マナーうんちく話535≪五風十雨≫
「1月はいぬる」とも言われますが、慌ただしく1月が過ぎ今日から2月。
ふと忙しさから我に返ると、日射しがすっかり長くなった気がしませんか?
昔の人は、一日に畳の目一つ分日射しが伸びると言いましたが、寒いながらも、伸びた日射しと草木の芽に、春の予兆を感じる頃でもあります。
そして、今年も節分がやってきましたが、「節分」とは何かご存知でしょうか?
日本は四季が明確に分かれており、暦の上では立春、立夏、立秋、立冬がありますが、その前日、つまり季節の分かれ目が全て節分です。
それが室町時代頃になって、春の節分に重きが置かれるようになって来て、節分と言えば「春の節分」を指すようになったということです。
この理屈は、何もかも便利で豊かな生活をしている現代の日本人には理解できませんが、照明や暖房が乏しかった昔の冬の夜は、暗闇が長く、しかも寒さが厳しいので本当に大変だったわけです。
当然、食べるものにも不自由します。
だから、それだけ暖かさが増し、草木が芽吹く春が待ち遠しかったわけですね。
ちなみに、2月は「如月(きさらぎ)」と言いますが、これは草木の芽が張りだす頃という意味です。
辛くて厳しい冬から、希望の春への期待がそのまま名前になったわけですね。いかに春の節分に重きが置かれたかがよく解ります。
しかし、手放しでは喜べません。
季節の変わり目には悪魔、つまり鬼がやって来て悪さをします。
そこで炒った豆を蒔いて鬼を封じるわけです。
なぜ豆かと言えば、「豆」には邪気を払う効果があるとされているからです。
「豆」=「魔滅(マメ)」です。
さらに鬼は、火やトゲトゲしいものや悪臭が嫌いです。
従って、生の豆を火で炒ることにより、豆に火気を漂わすわけです。
そして、「鬼は外・福は内」の掛け声と共に炒った豆をまき、豆蒔きが済んだら戸を閉めます。
さらに、再び鬼がやってこないように、柊(ひいらぎ)の枝や葉と、鰯(いわし)の頭をさして軒下につるします。
柊のトゲトゲしい葉や、鰯の何とも言えない悪臭で、鬼を寄せ付けないわけです。ちなみに、柊は「鬼の目突き」とも言われており、庭にもよく植えられていますね。
また、鰯は安価で、美味しくて、しかも健康に良いので、昔から庶民の大好物だったわけですが、弱点は「魚」篇に「弱い」と書かれるように腐敗が早く、悪臭が漂うことです。
山陽新聞社の「さん太アンケート」によると、「福は内」の「福」で最も希望する福は男女とも「健康」だったようですが、豆まきが終わったら、自分の年の数だけ蒔いた豆を食べると、健康長寿に恵まれると言う言い伝えがありますので、頑張って召し上がって下さい。
但し、数え年計算になります。
所により、年齢より一つ多めの豆を食べる所もあります。
また、有名神社等では、芸能人等が袴(はかま)姿で豆まきをしますが、これは当時、袴は武士の最礼装だったので、庶民がこれを真似するようになったからだと言われています。
節分の日に、神社仏閣にいつもと違う服装でお参りすると、魔滅になり、健康で、家内安全でいられると考えられていたようですね。
次回は「恵方巻き」に触れておきます。