無責任な安楽死の否定
オスプレイの問題を始め、国は沖縄の苦しみに声を上げる事も出来ないし
北朝鮮による拉致問題も解決しない、北方領土もロシアに翻弄されて何も進展しない。
加えて原発問題で国民に負担を押し付け、東京五輪のゴタゴタでも要らぬ予算に経費がかさみ
国民健康保険料の負担増しによって社会保障の質の低下を招いてしまえば
どうして国民の健康を維持するというのでしょうか。
国民の健康こそ財政の支えとなる部分(財源)なのに
負担を増すような事をして医療を受けられないとなると、これはもう本末転倒でしかありません。
確かに社会保障の安定化のためというのはわかりますが
それで単純に負担だけを増して(増額して)るようでは意味が無いというのです。
国は努力するところが違うんですね。
国民の声には耳を傾けてない。
沖縄に関しては擁護するどころか対峙してしまってます。
これではどちらの(誰の)味方なのか、信用問題に関わる由々しき事態ですし
まるで韓国大統領の国民感情を逆なでした信用問題と同じです。
私は何も政府を批判したいのではありませんが
目を向けるべきところに目を向け、向き合うところにちゃんと向き合う。
解決は困難であっても国民の味方である事。
国民のためを考えるだけの政治では、財源確保とか言って国民に負担を強いるだけの
単なる政治の名を借りた自分都合の“統治”でしかないように思います。