中国より遅れる日本のスマホ決済事情。背景は?今後どうなる?
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スマホの普及率の高まりとともに注目が高まるスマホ決済
2007年に米国でiPhoneが発売されてから昨年までの10年間で、AndroidをOSとした端末を含めたスマートフォン(以下スマホ)は急速に社会に普及しました。総務省の「通信利用動向調査」によると、日本におけるスマホの個人保有率は、2011年の14.6%から、5年後の2016年には56.8%と4倍増になり、過半数の人がスマホを所有している状況です。年代別の保有率を見ると、20代30代では90%を超え、40代が約80%、50代が約70%という高い保有状況を示しています。
スマホの機能を従来のガラケーと比べると、電話とメールが出来ることに加えて、インターネットに接続していることで、ダウンロードしたアプリで情報検索、買い物、各種手続きなどが簡単に出来るメリットがあります。そうした多くの機能の中で、特に最近進化が著しい分野は、決済に関わる機能です。
Androidスマホには以前から日本独自の「おサイフケータイ」機能がありましたが、国内で圧倒的シェアを持つiPhoneに2016年10月からApple Pay機能が加わったことで、一気にスマホ決済機能が脚光を浴びるようになりました。
「おサイフケータイ」もApple PayもFeliCaチップを利用した近接通信方式による決済方法ですが、最近では、FeliCaチップを使用せずにQRコードを読み取ることで決済を行う方法に力を入れる動きが加速しています。大手金融機関であるゆうちょ銀行も来年からQRコード決済の導入が予定されています。
その他、スマホの決済機能と言った場合には、アプリを通じて遠隔での支払や送金を行うことも含まれます。
参考:QR決済の規格統一、年内にも行動指針 経産省
(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31436120W8A600C1EE8000)
現状では日本のスマホ決済利用率は低い
スマホで支払いを行うことで、現金の受け渡しが不要になるため、スマホ決済の普及によって、キャッシュレス社会実現を加速することになります。では実際に、スマホ決済の利用状況はどのようになっているのでしょうか。
その前に、スマホ決済=電子マネー利用ではないということに気を付ける必要があります。Suicaに代表される電子マネーはICチップ付きのプラスチックカードからスタートして、既に高い利用実績があります。
2017年に調査会社のマクロミルが行った全国の20~69歳の男女1000人を対象とした調査では、電子マネーの利用率は60.9%となっています。東京など交通網が発達している都市では、SuicaやPASMOなどの交通系ICカードを使用して電車やバスに乗降する人がほとんどなので、電子マネーの利用率が全国的に見て6割という数値は不思議ではありません。したがって、同じ電子マネーでもICカードではなくスマホアプリで利用していることが、スマホ決済に該当します。
以上のことを踏まえたうえで、店頭でのスマホ決済利用率はどれくらいかというと、日本銀行が2017年に発表した調査レポート「モバイル決済の現状と課題」によると、わずか6%に留まっています。
では、日本以外の国におけるスマホ決済の利用状況はどのようになっているのでしょうか。2017年フランスの調査会社イプソスが23カ国・地域の消費者1万8000人を対象に実施したスマホ決済に関する調査で、「すぐに使えるモバイル決済ツールを持っている」と回答した割合は、中国が77%で1位、インドが76%で続き、韓国は64%でした。米国とドイツは48%、日本は調査対象中最低の27%でした。
日本の場合、27%の人がアプリはダウンロードしているけれど、実際に使う人は6%(前掲の日銀の調査データ)に留まるということになります。
世界トップクラスで現金決済が好きな日本人
日本でスマホ決済の利用率が低い状況を説明しようとすると、「日本人は現金主義だから」という理由が必ず出てきます。たしかに、日銀は2017年の調査レポート「BIS決済統計からみた日本のリテール・大口資金決済システムの特徴」の中で、国際決済銀行(BIS)に加盟している主要な18の国と地域の中で、日本の現金流通量が突出して多いことを指摘しています。
比較は、名目GDPに対する現金流通残高の比率を用いていますが、ユーロ圏10.6%、米国7.9%、英国3.7%となっている中、日本は19.4%で1位です。この19.4%という数値は、最も低いスウェーデンの約11倍に相当します。
