ネガティヴな言葉を言いかえる練習をしてみませんか? ①
今回のネガティブ言葉歩リフレイミングは
「空気の読めない奴」
「空気」なんて読めない奴いるの?「くうき」って読むに決まっているでしょ!と言う人もいれば
「空気」をどうやって読むんだ?「空気」に何か書いてあるのか??と思われる方も居るかもしれません。
たぶんどちらの方も「空気」が読めていないかも!?
しかし「空気が読めない」ってそんなに非難されることでしょうか?
大体、現代は「対人過敏」過ぎるのでは・・・
そうなんですよね、大体現代の若者は「対人過敏傾向」が顕著です。
「人が自分のことをどう思っているか?」とか「人から嫌われているのでは?」「人に嫌な気持ちをさせたのではないか?」とか、考え出すと止められないのかもしれません。
その反動として、あまり周囲に気を使わない人を見ると、「空気の読めない奴」と指摘するようになっている傾向があると思いますね。
しかしよく考えてみてください。
「空気」を読んだ結果、自分自身が「無味無臭」な「空気」のような存在感のない状態になっていないでしょうか?
「空気が読めない」をリフレイミングすると・・・
大体、古今東西の傑出した偉人は多かれ少なかれ、人からどう思われようと自分の道を突き進んできました。
「世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る」
坂本龍馬が16歳のときに詠んだという句ですが、「空気のような存在感のない生き方」よりは「悪臭を放っても自分の道を行く」という強さを感じます。
⇒「人の意見に動じない」「自分らしさを持っている」と言う意味では自信を持って良いのです。
さらに
⇒「マイペース」で「(強烈なぐらいの)個性豊か」でもありますね。ですから「無味無臭な」生き方をは真逆な生き方だということも出きます。
なかなかこういう強い生き方は実践が難しいので、「無味無臭」の人からは嫉妬を買う、と言うこともあるかもしれません。
ただし一つ気をつけなければいけないのは、周囲の人からのアドバイスや指摘を拒否するような態度を取ると孤立無援の生き方になってしまいかねない点です。
自分には空気を読めない傾向がある、と言うことを自覚して、自分らしさを失わない程度に周囲と折り合いをつける姿勢を見せるか見せないかで、坂本龍馬のような人望を得られるかどうかが決まるような気がします。
如何でしょうか?