履歴書の「性別」「年齢」「顔写真」取りやめに賛同の声が続々。企業の採用活動は大きな転換期を迎える?
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履歴書から、性別や顔写真などの表記をなくすことを求める運動が広がっています。
心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人たちが就職活動で不利益を被っているとして、NPO法人POSSEは、性別欄の撤廃を求める約1万人分の署名を経済産業省に提出。これを受けて、日本規格協会は2020年7月、性別や年齢、顔写真の欄があるJIS規格の履歴書様式例を削除。文具メーカーのコクヨは、性別欄のない履歴書を発売する方針を発表しています。
また、ネット上では「年齢も顔写真もいらない」といった意見に多くの賛同の声が集まっており、ツイッターでは「履歴書の写真」というワードがトレンド入りするほどに。従来の履歴書の様式が見直される動きの中、企業の採用活動は大きな転換期を迎えようとしています。日本の採用活動における履歴書の現状と課題、そして今後の展望について、社会保険労務士の増尾倫能さんに聞きました。
性別や容姿などによる「無意識の偏見」を排除するためには、選考の「仕組み」から変えることが必要。これからの時代は、多様性の促進こそが組織力向上のカギになる
Q:履歴書の様式変更を求める動きが広がっています。従来型の就職活動において、どのような問題が提起されていたのでしょうか?
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従来型の履歴書は、性別、年齢、写真などの記入欄があり、これらの項目は書類選考時の就職差別につながるといわれてきました。
まず、性別を採用の判断に用いることは男女雇用機会均等法で禁じられていますが、性別が採用に影響するケースは少なくありません。かつて、大学医学部の入試で「女性は結婚や出産で職場を離れるから」という理由で、女性の合格者数を抑えていた問題が報じられましたが、採用現場でも同じ構造上の問題が起こっています。
そして、男女の採用差別だけでなく、トランスジェンダーの人が履歴書や面接を通じてカミングアウトを余儀なくされるといった深刻な問題が生じています。
顔写真の添付は、病気やケガなどで外見にハンディキャップのある人にとって心理的負担が大きく、企業への応募を断念することもあり、職業生活が限られてしまうという問題があります。また、外見の症状に限らず、顔写真から刷り込まれた印象により、能力や適性が正確に判断されない可能性も指摘されています。
海外では公正な選考を行うため、国籍や性別、年齢、顔写真などの提出が不要なケースも多く、法律で禁止されている国もあります。
Q:日本の採用現場の現状は? 実際のところ、履歴書に顔写真や性別などの記載を撤廃する企業は増えているのでしょうか?
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一例として、ユニリーバ・ジャパンでは、個人の能力を重要視した採用を行うために、性別や下の名前の表記、顔写真添付などの撤廃を表明しています。ただ、国内全体でみると、同様の表明をしている企業はまだ少ない印象です。
一方、多くの求職者のプラットフォームとなる就職情報サイトでは、性別の登録に関する選択肢が増えています。今までは「男」「女」の2択だったのが、「その他」「回答しない」など項目を追加する動きが広がっています。
サイトにより異なりますが、個人情報の登録に関しても「性別の登録自体が不要」「性別の登録は必要だけれど企業への公表は任意」といった配慮があり、LGBTに対する理解が進んできていると感じます。
Q:現状、企業によっては「履歴書から性別や年齢、顔写真を外すのは難しい」という声もあると思いますが、どんな課題が挙がっているのでしょうか?
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性別や年齢に関しては「性別や年齢がわからないと、女性社員の妊娠等が想定できなくなる」「長く勤務してほしいから若い人を採用したい」といった相談は実際に多く寄せられます。業種によっては、トイレや更衣室など設備面の問題も挙がります。また、顔写真は、履歴書のなかで唯一視覚に訴える情報とあって、注視されがちなのが現状です。
このように、履歴書の様式が変わることで「情報がなくなることのデメリット」を不安視する声は、採用現場に根強く残っていると感じます。なかには、先に挙げた就職情報サイトでエントリーを通過した求職者に対し、面接時に改めて履歴書を持参・郵送するよう求めるケースもあり、今後の意識改革が望まれるところです。
ただし、従来型の履歴書が使用される理由は、企業側の要請だけとは限りません。「特に様式を問わずとも、求職者が従来型の履歴書を送付してきてくれるから」という声も実は多く、規格を変える意義は大いにあると考えられます。
Q:今後、履歴書の様式を見直す動きが広がった場合、社会にどのような影響があると考えられますか?
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求職者が、性別や外見などを理由に書類選考で落とされなくなるのは大きな一歩です。履歴書の項目が心理的負担になっていた人は、仕事選びの幅が広がり、すべての人が安心して活躍できる社会の実現につながります。
「差別」「偏見」と聞くと、「自分はそんなことをしない」と思うかもしれません。ですが、人間には「無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)」があるといわれており、性別や顔写真といった情報があると、誰でも無意識下で先入観が働き、相手のイメージを固めてしまいます。だからこそ、選考の「仕組み」から変えることが大切です。
履歴書や応募フォームなど、身近な制度が変わることは、社会に「気付き」をもたらします。「身近なところで、誰かが辛い思いをしているかもしれない」と想像する人が増え、ハンディキャップのある人やLGBTの人に対する配慮を考えるきっかけになります。
かつて当たり前だったオフィス内の喫煙風景が、今は消えてしまったように、履歴書の問題から大きなムーブメントが起これば、社会全体の意識も一気に変わると期待します。
Q:これからの採用活動において、企業側が大切にすべきことは?
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先に述べた通り、私たちは誰もが「無意識の偏見」を持っていることに気付く必要があります。採用担当者が書類上で印象を判断し、求職者が本来得られるべきチャンスを奪うようなことがあってはなりません。また、企業側も属性のイメージに左右され、優れた人材確保の機会を逃すことがないよう、書類選考方法の見直しは喫緊の課題です。
企業は、採用方針において差別を行わないことを表明し、面接の過程でも、ハンディキャップのある人やLGBTの人が安心して臨めるように配慮することが大切です。面接官となる社員には、研修・勉強会などを通じて、知識の共有をする必要があります。これからは間違いなく、多様性を尊重した企業が選ばれる時代が来ます。
日本の1人あたり名目GDPの推移は20年以上横ばい状態が続いており、国際競争力を高めるためにも、ダイバーシティ推進の取り組みは不可欠です。特に、ミレニアル世代とよばれる若い人たちは、人権や環境に対する意識に敏感といわれています。企業が公平な姿勢を示すことの重要性は言うまでもありません。
多様性は組織を強くします。「鉄」は単体だと錆びやすいですが、そこに「クロム」という別の金属を混ぜることで「ステンレス」となり、錆びにくく加工しやすい性質を身につけます。つまり「混ぜると強くなる」のです。
組織も同じで、企業内に幅広い人材がいると環境変化に対応しやすくなります。年齢や性別、国籍といった属性が異なる人々が混ざることで、ビジネスに新しい視点がもたらされ、組織の活性化につながるのです。
社会の意識が大きく変わろうとする中、採用の方法も改めて見直す時期が来ています。すべての人が持てる力を発揮するために、企業が率先して平等な職場環境の実現に取り組むことが待ち望まれています。
人事労務の悩みに対応し中小企業を支援するプロ
増尾倫能さん(社会保険労務士法人 協心)
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