果物、月見団子をお供えするわけですが、昔はこの団子を、子どもがこっそりとって食べても許されるというしきたりがありました。
私が幼い頃にもこのような「しきたり」が存在していたように記憶しています。
月見以外にも、盆や彼岸にお墓に備えられた団子や菓子も、黙って取って食べても叱られないといわれていました。
神や仏に備えられたものは、みんなで分け合って有難く頂くという「共同飲食」の文化が根付いていたわけです。
桃の節句や菊の節句などは、旧暦と新暦では約一月、本来の季節がずれてしまい、先人の思いと現代のライフスタイルがかみ合わなくなりました。
しかし、お月様は相変わらず今を生きる私たちを照らしてくれています。
空気のきれいな秋の夜長くらいは、月を眺め、先人に思いをはせてみるのもお勧めです。
最後に日本は世界がうらやましがる豊かな四季があります。
このゆたかな四季が織りなす自然の声に耳を澄ませ、自然とともに真摯に生きた先人から、本来あるべき持続可能な世界のヒントが探れると思います。
そして「日本の心」を改めて見つめてみる9月にしたいものです。