「商品やサービスが売れない」経営者のための「売れる化」対策マニュアル
「ニセコ化」とは?日本の地方と中小企業経営に何を示しているのか
北海道・ニセコは、今や世界的に知られるスノーリゾートの一つになりました。
近年、このニセコで起きている変化を象徴する言葉として、「ニセコ化」という表現がメディアや書籍などで使われるようになっています。
この言葉にはさまざまな使われ方がありますが、経営の視点から見ると、私は、特定の高付加価値顧客へ市場を絞り込み、その顧客が求める商品・サービス・価格・空間へ地域全体が変化していく現象として捉えると、非常に興味深いと思っています。
ニセコの場合、その背景にあるのが、世界的に評価されるパウダースノーです。
特にオーストラリアをはじめとする海外のスキーヤーから評価され、その後、欧米、アジアなど世界各地から旅行者や投資資金が集まるようになりました。
高級ホテル。
コンドミニアム。
別荘。
飲食店。
スキー関連サービス。
不動産。
そして、英語を前提とした各種サービス。
こうした供給が集積し、一般的な日本の地方観光地とはかなり異なる市場が形成されています。
実際、2024年度の後志管内における外国人宿泊延べ数では、倶知安町だけで60万泊を超える規模となっています。これは、「外国人観光客が少し増えた」という水準の変化ではありません。顧客そのものが変化することによって、地域の産業構造が変わり始めているということです。
一方で、高付加価値市場への急速なシフトには、当然、課題もあります。宿泊施設や不動産の価格、働く人の住居、人材不足、交通、飲食店や生活サービスの価格、地元住民が利用する生活圏と観光市場との共存。
実際、ニセコ町自身も、「ニセコ価格」という言葉によって、地域全体の物価が非常に高いというイメージが広がることを課題として認識しています。
したがって、ニセコを、「外国人富裕層を呼べば地域経済が成功する」という単純な成功物語として理解するべきではありません。
私が経営者として注目するのは、別の点です。
市場を広く取りすぎるのではなく、「誰を顧客とするのか」を明確にした結果、その顧客に合わせて商品、サービス、価格、投資、雇用までが変化したことです。
これは観光業だけの話ではありません。
中小企業の経営戦略そのものに通じる話です。
人口が増え、市場全体が拡大していた時代には、幅広い顧客に商品を売ることでも成長できました。
しかし、市場が成熟し、人口が減少する社会では、「誰にでも売る」という戦略そのものが難しくなっていきます。
どの顧客を選ぶのか。
その顧客が何に価値を感じるのか。
その価値に対して、いくら支払うのか。
その顧客に選ばれるためには、自社の何を変えなければならないのか。
ニセコは、この問いを地域全体で可視化しているように、私には見えます。
北海道の千歳から、ニセコを目指す
2025年10月。
フィリピンでの飲食事業に関する食材調達の仕事で北海道を訪れた際、食品商社の経営者の方にご案内いただき、道内を車で移動しました。その途中、ニセコに醸造拠点を持つ生産者との商談があり、私は初めてニセコを訪れることになりました。
商談が主目的でしたが、私には、もう一つ目的がありました。世界的なスノーリゾートへ変化したニセコを、自分自身の目で見ておきたかったのです。
私は、海外でも国内でも、新しい市場へ行くときには、可能な限り自分で街を見るようにしています。
どのような建物が建っているのか。
どのような人が歩いているのか。
どのような価格帯の商品が売られているのか。
どのような店が繁盛しているのか。
逆に、何が足りないのか。
経営者が現地を見る意味は、統計資料の代わりにすることではありません。現地で仮説をつくり、その後、統計や市場調査によって検証するためです。
新千歳空港から車で小樽方面を経由し、ニセコへ向かいました。
地図上で見ていた以上に、空港から距離があります。それでも、冬になると世界各地から多くの旅行者がこの場所を目指します。
この事実自体が、経営者にとって非常に興味深いと思います。
通常、地方観光では、「交通が不便だから集客できない」という話になりがちです。
しかしニセコの場合には、アクセスの不便さを超えてでも、顧客が来る理由があります。
それが、雪です。ニセコは、世界的にも知られたパウダースノーのエリアです。実際、ニセコユナイテッドでは、2024-25シーズンに12メートルを超える降雪を記録しました。
グラン・ヒラフ、HANAZONO、ニセコビレッジ、アンヌプリという4つのリゾートエリアがあり、一体的なスノーリゾートを形成しています。
冬のスキーだけではありません。
夏季には、ゴルフ、ハイキング、ラフティング、サイクリング、自然体験など、グリーンシーズンの商品もあります。
