目的買い、衝動買い、そしてその中間にあるものは?―大人の男、買い物の楽しみ方を考える―Ⅱ
今日の目次
・今でもはっきりと覚えている記憶
・正直な回答だったんだが・・
・ご、5時間!・・す、すげえ!
・勉強ができる奴には2つのタイプがある
・受験競争の勝者くらいには成れるが
今でもはっきりと覚えている記憶
中学に入学して間もない頃、今でもはっきりと覚えている記憶があります。
田舎の小学校で、まあ割と成績の良かった私は、その田舎の県庁所在地にある中高一貫の進学校を受験しました。そしてラッキーなことに受かったのです。
全国的にもまあ有名な学校だったので、かなりうれしかったことを覚えています。そうして、中学一年生から親とは離れて暮らすことになり、学生寮のようなところに入りました。
さて、その中学校に入学して間もないときのことです。生徒全員にアンケート調査がありました。
アンケートの内容は、生活全般に渡ってのことでした。夕飯は何時くらいに食べるのかとか、テレビは何時間くらい観るのかとか、朝は何時に起きるのか、朝食は取っているかとかいったことだったと記憶しています。
正直な回答だったんだが・・
その中に「家に帰ってから何時間勉強をしているか?」という質問がありました。進学校でしたから、まあ当たり前と言えば当たり前の質問です。
ここで私は「うーん・・・」と考えました。当時、寮生活でしたが、部屋に帰っても勉強なんてほとんどしていなかったからです。
それでもまだ中学一年生。ウソを書くなんてことは思いつきもせず、割と正直に「30分」と書き入れました。
ただ、この質問については少し気になったので、隣にいたK君の回答をそっと覗き見してみたのです。するとそこには、驚愕の数字が書き込まれていました。彼は何と「5時間」と記入していたのです。
あっ!と驚く私の様子が彼にも伝わったのでしょう。そっと覗いたにもかかわらず、私が見ていることがバレてしまい、彼は解答用紙を手で覆うように隠してしまったのでした。
ご、5時間!・・す、すげえ!
しかし、私にはそれで十分でした。『ご、5時間!・・す、すげえ。』驚くと同時に、さっき「30分」と書き込んだ自分を、あれじゃマズいと思い直し、あわてて「2時間」と書き直したのです。もちろん、ウソでした。
それにしても、中一からもう5時間の自宅学習。驚異的な数字であります。夕飯やお風呂以外、寝る時間までひたすら勉強し続けなければとても埋まらない時間数です。
彼は非常にまじめなタイプだったので、ウソを書いたり盛って書いたりしたとは思えません。まあそういう経緯もあって、その後彼は、と言っても6年後のことですが、やはりというか当然というか東大に受かりました。
一方、実は30分しか勉強していなかった私。(本当は30分もしていたかどうか怪しいのですが・・)これまた当然のように、その進学校からははじき出されてしまいました。
まあ、これは至極当たり前の話ではあります。ひたすらみんなが、勉強をするためだけの目的で入学した進学校で、まるで勉強しなければ落ちこぼれるのは必然の結果でした。
勉強ができる奴には2つのタイプがある
今、あの当時のことを振り返って思います。それは、いわゆる「勉強ができる」というのには2種類あるのではないかということです。
もともと相当頭が良くて、それほど長時間勉強などしなくてもある程度の成績が確保できる奴。5時間の彼のように、ひたすら勉強することで良い成績を取りに行く奴。
当然、前者の数はそれほど多くはありません。同学年の中にも天才的に頭のいい奴がいて、勉強以外のことをワアワアやっていながら、最後にはちゃんと東大に受かっていました。
この地頭が極端にいい奴というのを別にして、後者のコツコツと勉強することができる、というタイプが多数派で、私みたいのはまた少数派でした。今回、このコツコツタイプについて考えてみたいのです。
受験競争の勝者くらいには成れるが
あの学校における大半の学生は、後者のコツコツタイプ、「5時間君」的優等生だったのではないか、と思います。その彼らについて考えてみました。
中学生の頃からあんな長時間の勉強に耐えられるというのは、私には一種の「才能」というか持って生まれた資質としか思えません。「耐える」と書きましたが、これは私なりの言い回しであって、彼らには耐えている、などという意識すらなかったのではないでしょうか。
今でもときどき思います。『俺にも、あの長時間勉強に耐えることのできる才能が少しでもあったならば・・・」と。
おそらく、仮に地頭がそこまで良くなくても、一日5時間の勉強ができる才能があったならば、受験競争の勝者くらいにはなれるでしょう。(社会人になったら、それだけでは足りませんが・・)俺にはそれがなかったなあ・・
勉強すりゃあよかったんですけどね
つづく