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知り合い?友人?親友?―「友情」って奴について改めて考えた―(前編)

海江田博士

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テーマ:自分を振り返る

今日の目次
・「昭和のじいさん」だから?
・「友情」って奴があるんだろうな
・友人を意識し始めたのは?
・青春時代のほろ苦いドタバタ劇



「昭和のじいさん」だから?

70歳を超えると、大抵の同級生は現役を退いて、悠々自適の人生を送っているようです。よう・・・と書いたのは、私はそこに参加することなく、彼らから日々送られてくるLINEの情報を見ているに過ぎないからです。
LINE上にグループ登録している私の同級生は、しょっちゅう、旅行やゴルフなどに行っているらしく、写真とともに近況報告の長い文章が送られてくるのです。
同じく、グループ登録している私の家族(カミさんと二人の娘たちに長男)のそれとは明らかに違っており、LINEでこんな長ったらしい文章をやり取りするのは、やはり私たちが「昭和のおじさん」だからなんだろうと思います。(「昭和のじいさん」という説もありますが)
私たちが出たのは男子校で、中学から入った同級生とは6年間、高校からの連中とは3年間の濃い時間を共有してきました。そこを起点にもう長い付き合いになるのですが、こうやって、今も結構仲良くやっているのです。

「友情」って奴があるんだろうな

旅行やゴルフは、5,6人の仲間を集めては、しょっちゅう行っているらしく、みんなで写った写メが頻繁にアップされるのです。そのほとんどが東京及びその周辺に住む奴らで、当然、鹿児島の片田舎に住む私は参加できるはずもなく、「ああ、またどっか行ったのか・・・」
と、見るだけの立場なのです。
まあ、だからといって
「なんで俺だけいつまでもこんなにあくせく働いてなきゃあいけないんだ!この世にゃ神も仏もないものか!!」
と、ひがんでるわけでは別になく、
「あいつらと違って、若い頃怠けていたせい、仕方がないのさ。」
と、黙って眺めているだけなのです。
そんな彼らを見ていて私はふと思います。
「(同級生の)こいつらの間には、きっと「友情」って奴があるんだろうな。だから、いい年した今までこんな風に仲良くしていられるんだろうな。」と。
友情・・・他人事(ひとごと)みたいな書き方をしましたが、もちろん、私にとっても彼らはただの「知り合い」ではありません。当然、思春期の頃、同じ釜の飯を食った「友人」たちなのです。
だから、私も彼らと会えば、たちまち50数年の時空を超えて、好きなこと言い合い気の置けない時間を過ごすことができるのです。これは、大人になってから知り合った人たちとは明らかに異なるポジションの人間関係と言えます。

友人を意識し始めたのは?

さて、中学時代からの友人たちが頻繁に送ってくるLINEの写メやコメントを見ながら私は考えました。友だち或いは友人と呼べる連中を意識し始めたのはいつごろからだったのだろうかと。
思い出してみれば「友情」というものを明らかに意識し始めたのは、小学校高学年のときからでした。転校生だった私は、同じくあとから転校してきたA君とはすぐに親しくなりました。
彼は頭もよく、体育や音楽も得意な万能選手でした。音楽だけはどうも苦手だった私からは、オールラウンドプレーヤーの彼は少しうらやましい存在だったように記憶しています。
或る時、どういう意図のものだったか思い出せないのですが、学校側が生徒からアンケートを取ったことがありました。その中に
「あなたは、なにか困ったときは誰に一番に相談しますか?」
といった質問があったのです。
私はその回答に、友達のA君の名前を書きました。あとでA君に、そのアンケートに誰の名前を書いたか聞いたら、彼は「親」と書いた、と教えてくれたのです。
まあ、考えてみれば、そっちの方が妥当な答えで、私のように、小学生の頃から親友の名前を書く方が珍しいかも知れません。しかし、私は彼のその妥当な答えを聞いてがっかりしたことを覚えています。
「親」という答えを聞くまでは、何となく自分の名前を書いてくれるんじゃないかと思っていたのでした。今思い出してみれば、私の「親」に対する思い入れが希薄で、彼との「友情」の方に異常に肩入れしていたのかも知れないな、と思います。
そんな「彼こそが一生の親友」と思っていたA君とも、お互い中学進学で別れ別れになってからは、結構疎遠になってしまいました。その後、夏休みや冬休みなど、何回か会ったことはあったのですが、あれほど思い入れのあった「友情」が続くことはありませんでした。

青春時代のほろ苦いドタバタ劇

小学校時代、これぞ「親友」と思っていたA君とも別れ別れになり、私立中学に進んだ私は、部活で「柔道部」に入りました。ここで仲良くなったSとは、その後も長く付き合うことになりました。
私が奴の家に行くことはありませんでしたが、奴は私の家によく泊りに来ていました。それも一晩や二晩ではなく、夏休みなどは結構長く逗留したりもしていたのです。
私の実家は、県内でははずれの方にあり結構田舎でした。Sの家は同じ県の反対側にあったので、そう簡単に行き来できる距離ではなかったのです。そんな私たちに限らず、当時は、特に何の疑問もなく、友達の家に寝泊まりしたりしていたような気がします。
部活が一緒、お互い文学少年、好きな女の子の話などもし合う仲で、私は
「こいつこそは一生付き合っていく親友」
と思っていました。その後、付き合いは大学生まで続き、私にとって「親友」といえばSだろうな、と思っていたのです。
しかし、その大学生のときSの決定的な裏切りにあってしまいました。当時、同じ大学の私が付き合っていた彼女に、奴が横恋慕(古い言葉だなあ・・・)し、奪ってしまったのです。
その後、奴とはその彼女の前で、殴り合いの喧嘩といった修羅場まで演じ、決定的に決裂しました。私にとって青春時代のほろ苦いドタバタ劇でした。私は
「あいつだけは、絶対一生許さん!」
と、憎悪の炎に燃えました。


友情を信じていた若い頃

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海江田博士
専門家

海江田博士(税理士)

税理士法人アリエス

税務相談はもちろんのこと、従来の税理士としての職務に留まらず経営者自身で革新できることを目指した支援を続けています。日本経済をしっかりと支えられる強い基盤を持った中小企業への第一歩のお手伝いをします。

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