また、日本の現金流通残高において一万円札の占める割合が圧倒的に高いという特徴があります。最高額面券である一万円札の流通残高は、名目GDP対比で17%、流通現金全体の88%に達しており、共に調査対象国の中で最も高い数値です。
日本の代表的なキャッシュレス決済手段3種の状況
日本人の現金好きは分かりましたが、現金以外の決済(キャッシュレス決済)手段が複数取り揃えられているのも事実です。そこで、それぞれの手段の特徴について、各種調査の結果を踏まえて見てみましょう。
(1)電子マネー
ICOCAをはじめとする交通系ICカードを中心に保有率が高く、利用総額は諸外国の中で最も多く、対名目GDP比率で見てもイタリアに次いで2位の高さです。
この原因は、交通機関の乗降にICカードが広く普及していることと、電子マネーの利用でポイントが付加されることで、消費者の利用動機を高めていることにあります。
(2)クレジットカード
日本クレジット協会の調査による、平均保有枚数は約3枚で、実際に支払時に利用する割合は15%に留まり、月の平均利用額は約6万円です。各国との比較では、持っているカードの枚数は多い割に、利用額が少ないという特徴があります。
(3)デビットカード
平均保有枚数は3枚を超えていますが、支払時の利用率は1%前後と非常に低い状況です。枚数を多く持っているのに使っていない原因は、J-Debitにあります。
クレジットカード会社が発行するデビットカードを持っていなくても、J-Debitにより銀行のキャッシュカードにデビットカード機能が付加されていることを本人が知らずにいることが多いからです。したがって、保有率という意味では、日本の場合90%程度になっていても不思議ではありません。
伸びてはいるものの外国に比べキャッシュレス決済比率が低い日本
主に上記3つの手段を活用した日本の現在のキャッシュレス決済比率は、2017年に経済産業省が発表した報告書「キャッシュレスの現状と推進」によれば、2015年時点で18%となっています。2008年が11.9%だったので、過去10年間で約50%キャッシュレス決済比率が伸びたことになります。
しかし、中国55%、韓国54%、米国41%という数値と比較すると、日本のキャッシュレス決済の利用状況は低調ということになります。
そこで政府は、2025年までにキャッシュレス決済比率を現状の2倍に引き上げて40%にする目標を掲げていますが、キャッシュレス化が進行している国では、現時点で40%を超えているうえ、今後一層その比率が高まっていくはずですから、各国と日本との格差が埋まる可能性は低そうです。
キャッシュレス化を進めるべき理由
ここまでの話をまとめると、世界ではキャッシュレス化が既に進んでいるが、日本は現金主義が相変わらず強く、フィンテックを活用した社会づくりが遅れているということになります。しかし、こうした現状をふまえ「いつもニコニコ現金払いで、なにが悪いのだ!」という反論があるかもしれません。
経産省が掲げるキャッシュレス・ビジョン
そこで、キャッシュレス化を進める意味について触れておきます。これについては、2018年に経済産業省が発表した「キャッシュレス・ビジョン」という報告書から文言をそのまま引用するのが簡潔で分かりやすいでしょう。
(以下引用)
今後我が国は、少子高齢化や人口減少に伴う労働者人口減少の時代を迎え、国の生産性向上は喫緊の課題といえる。キャッシュレス推進は、実店舗等の無人化省力化、不透明な現金資産の見える化、流動性向上と、不透明な現金流通の抑止による税収向上につながると共に、さらには支払データの利活用による消費の利便性向上や消費の活性化等、国力強化につながる様々なメリットが期待される。 (引用終わり)
参照:経済産業省キャッシュレス・ビジョン
(http://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180411001/20180411001-1.pdf)
まず言えることは、現金を流通させて支払手段として使用すると、いろいろコストがかかるということです。国が古くなった紙幣や硬貨を回収し、新たな貨幣を製造することには、当然コストがかかります。造幣局は現在独立行政法人になっていますが、年間360億円程度の費用がかかっています。
「現金を取り扱う」というのはコストがかかるということ
この金額はそれほど大きくないかもしれませんが、銀行口座から現金を出し入れするためにATMが不可欠です。全国銀行協会によると、2016年9月時点で全国に約13万7千台のATMがある他、セブン銀行などのコンビニ設置のATMまで含めるとおおよそ20万台が稼働しています。このATMの維持管理コストが年間で約7600億円、さらに現金輸送や現金取扱事務の人件費などを考慮すると、日本の金融業界全体で年間2兆円にのぼる現金取り扱いコストがかかっているという試算があります。(2017/12/24日経電子版「現金大国日本に重いコスト ATM維持に年2兆円」)
