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宮本章太郎

心理カウンセリングのプロ

宮本章太郎(みやもとしょうたろう)

京都カウンセリングラウンジ

コラム

謝罪に向けられる日本人の攻撃性 ~日本人に自殺者が多いわけ~

なぜ謝る、なぜ責める、なぜそんなに罪を背負いたがるのか(罪を着せたがるのか)日本人。

当事者同士で一段落して落ち着いたとしても
それでもなお謝り続け、責め続け、いつまで相手をさげすむのか。
何でそんなに大ごとにしたいのか。

身内や関係者、仕事の面で大きな影響を受ける人が居ますので
当事者だけの問題だけではないとはいうものの
問題を深くしすぎているのではないでしょうか?
大ごとにしすぎているのではないでしょうか?

確かに私自身も同じ立場なら
ひたすら謝り続けるでしょうし責められ続けるでしょう。

ただ直接関係のない人まで、ただニュースで情報を知っただけの人まで
なぜそこまでして皆で寄って集って責め立てるのか。
果たしてそこまでしなければならないのでしょうか?
自分は何も他人を傷つけたり一切の罪を犯さないとでも言うのでしょうか?

不祥事を起こした、犯人が捕まったと聞いたら何でもすぐに悪者扱いする。
しかもまるで鬼の首を取ったような正義のヒーロー気取りで。

自分は一体何様なのか。

そこまで謝り続ける必要がある?
涙を流して、罪を背負って、大衆から責め立てられて、それでもまだ謝り続けているのに
どうしたら人は許されるのでしょうか?
何をしたら許される?

責める方(攻撃する方)も責める方。

そんなに相手を苦しめたいの?自分が直接何かされたの?
罪を犯したものはいくら傷つけても良い?
では傷つける人間に罪はないの?

ましてやその罪も人でも殺したんでしょうか?

私が言いたいのは、無差別殺人など重大事件の犯人とまるで同じ扱いであるという事。
この事に違和感を感じるわけです。
そして何より事件そのものよりも人格を非難し、攻撃してるように感じるんですね。

被害者の方もまさかここまでの事態になることを望んでたわけではないかも知れないのに
そうなると被害者の方は新たに二次被害の苦しみを受けるわけです。
(被害者もまた自分を責める要因に)

確かに同様の事件を起こしたら自分も同じようにするでしょう。
きっとそうします。
世間に対してとても許してくれだなんて甘えられません。

でも許してほしいんです。
苦しいんです。

だから謝り続ける。
周りもわかってるからこそ、したくないけど責め続けてしまう。

日本人の心の苦しみが、このような形で一人耐え忍ばなければならない心の痛みが
私には痛いほどよくわかります。
きっと皆さんも同じ思いでしょう。

だったら気づいた人から“許せる心”を、寛大な心を相手に向けようじゃありませんか。
そしてこんなに謝って悔い詫びている自分を許してあげましょうよ。

他人は良いかもしれませんが自分だったらどうでしょうか?

この心の苦しみをわかってあげられますか?

相手を許して自分も許す。

罪は罪ですが(それ自体は許されるものではありませんが)
それとは別に、心の許しのサポートを
私は心理カウンセリングを通してさせていただきたいと思います。

あなたの罪も同じように、許されることを、そして癒やされることを願います。

“心理学でエンターテイメントを提供する”
京都カウンセリングラウンジ
宮本 章太郎



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公式ホームページ http://kyotocl.web.fc2.com/
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