常識破りの功罪Ⅲ
まず、「どん底から這い上がった」的な話を講演とか勉強会に期待するのはやめた方がいい。
私も別にその手の人生ドラマが嫌いなわけではありませんが、それは個人的に話を聞くなり、そういった本を読めばいいことです。
「浪花節」が好きかどうかはあくまでも個人的な好みの問題です。
昨今、TVでも「泣ける話」とか「泣ける歌」とかいわゆる「感動」が大安売りですが、日本人はいつからそんな規格品の「感動」を欲しがるようになったのえでしょう。
感動は「どうです、いい話でしょう? 感動するでしょう?」と押しつけられるものではないと私は思います。
逆もまたしかりで、感動する話はわざわざ「聞きたい、教えて欲しい」と意図的に求めるものでもないでしょう。
「感動」は普通もっと個人的なもので、なおかつたくまずして、じわっと人の心に刻まれるものだろう、と私は思っています。
次に、マーケティングには多少の誤解があるようです。
その第1は、マーケティングは金がかかる。というもの。
第2はマーケティングって大企業のものでしょう? というものです。
マーケティングの手法には金のかかるものもあれば、金をかけない方法もあります。
そもそも金の多寡をいきなりマーケティングに取組む基準に持ち込むのは間違っています。
まず自らの事業にマーケティングの必要性の判断を下し、予算があればかければいいし、無ければそれなりの工夫をすればいいのです。
「金が無いから関係ない」というスタンスではいつまで経っても前に進めません。
この日私は、大企業のエピソードをチラッと、大半は地元企業を含めて中小零細企業のマーケティング成功事例を取り上げました。
1社はそれこそギリギリの線から起死回生の賭けでありました。
これまで、確かに多くのマーケティングの解説本は大企業向けの手法を中心に書かれてきました。
それは私も認めるところです。
だからこそ、私自身は草の根的な活動を展開してきているのです。
私の事務所のHPを見ていただければ、地域の税理士として、「中小企業向けマーケティング」を得意分野とした経営支援にいかに取り組んでいるか、分かっていただけると思います。
それから、これは大事なことなのだが、マーケティングは最終的にお金のリスクをヘッジするものだと考えてもらいたいのです。
例えば新しい事業なり、新しい商品開発なりに取り組むとしましょう。
マーケティング的なアプローチをしようがしまいが、どこかで必ずリスクを取ってでも設備投資なり、資金投入をしなければならない局面は出てきます。
勝負どころです。覚悟が必要な場面です。
その時その投入資金が無駄に終わらないように、事前に十分検討を加えるのがマーケティングである、と私は思っています。
そもそも私の本業は税理士です。
日々クライアント企業と接触する中で、現在いかに資金繰りで悩んでいるかは身をもって知っています。
金のかかるマーケティングの提案などできるはずもありません。
逆にマーケティング的なアプローチも全くなしに新規事業なり新商品開発に突入していくのは危険極まりない、というアドバイスこそ良心的であると信じています。
つづく