つまり、ニセコの競争力の原点は、「外国人向けに価格を上げたこと」ではありません。世界の顧客が、わざわざ時間とお金を使って訪れたいと思う、代替しにくい地域資源を持っていたことです。
高付加価値化を考える際、この順番を間違えてはいけません。価格を上げるから、高付加価値になるのではありません。高い価格を払ってでも欲しい価値が存在するから、高い価格が成立するのです。
羊蹄山が広がり、広大な別荘がどこまでも続くニセコへ
実際にニセコ周辺を車で走ってみると、他の北海道の地域とはかなり異なる風景が広がっていました。
大型の住宅や別荘。
コンドミニアム。
宿泊施設。
海外のリゾート地を思わせる建築。
英語表記。
そして、それらを支える建設、管理、飲食、交通などのサービス。
現地を見ながら私が考えたのは、「ここに来る旅行者から、いくら消費してもらえるのか」ということだけではありません。
むしろ、「この地域で発生している高額な需要を、地域企業や日本企業がどこまで受け止められているのか」ということでした。
宿泊施設をつくる。建物を管理する。家具を納入する。食品を供給する。清掃する。移動を支える。子どもの教育を支える。医療を提供する。資産管理を行う。別荘所有者の生活を支援する。
高付加価値旅行者が長期間滞在するようになれば、必要になるサービスは観光産業だけではありません。生活に関わる多くのBtoCサービスと、それを支えるBtoBサービスが必要になります。
ここに、中小企業にとっての事業機会があります。
一方、高需要に対して供給能力が追いつかなければ、価格は上がります。
人材が不足すれば、人件費も上がります。
住宅が不足すれば、働く人の居住コストも上がります。
資材や食品を遠隔地から運べば、物流費もかかります。
したがって、高価格市場を見て、「高く売れて羨ましい」と考えるだけでは、経営分析としては不十分です。
重要なのは、どこに需要があり、どこに供給不足があり、どの部分なら自社が価値を提供できるのかを見つけることです。
私は現地を見ながら、この地域にはまだ多くの事業機会が存在しているのではないかと感じました。
ただし、それは、ニセコで何かを始めれば成功するという意味ではありません。
高い家賃。
高い人件費。
季節変動。
採用難。
物流費。
競争。
これらも同時に計算しなければなりません。
市場単価が高いことと、利益が出ることは別問題です。
ここもまた、ニセコから学べる経営上の重要なポイントです。
日本の未来とニセコ化を考える
日本は、本格的な人口減少局面に入っています。2025年国勢調査の速報値では、日本の総人口は約1億2,305万人となり、2020年から約310万人減少しました。
中小企業にとって、これは非常に大きな意味を持ちます。
人口が減るということは、すべての市場が同じ比率で縮小するという意味ではありません。
成長する市場もあります。
しかし、多くの国内消費市場では、「日本人の人口が自然に増え、それに伴って顧客数も増える」ことを前提とした経営は難しくなっていきます。
一方、日本を訪れる外国人旅行者は増加しています。2025年には、訪日外国人旅行者数が4,000万人を超え、旅行消費額も過去最高となりました。
中でも、私が注目するのが、高付加価値旅行市場です。日本政府観光局の調査では、2023年時点で、高付加価値旅行者は訪日客全体の数%程度でありながら、旅行消費額では約2割を占めています。
これは、中小企業にとって重要な示唆があります。
経営では、顧客数だけを見る必要はありません。
顧客一人当たりの売上。
粗利。
継続率。
紹介。
追加購入。
そして、その顧客を獲得し、維持するために必要なコスト。
これらを見なければなりません。
高付加価値市場とは、単純に「お金持ちを狙う市場」ではありません。
高い支払能力を持つ顧客に、高い価格を提示することではなく、その顧客が高い価格を払ってでも選びたい価値を設計する市場です。
ここを間違えると、単なる値上げになります。また、インバウンドを考える際、外国人を一つの集団として論じるべきでもありません。
国籍だけでは、市場を定義できません。
旅行目的。
所得。
家族構成。
滞在日数。
趣味。
文化的関心。
旅行経験。
どのような体験に価値を感じるのか。
同じ国から来る旅行者であっても、顧客像は大きく異なります。
経営者が行うべきなのは、「外国人を呼ぶ」ことではありません。自社が提供できる価値に対して、最も強くお金を払ってくれる顧客層を特定することです。
それが日本人であっても、外国人であっても、経営の原理は同じです。
ニセコは、「日本国内にいながら、世界市場の需要を取り込む」というモデルを、非常に分かりやすく見せている地域だと思います。
ニセコ化をビジネスに活かすには?