さらに、2018年に野村総研が発表した「キャッシュレス化推進に向けた国内外の現状認識」によると、現金を日々取り扱う小売流通業やサービス業におけるレジの現金残高確認作業の時間がレジ1店舗あたり平均で153分、その他釣り銭の両替や売上の口座入金などの付帯業務に1店舗あたり平均32分の時間がかかることが報告されています。トータルで売上高に占める現金関連作業コストの割合は、従業員規模が小さいほど大きくなる傾向があり、50人未満の企業では0.51%になります。
0.51%を大きいと小さいと見るかは考え方によるでしょう。クレジットカードの手数料が約3%かかることに比べると、0.51%は小さいと見る人もいるでしょうし、人手不足が深刻化する状況では、業務の合理化をして人件費負担を減らすことの優先順位が高いと考えれば、キャッシュレス化の推進は投資ということになります。
観光立国を目指すうえでキャッシュレス化は不可避
さらに最近では、増加する一方の訪日外国人の中には、自国でキャッシュレス決済に慣れた人たちが大勢います。そうした外国人からすると、日本ではクレジットカードや電子マネーの取り扱いをしていない店が多く、「不便だ」とか「遅れている」といった声が出るのは当然です。そこで、日本の現金主義を訪日外国人に押し付けることは、インバウンド需要の刈り取りにとってマイナスだという判断が働いて、2020年の東京五輪に向けてキャッシュレス化の推進が叫ばれているのです。
スマホ決済はキャッシュレス決済の一部に過ぎない
さて、ここで一度、ここまでの話を整理しておきます。「スマホ決済」という言葉から入ってきましたが、より上位の概念として「キャッシュレス決済」があります。キャッシュレス決済には、いくつかの手段があり、主だったところをあげると、電子マネー、クレジットカード、デビットカードがあります。
つまり、スマホ決済とは、キャッシュレス決済の手段ではなく、どのデバイスを使ってキャッシュレス決済を行うかを考えるときの選択肢の一つに過ぎません。例えば、電子マネーをプリペイド型のICチップ入りプラスチックカードで使うのか、パソコンでクレジットカードを使って買い物をするのか、スマホを使ってデビットカードと紐付けしたポストペイ型の電子マネーで支払うのかという違いです。
そこで、問題を適切に切り分ける必要があります。冒頭述べたとおり日本ではスマホ決済の利用率が6%と低い状況ですが、それ以前にキャッシュレス決済自体の利用率も低いのです。ただし、より厳密に見ると、日本は電子マネーに限っては保有率や利用率は高いにもかかわらず、スマホで電子マネーを利用する割合が低い状況があります。
ですから、「なぜキャッシュレス化が進まないか」という話と「なぜスマホをキャッシュレス決済のデバイスとして利用しないのか」という話は、分けて考える必要があるのです。
そこで次に、キャッシュレス決済とスマホ決済の利用率がともに高い中国の状況を見ながら、この2つのテーマを考えていきます。
スマホ決済大国である中国の状況
2017年に博報堂が発表した「アジア14都市生活者のスマートフォンの保有とeコマースの利用」によると、中国の大都市ではスマホの保有率が極めて高いことが分かります。その結果は、香港99.5%、広州99.4%、北京98.9%、上海97.9%です。一方、東京は87.9%です。中国は都市部と農村部の格差が大きいと言われているので、中国全体でスマホの保有率が9割を超えていることはないでしょうが、それにしても都市部のスマホ保有率は、ほぼ100%に近い状況です。
ウィーチャットペイ(微信支付)とアリペイ(支付宝)の圧倒的な普及
中国では、スマホを使った電子決済サービスで支払いをするのが普通になっていますが、電子決済サービス事業者は2つ絞られます。ウィーチャットペイ(微信支付)とアリペイ(支付宝)の2つです。
日本を訪問する中国人が増加しているために、中国人がよく訪れるデパートや店舗に銀聯カードのラベルが貼られているのを目にしたことがあるはずです。そのため、中国人のキャッシュレス決済のメインツールが銀聯カードだと思っている人が多いのですが、確かに一昔前まで中国人は現金か銀聯カードを使っていたものの、デビットカードであるにも関わらず与信管理が厳しい銀聯カードは幅広い層に普及しませんでした。
その代わりに、アリペイとウィーチャットペイのQRコード決済が中国における支払手段の主流になったのです。しかし、日本ではウィーチャットペイとアリペイによる支払に対応している店が、デパートや量販店やコンビニのごく一部に限られているため、日本に来た中国人は「日本は支払いが現金メインで面倒臭い」「キャッシュレス決済ができる店が少ないなんて、日本は遅れている」という感想持つことがあるようです。
