涼しい顔して「OK」と言えるか―「もったい」をつけないのが男の力量―Ⅱ(おしまい)
思春期の頃の苦い思い出
遠い遠い昔の話になります。私には、ちょっとというか、だいぶ苦いといえる思い出があるのです。
もう60年近く昔の話になりますが、いわゆるお受験をしてせっかく入った中高一貫進学校の勉強について行けず、高校進学時に転校してしまったのです。(一応、中学は卒業しましたが。)つまり、成績不良でその進学校を追い出されたのでした。(まあ、自分から出ていったわけですが・・)
小学校までは、まあまあの優等生だったので、これはかなりショックな出来事でした。よもや成績不良で落第の憂き目に会うようなことが、自分の身に起こるなどとは、夢にも思っていませんでした。しかし、現実にその進学校での成績はビリだったのです。
なんでダメだったんだろう?
それから長い間、『なんで俺はあんなことになったのだろう・・・それほど悪い頭でもなかったはずなのに。なんであんなことに・・・』との思いがずっと拭えずにいたのです。
しかし、なんのことはありません。ダメになった理由は実に簡単でした。そんな学校に入ったにもかかわらず、ほとんど勉強をしなかったからです。
それではあのとき、何故あんなに勉強をしなかったのでしょう・・・今でもわかりません。
もともと勉強が好きではなかった、というのが一番の理由ではあります。とはいえ、周りの雰囲気的にはせざるを得ない状況だったのに、何故かしませんでした。進学校という、勉強だけしていればいいはずの環境に置かれていたにもかかわらず、です。
その証拠に、ほかのほとんどの同級生は、ちゃんと真面目に勉強していました。一方、私は全くと言っていいほどしませんでした。
何故勉強をしなかったのか、二つの要因
当時は下宿していたので、テレビも思うように観ることはできなかったし、今みたいにゲームその他の娯楽などもありませんでした。それでは私は、いったい何をやっていたのか?記憶をたどってみました。
そうしたら、あることに気がつきました。ひたすら読書に没頭していたことに思い至ったのです。当時、やたらと文学作品を読みまくっていました。今思い出してもそれはわかっています。
ここで、何故勉強をしなかったのか、という疑問について、二つの要因が考えられます。鶏と卵みたいな話ですが、それは、読書をしたいから勉強をしなかったのか、勉強をしたくないから読書をしていたのか、ということです。
私はずっと後者だと思っていました。勉強から逃げるために読書に没頭していたのだと。つまり、苦しくて嫌な勉強を逃れるための逃避先として、好きな文学の世界に浸っていたのだと思っていたのです。
ズラリと並ぶ文学全集
おそらく、この分析は間違っていないだろう、と今でも思います。あのとき、そんな逃げ根性がなければ、ちゃんと成績も確保できていて、無事その高校にも進み、その後の大学進学なども、もっとうまくいっていたはずだ、という分析。
『文学にのめり込んでいたのは、勉強から逃げるための方便だった。だからお前はダメな奴だったのだ。』というのが、長い間自分に対する評価でした。ずっとそういう評価を自分に下していたのですが、先日ふとあの頃読んでいた文学書を手に取ってみました。
本棚には、今でも当時読みまくっていた世界文学全集、日本文学全集が並んでいます。その他に個人全集として、日本文学では夏目漱石全集、芥川龍之介全集、太宰治全集などを収集していました。外国文学では、ドストエフスキー全集、トーマス・マン全集、ヘルマン・ヘッセ著作集などがありました。全部合わせると、かなりのボリュームになりますが、私はこのほとんど読破しているのです。
いろんな全集が並んでいます。
一冊一冊が凄まじいボリューム
その中の一冊、ドストエフスキーの「罪と罰」を手に取ってみました。かなりの分厚さです。文字は小さな級数で1頁2段組みになっています。ということは、1頁の文字量は相当なものになります。そしてなんと、この本は700頁を超えていました。
近年発売される書籍で、300頁を超えるものは珍しい方に入るでしょう。また、印刷文字もかなり大きくなっているので、昔に比べて全体の文字数もそれほど多くはない、と思われます。
ドストエフスキー以外の書籍も手に取ってみました。いずれもほぼ400頁は超えていて500頁台のものも珍しくありません。中には900頁を超えるものもありました。そのいずれの文字級数も小さいものでした。
『俺はあの頃、こんなものを読んでいたのか!』と、改めて驚きました。今これを読め、と言われても到底無理だろうと思います。体力的にとても対応できない気がするのです。
中学くらいから芥川龍之介や夏目漱石を読み、高校から浪人中、大学時代にかけてはドストエフスキーやトーマス・マンなどを読んでいました。いずれも純文学で、大衆小説や娯楽小説の類ではありません。しかも、一つ一つのボリュームがすごいのです。
つづく