では、中小企業の経営者は、ニセコから何を学ぶことができるのでしょうか。
私は、大きく5つあると思っています。
第一は、顧客を絞ることです。すべての人へ売ろうとすると、商品やサービスは平均的になります。誰に最も高い価値を提供できるのかを明確にする必要があります。
第二は、価格ではなく価値から考えることです。
高付加価値化とは値上げではありません。
「なぜ、この価格を払ってでも自社を選ぶのか」を説明できる商品をつくることです。
第三は、顧客単価だけでなく、周辺需要を見ることです。
富裕層旅行者が増えれば、宿泊だけではなく、
食。
移動。
体験。
不動産。
資産管理。
教育。
医療。
清掃。
メンテナンス。
物流。
など、多数の市場が生まれます。
自社が直接旅行者を顧客にしなくても、その旅行者を顧客にする企業へ商品・サービスを提供するBtoB市場があります。
第四は、地域資源を世界市場の価値へ翻訳することです。
ニセコの雪は昔から降っていました。
しかし、雪があるだけでは世界市場は生まれません。
海外へ情報を発信する。
予約できる。
英語で対応できる。
滞在できる。
食事ができる。
移動できる。
決済できる。
こうした周辺機能が整って初めて、地域資源が国際的な商品になります。
これは中小企業の商品でも同じです。良い商品を持っていることと、その価値を市場へ届けられることは別です。
第五は、高付加価値化の副作用まで見ることです。
高価格市場へ移行すれば、当然、競争相手も変わります。顧客の期待水準も高くなります。人材にも、高い専門性が要求されます。原価も上がります。ブランドへの投資も必要になります。
したがって、「富裕層向けにすれば儲かる」という発想では、長く続きません。
高付加価値市場へ進むということは、高い価格を取ることではなく、高い価格に耐えられる事業能力を会社側につくることです。
ここに、中小企業経営者がニセコから学ぶべき、本当の意味があると私は考えています。
国内市場が縮小するから、すぐ海外へ出ればよいわけではありません。
インバウンドが増えているから、外国人向け商品をつくればよいわけでもありません。
重要なのは、自社が持っている経営資源を確認したうえで、
どの市場を狙うのか。
どの顧客を選ぶのか。
何を価値として提供するのか。
どの価格帯を目指すのか。
そのために何へ投資するのか。
を決めることです。
ニセコ視察を通じて、私は改めて、市場が縮小しているから成長できないのではなく、「どの市場で戦うのか」を変えることで、成長余地が生まれる場合があるということを感じました。
ニセコから学ぶべきなのは、「外国人富裕層向けに価格を上げること」ではありません。
誰を顧客にするのかを明確にし、その顧客が高い価格を払ってでも選びたい価値をつくり、その価値を届ける仕組みまで事業として設計することです。
自社の商品・サービスを高付加価値化したい。
国内市場だけでは今後の成長に限界を感じている。
インバウンド市場や海外市場を、自社の次の成長市場として検討したい。
しかし、どの市場を選び、何から着手するべきか整理できていない。
そのような経営者の方には、商品だけではなく、顧客、価格、マーケティング、組織、投資、海外展開までを一体として考える必要があります。
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