いま中国では、公共料金、ホテル代、飛行機・鉄道・タクシーなどの運賃、病院の診察代、レストランや映画館の支払い、年金の受け取り、ローン返済、お年玉、慶弔金の送付など、この2つのスマホ決済をあらゆる場面で利用していて、使えない支払はほとんどない状況です。
中国の調査会社易観の発表によると、2017年時点で利用者数は両方使う人を含めて、ウィーチャットペイが約8億3千万人、アリペイが約4億人となっています。スマホ決済額の方も増加する一方で、日本円で年間600兆円になると言われています。
QRコードを使った簡単な決済が魅力
このように爆発的に普及が進んだ理由はいくつかあるでしょうが、その一つは使い方が簡単なことです。デパートやコンビニなどでは、会計時に店側がレジに表示したQRコードを自分のスマホで読み取るだけで済みます。屋台や個人商店などでは、店が張り出しているQRコードがあるので、それをスマホで読み取り、金額をスマホに入力することで決済が完了します。
この中国でのQRコード決済にはいくつか利点があります。一つ目は、お客にも店側も小規模であれば双方に手数料が発生しないこと。二つ目は、クレジットカードのCATやFeliCaチップをかざす電子マネーリーダーのような端末が必要ないこと。そして、決済はデビットカードのように支払者の口座から即時に引き落とされ、店側の口座に入金になるのでお互いお金の流れがリアルタイムで分かりやすいことです。
このように生活の隅々にまでスマホ決済が浸透した結果、誰も現金を持ち歩かなくなったので、上海の路上生活者ですらQRコードを首からぶら下げているという嘘か誠か分からない話すらあります。
中国でスマホ決済が急速に普及した理由
中国でスマホ決済が普及している2つの前提
QRコード決済の利便性は高いかもしれませんが、中国でここまでスマホ決済が普及した理由はそれだけではありません。また、スマホ決済のインフラ整備の現状だけを見て「中国の方が進んでいる」とか「日本は遅れている」と考えるのは短絡的に過ぎます。
なぜ中国で、ここまでスマホ決済が普及しているのか、その前提にこそ目を向けるべきでしょう。
1.現金受け取りは偽札も多くリスクがある社会
一つ目の前提は、日本とは異なり中国では偽札が多いために現金の受け取りはリスクが大きいことです。そのため、店側は偽札チェッカーで全て紙幣を検査する手間があります。また、券売機や自販機では、偽札を避けるために高額紙幣を受け付けないため小額紙幣や小銭を常に用意しておかないと不便です。
ところが、現実には一元玉や一元札などの少額貨幣の流通量が常に少ないため、店側も慢性的な釣り銭不足に悩まされている状況がありました。
日本のように、自販機でも券売機でも1万円札が使えて、店での支払時に釣り銭不足から1円を足すように頼まれることもなく、偽札を掴まされる可能性が低い国では、現金払いで何の不自由もないのは当然です。
中国人も、本来はそういう国であることを望むでしょうが、実際にはキャッシュレスという手段を選択せざるを得なかったところがあるのです。
2.リープフロッグ現象によりスマホが社会インフラになっている
二つ目の前提は、中国の特に都市部におけるスマホ保有率が高い現状を見て、「日本よりIT化が進んでいる」「先進的だ」と思うかもしれませんが、これは経済学の用語でリープフロッグ現象が起きているだけです。
リープフロッグ現象とは、直訳すると「カエル跳び」ですが英語の「馬跳び」のことで、新興国が技術的に先進国に追いつく際に、通常の段階的進化を踏むこと無く、途中の段階を飛び越して一気に最先端の技術に到達してしまうことを意味します。
中国や東南アジア、アフリカなどでは、電話回線や光ファイバーといった従来のインフラが整う前に小型衛星によるインターネットやスマートフォンが普及したため、モバイル向けサービスが急速に展開したのです。
中国だけではなく、アフリカのケニア共和国もリープフロッグ現象によって、モバイルによるキャッシュレス決済が普及していることで有名です。「M-PESA(エム・ペサ)」という決済サービスを国民の70%が利用し、決済額は年間5兆円以上で、GDPの40%以上がM-PESAを介して取引されていると言われています。
話を中国に戻すと、これまであまりにも不便だらけで、あらゆる面で遅れていたからこそ、ここまでスマホ決済が発達したのです。既存のインフラが存在しないか不十分だったからこそ、新しいサービスが新規に普及するハードルが低くなり、その便利さと相まって爆発的に広まったと考えるべきです。
行政からの知らせもウィーチャットで送られてくる状況では、スマホを駆使しなければ生きていけないわけで、中国人にとってスマホは、単なる情報端末ではなく社会のインフラそのものと言えます。
選択肢を増やすだけでは進まない日本のキャッシュレス化とスマホ決済
スマホ決済をしない理由を考察してみる
