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知り合い?友人?親友?―「友情」って奴について改めて考えた―(後編)

海江田博士

海江田博士

テーマ:自分を振り返る

今日の目次
・時の流れという「時効」を経ても
・どだい無理な話
・知り合いと友人は違う
・「友情」よりも「信頼」
・求めて得られるものではない


時の流れという「時効」を経ても

親友と思っていた同級生と、女性を巡っての決別。そんな友情の決裂を味わってから、既に50年近くの歳月が流れました。その後の人生では、あの時に勝るとも劣らないような修羅場にも何回か遭遇しました。
それに比べれば、まだ結婚もしていないなかでの、彼女を取ったの取られたの、などというのは、世間的に見れば、大した話じゃないよ、ということになるのかも知れません。
しかし、そういった時の流れという「時効」を経てでも、Sとの友情が戻ることはありませんでした。途中、何回かSの方から友情の修復を持ちかけてきたことはあったのですが、私がどうしてもその気になれなかったのです。
というか、私には友情を戻す気などさらさらありませんでした。それは今も同じです。
この生涯の親友と思っていたSとの決裂を経て、私が若い頃、後生大事に思っていた「友情」などというものは、幻想に過ぎなかったのかも知れない、と考えるようになりました。
昔の青春ドラマなど思い出すと(今はほとんどテレビドラマなど見ないので、近年の事情はわかりませんが。)甘酸っぱい恋愛模様と同時に「男同士の熱い友情」という奴も、それこそ必ず熱く描かれていたものでした。

どだい無理な話

若い頃は、「走れメロス」に登場するような「無二の親友」という存在は、人生になくてはならないものだ、と信じて疑わなかったのです。特に男の場合、それを持てない奴は、一種の欠陥人間くらい思っていた節がありました。
今でもふとそんな風に思うことがあります。
何かの機会に
「あなたの親友は誰ですか?」
と質問されたら、
「俺は一人も挙げることができないなあ・・・これって、人間として欠陥品なんじゃないか。」と。
深刻というほどではありませんが、一抹の寂しさは禁じ得ません。
ただ、今思うのは、そんな風に無理やり考える必要はないんじゃないかということです。「友情」とか「親友」というのは、作為的に求めるものではありません。結果としてそうなっていた、というのであれば話は別ですが、友情を「なくてはならないもの」と考えるのはどだい無理な話だと思います。

知り合いと友人は違う

そんなことを考えていたら、作家の村上龍氏が雑誌「GOETHE(ゲーテ)」の中に、面白いコラムを書いていました。
「親友と友人」というタイトルです。その書き出しは次のようなものでした。
―わたしには、誰か親友がいるだろうか。これまで、そういったことをほとんど考えたことはない。だいいち友人についても「彼は友人だ」とか考えない。だが、知り合いと友人は違う。仕事における重要性とか、会う頻度などにはあまり関係ない。知り合いは大勢いるが、友人は少ない。親友というのは本当にわからないが、きっと友人より少ないのだろう。―
村上氏も「友人」或いは「親友」については、上記のように或る意味慎重に発言しています。単なる知り合いのことを「友人」や「親友」と、こちら側から軽々に判定するのは難しいということなのでしょう。

「友情」よりも「信頼」

村上龍氏が、「親友というのは本当にわからないが、きっと友人より少ないのだろう。」と書いているように、「友人」や「親友」というのは、こちら側からそう簡単に特定できるものではありません。或る意味、カッと燃え上がって、あとさき考えずに突っ走る「恋愛」よりも、ちょっと面倒くさくて小難しいものなのかも知れないな、とさえ思います。特に男同士の場合。
ただ、私には普段からそんなに頻繁に付き合っているわけではなくても、
「あいつに何かあったら、きっと一肌脱ぐだろうな。」
と思う相手は何人かいます。
ピンチのとき、そいつが私に助けを求めてくるかどうかはわかりません。(むしろ、よほどのことがない限り求めてこないと思います。)しかしどうあれ、こっちから何かしら手助けすることだけは間違いないだろうな、と自分の中で思えるのです。
「友情」というのは、私の中で上記くらいの距離感でちょうどいい、と思うようになりました。
現実的には「友情」よりも「信頼」という言葉が日常的です。普段のお付き合いにおいて、相手との関係性を判断するときに、「友情を感じるか」というよりも、「信頼できるか」という切り口の方を頻繁に使います。

求めて得られるものではない

村上龍氏も、先に引用した「親友と友人」というタイトルのコラムの中で、以下のように結んでおられました。
―ひょっとしたら、友人というのは、関係性についてあまり複雑に、シリアスに考える必要がない人なのかも知れない。こうやって書いてきても、「親友」はよくわからない。だが、圧倒的な信頼を寄せる友人を、とても少ないが、わたしも持っている。ただ、その人物のことを「親友」だと意識することはない。親友はもちろんのこと、友人も、たくさん欲しいなどとは思わないし、誰かと友人になりたいと思うこともない。
親友も友人も、求めて得られるものではない。そもそも、求めるものでもない。―
村上氏もここで「信頼」という言葉を使っています。しかし、そこではやはり人間関係における「親友」という概念とは明らかに区別しています。
同級生たちからのLINEやメールを見るたびに「俺の人生には「友情」が欠落しているんじゃないのか?」と、思うのはもうやめにしようと思います。今くらいの立ち位置でちょうどいいや、と肩の力を抜いて生きていくことにしようと思うのです。



一匹狼という生き方も


おしまい

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海江田博士
専門家

海江田博士(税理士)

税理士法人アリエス

税務相談はもちろんのこと、従来の税理士としての職務に留まらず経営者自身で革新できることを目指した支援を続けています。日本経済をしっかりと支えられる強い基盤を持った中小企業への第一歩のお手伝いをします。

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