マナーうんちく話569≪泥より出でて、泥に染まらず≫
秋を色で表現すると黄色とか朱色だと思いますが、たわわに実った黄色の柿をもいで食べた事がある人は少なくなったようです。
豊かさや便利さと引き換えに、昔懐かし、日本の秋を代表する風景が次第に無くなるのは寂しい気がしますね。
ところで、柿には甘柿と渋柿が有りますが、いずれも同じような形や色をしているので、それが甘いか渋いかは、木からもぎ取って口にするまで解りません。
運よく甘ければ儲けものですが、渋ければとんだ目に遭います。
一種のかけですが、このような経験から、昔の子どもは色々な事を学び逞しく成長していきました。
柿は、桃やマスカットのように高級感は有りませんが、「柿が赤くなると医者が青くなる」と言われる位、美味しくて栄養価が高く、極めて日本的な果物です。
実りの秋になると柿を始め柚子やミカンが色づいてくるわけですが、これらの秋の果物にはビタミンを始め栄養が豊富に含まれており、風邪を始めとした病気にかかりにくくなるので、患者が減少し、病院の売り上げが減り、医者が青くなるという意味です。
また、柿や柚子やミカンが収穫期を迎えると農家は大変忙しくなるので、たとえ病気をしても医者にかかる暇と金が無いという、日本が貧しかった時代の悲しい気持ちの意味もあるようですよ。
同じような意味で、「トマトが赤くなれば医者が青くなる」と言う諺が西洋に有りますが、トマトにも豊富な栄養があり、今ブームになっていますね。
ところで、柿と言えば正岡子規が詠んだ、「柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺」と言う句を思い出す人も多いと思います。
教科書にも載っているので、松尾芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」と共に、日本人なら誰でも知っている有名な句です。
正岡子規が上京する途中で立ち寄った法隆寺で、散策後一服するために茶店により、柿を一口食べたかと思うやいやな、法隆寺の鐘が鳴ったという意味でしょうか。
元々柿は、正岡子規が最も好んだ果物だそうですが、現在では考えなれないようなほのかな旅情を感じます。
たまには、何もかも忘れて、このような旅をするのも良いものです。
そして、日本人が昔からいかに柿と密接な関係が有ったかと言う典型的な例が「干し柿」で、これには、先人の英知が結集されています。
干しがきは今流に表現するとドライフルーツの一種ですが、柿の皮をむき、干すことで保存性を増し、さらに渋みを甘味に変えます。
その甘さは砂糖より甘くなりますので、一般庶民の大変貴重な甘み元になった事だと思います。
加えて、正月には神様が鎮座される鏡餅や、お飾りに飾られますが、「幸せをカキ集める」と言う意味と、柿=嘉喜(喜びや幸せが来る)に繋がる意味が有ります。
また、昔は娘が結婚する際に、親は娘の文金高島田に一両小判を偲ばせたそうです。親が子を想う心の表れですが、小判の代わりに「柿の苗」を持たせたという話も有ります。
昔はそれこそ「生きることは食べる事」だったので、食べる物に困った時に役立たせてほしいとの思いを込めたわけですね。
しかし「桃・栗3年 柿8年」と言われるように、果樹は野菜のようにすぐには実りません。何事も成就するにはそれなりの月日を要するという意味ですが、結婚して立派な家庭を築くには日数がかかります。
さらに、柚子やビワは9年で、梅は13年だそうです。そして最後に「女房の不作は60年、亭主の不作は一生」と続きます。
柿を食べる時には、辛抱することと、人を見る目の大切さを思い浮かべて頂ければ嬉しいです。