このように中国の状況を見てくると、日本でスマホ決済の利用率が伸び悩む理由が分かります。既出の日本銀行による「モバイル決済の現状と課題」の中で、「スマホを読み取り機にタッチして支払いをする機能を使わない」と回答した人の理由は、1位「セキュリティ・紛失時など安全性に不安がある」、2位「クレジットカードなど、他の決済手段の方が使い勝手がよい」、3位「支払は現金でしたい」となっています。ただし、この理由は額面通りに受け取るわけにはいきません。
「セキュリティ・紛失時など安全性に不安がある」のは、例えばSuicaの場合ICカードでもモバイルでも同じことです。どちらのデバイスであっても、紛失届を出して停止をかければ、利用停止をすることが可能です。
また、紛失時にスマホだけではなく、Suicaなどのモバイル電子マネーも同時に紛失するのはダメージが大きいから、ICカードのまま使用してリスク分散をしているという考えには一定の理はあります。しかし、そのICカードを財布に入れているのであれば、今度は財布を紛失したときのダメージが大きくなるので、トータルでリスクが減少しているとは言えません。
「クレジットカードなど、他の決済手段の方が使い勝手がよい」には、同意するところが多いです。確かに、スマホのアプリをダウンロードして必要な情報を設定する。そして、機種変更時には、その設定を改めてやり直す必要があることは間違いなく、手持ちのクレジットカードを差し出すだけの方が手間はないでしょう。
国家が安定していて通貨管理がしっかりしているドイツでも現金決済が主流
「支払いは現金でしたい」と言えるのは、日本が恵まれているからであることは既述のとおりです。日本以外の国でも、ドイツは日本に似て現金決済が主流です。電子マネーは日本より利用率が低く、クレジットカードの利用率は日本並みで、デビットカードだけは日本より利用率が高い状況です。おそらく、ドイツも国家が安定していて、通貨の管理がしっかりしているため現金の使い勝手がよい点、日本と共通点があると考えられます。
つまり、日本は既存のインフラが整備されているので、新たなサービスに移行するにあたって、手続きが極めて簡単で、得られるベネフィットが分かりやすく大きいというお膳立てをしないと難しいのです。
中国は現金決済が逆に不便という実情がある
中国の場合、スマホ決済の方法は、ウィーチャットペイとアリペイの2つしかなく、どちらかを利用するかという悩みはありません。むしろ、それを使わなければ普通の生活ができないデメリットの方が大きいのです。
日本の場合、既存のインフラを乗り越えようと、あの手この手で事業が立ち上がることで、キャッシュレス決済もスマホ決済もあまりにも多くの選択肢が存在しています。ユーザーにしてみると、既存のインフラを不満なく利用している状況下で、新たなサービスの中から適切な選択をするための思考負荷が大きく、結局「面倒臭いからこれまで通りでいい」という保守的な態度をとることが多くなります。
したがって、現在スマホ決済の主流であるFeliCaチップをかざす方法の普及も不十分な状況で、QRコード決済という別の選択肢を用意しても、スマホ決済の普及に弾みがつくことは難しいでしょう。
行政や業界サイドが、今後スマホ決済利用を促進していこうとするなら、圧倒的なベネフットを提供したり、他国の事例が日本にも適用できると単純考えたりするのではなく、もっとユーザーの現実的な心理状況に思いを巡らせて障害を取り除く努力が必要でしょう。
キャッシュレス社会実現に大切なマネー・リテラシー
最後に、キャッシュレス社会実現のために重要な点について触れておきます。
キャッシュレス化によりバーチャルの金銭管理スキルが求められる
技術的により「楽に」「簡単に」という努力も必要ですが、消費者側のマインドが変わらなければ、短期間に大きな進展は起きないでしょう。なぜなら、キャッシュレス化するということは、お金を現物で管理するのではなく、バーチャルで管理する能力が求められからです。
このバーチャルでお金を管理する能力は、マネー・リテラシーを高めるために必須の要素です。たしかに、目に見える形で現金を数え、支払いにタイムラグがないキャシュ・オン・デリバリーで常に消費活動をしていれば、お金の管理は楽です。しかし、それでは小学生のお小遣い帳レベルから進歩がないとも言えます。
ビジネスの世界では、「数字に強い」ことが高いパフォーマンスを発揮するために求められますが、「数字に強い」人は、お金もバーチャルに扱えます。実際のところ、企業活動におけるお金の動きはバーチャルなものです。それは、日銭を稼ぐ種類のビジネスであっても基本的には変わりません。
売掛、買掛の発生によって現在の資金残高が全て使ってよいお金にはなりませんし、減価償却や借入金返済の発生によって、儲け=資金残高にはなりません。
日本人はバーチャルの金銭管理が苦手な人が多い?
多くの調査で、クレジットカードを好まない理由の1位として、「手元に現金がないのに買い物ができるので、使いすぎてしまうのが怖い」があげられています。この結果が意味することは、お金をバーチャルに扱う能力に欠けている日本人が多いということです。
しかし仕事では、仕入でも経費でも、代引きで現金支払いすることは、ほとんどないはずです。だからと言って、手元に現金がないので気が大きくなって、無駄な仕入をたくさんしたとか、無駄な経費を使いまくる人もいません。
目の前に現金がなくても、必要性や資金繰りを考えてお金を使うことが出来ているはずです。事業において多額の資金をバーチャルに使えるのに、それよりはるかに少額な家計やお小遣いの管理をバーチャルに出来ないはずがありません。
それでもバーチャルなお金の管理に不安があるという方で、しかも家計を配偶者に任せて小遣いもらっている方は、先ず自ら家計を管理することでマネー・リテラシーを高める努力をしてみてはいかがでしょうか。
結論として、日本で一気にキャッシュレス化やスマホ決済普及が進むのは難しい
国は、キャッシュレス化やスマホ決済を促進していく方針を強く打ち出しています。表向きは、生産性向上、人手不足対策、税徴収の効率化、インバウンド対応などが、その理由として語られていますが、主に行政や企業サイドにおけるベネフィットの方が大きいのです。
消費者側としては、現金決済で大きな不満を抱えていないにも関わらず、キャッシュレス決済やスマホ決済を勧められても、使えるお金が増えるわけではないので、大きな誘因が働きません。
韓国がクレジットカード大国である3つの理由
実は、韓国は世界一と言ってもよいくらいのクレジットカード大国です。クレジットカードでの決済比率や使用回数などの指標で世界トップクラスの水準を示しています。韓国でこれほどまでにクレジットカードが使用されているのには、当然理由があります。それは以下の3つです。
- 1.30万円を上限に、カード年間利用額の20%の所得控除ができる
- 2.1,000円以上のカード利用で、当選金1億8千万円の宝くじに参加できる
- 3.年商240万円以上のショップは、カード取扱店を義務化
見て分かるとおり、1番目と2番目の理由は消費者側に大きなベネフィットを与えていて、3番目の理由は企業側に反対にペナルティを与えています。
なぜ、このような思い切った施策が国に よって打たれたかというと、韓国は、1997年にIMF(国際通貨基金)の管理下に置かれ、事実上経済破綻」した国だからです。そして、倒産国家となった韓国が採用した復活戦略が、クレジットカードによる消費の促進だったわけです。それまで韓国では、クレジットカードを利用する文化はありませんでした。平常時に、国がクレジットカード利用促進を考えても、これだけ大きな特典が無ければ、韓国国民はクレジットカード」を利用しなかったでしょう。
このように、中国においてスマホ決済の利用率が高い状況にも韓国においてクレジットカードの利用率が高い状況にも特殊な事情があって実現されていることなのです。
日本ではどういう形でキャッシュレス決済が進むかはまだ予想しづらい
したがって、今後日本においては、時間の経過とともにキャッシュレス化やスマホ決済の比率が少しずつ高まっていくことは間違いないでしょうが、世界一のキャッシュレス大国やスマホ決済大国になる可能性は、よほどの危機や大きなベネフィットの提供がない限り低いと考えます。
また、電子マネー、クレジットカード、デビットカードなどのうち、どれが主流になっていくかについては、それぞれの手段毎に今後消費者へどのようなベネフィットを追加で提供できるかによって変わってくる可能性が高く、現時点では見通しが立てづらい状況です。
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