【親子問題】子を家から独立させる具体的な手順
親の判断能力は、ある日を境にはっきり失われるとは限らず、少しずつ低下していくことが多いといわれます。ひきこもりやお金の無心、家庭内暴力など、子の問題を抱えたまま親が認知症になると、親の財産や生活、そして子への関わり方を、親自身が決められない状態になるおそれがあります。この記事では、判断能力が十分なうちに準備しておきたいことを、任意後見契約を中心に整理します。
成年後見制度と任意後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」が2026年6月に成立・公布されました。ただし、成年後見制度の見直し部分は公布から2年6か月以内に政令で定める日に施行されるとされ、2026年11月時点ではまだ施行されていません。本記事は現行の制度に沿って説明し、改正の内容には必要な範囲で触れています。
認知症が進むと、親が自分で決められることが少なくなる
契約や遺言などの法律行為をするには、その内容を理解して判断する能力(意思能力)が必要です。認知症が進んで判断能力が十分でなくなると、預金の解約、不動産の売却、介護施設との契約、遺言の作成などを親自身が行うことが難しくなり、金融機関も取引に慎重な対応をとることがあります。
その段階で財産管理が必要になると、法定後見(後見・保佐・補助)の申立てを検討することになります。法定後見では、後見人等を選ぶのは家庭裁判所であり、親が希望していた人が選ばれるとは限りません。
子の問題を抱えるご家庭では、ここにもう一つの心配が加わります。親の判断能力が落ちてきたときに、問題を抱える子が親の通帳やカードを管理しようとしたり、親の名義で契約を進めようとしたりする場面が考えられるためです。親の財産から子への援助をどこまで続けるのか、その判断を誰が担うのかも、決めておかなければ曖昧になりがちです。すでに子に預金を使われている場合については、【親子問題】親の預貯金を勝手に引き出された|刑事と民事の分かれ道で解説しています。
判断能力があるうちに整理しておきたい5つのこと
子の問題との関係で、先に考えておきたいのは次の点です。
- 自分の財産の管理を、将来誰に任せるか。
- 介護や医療、施設入所の手続を、誰に担ってもらうか。
- 子との同居を続けるか、どこかの時点で別々に暮らすか。
- 子への経済的な援助を、いつまで、どの程度続けるか。
- 自分が亡くなった後、財産と子の生活をどうするか。
これらは一つの制度だけで対応できるものではなく、任意後見契約、財産管理委任契約、家族信託、遺言、死後事務委任契約などを組み合わせて考えることになります。
任意後見契約で「任せる人」を自分で決めておく
任意後見契約は、判断能力が十分なうちに、将来判断能力が低下したときの財産管理や生活上の手続を任せる相手(任意後見受任者)と、任せる内容を決めておく契約です。公正証書で作成する必要があり(任意後見契約に関する法律3条)、契約の内容は法務局で登記されます。
効力が生じるのは、任意後見監督人が選ばれたとき
契約を結んだだけでは任意後見は始まりません。親の判断能力が不十分になった後、本人、配偶者、四親等内の親族または任意後見受任者が家庭裁判所に申し立て、任意後見監督人が選任された時から効力が生じます(同法4条1項)。任意後見人は、監督人の監督を受けながら、契約で定めた範囲の事務を行います。
また、任意後見契約が登記されている場合、家庭裁判所が法定後見を開始するのは、本人の利益のため特に必要があると認めるときに限られます(同法10条1項)。親が自分で選んだ人と任せた内容が、原則として尊重される仕組みといえます。
問題を抱える子を任意後見人にしないという選択
任意後見人には、子や親族のほか、弁護士などの専門職を選ぶこともできます。子の問題を抱えるご家庭では、問題を抱える子本人を任意後見人にしないこと、そして、その子から強く迫られたときに断りきれない立場の人に任せないことを、検討の出発点にするとよいでしょう。
ほかのきょうだいに任せる場合も、問題を抱える子との板挟みになり、負担が一人に集中するおそれがあります。専門職を任意後見人にする、親族と専門職で役割を分けるなど、任される人を守る組み立ても考えられます。きょうだいの一人が親の財産を使っている場合の考え方は、【親子問題】親が高齢で、きょうだいの一人が親の財産を使っているで取り上げています。
代理権の範囲と、子への援助についての意向を書き残す
任意後見人ができることは、契約に付ける代理権目録で決まります。預貯金の管理、不動産の管理や処分、介護サービスや施設入所の契約、医療費の支払い、年金の受領などを、必要に応じて具体的に定めます。
気をつけたいのは、任意後見人はあくまで親本人の利益のために財産を管理する立場にあるという点です。親の財産から子へ生活費を渡し続けることは、親の意向や扶養の必要性に照らして説明できる範囲にとどまると考えられ、無制限に続けられるものではありません。援助を続けたい場合も、やめたい場合も、その意向と理由を書面に残しておくと、任意後見人や監督人が判断する際の手がかりになります。成人した子への扶養義務については、【親子問題】親の扶養義務はどこまでか|成人した子を養う義務はあるのかもご覧ください。
任意後見だけでは足りない部分を補う
任意後見は、判断能力が低下してから亡くなるまでの期間を支える仕組みです。それ以外の時期や事柄は、別の手段で補う必要があります。主な組み合わせは次のとおりです。
| 手段 | 効力が生じる時期 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 財産管理委任契約・見守り契約 | 契約で定めた時から | 判断能力があるうちの財産管理や定期的な連絡 |
| 任意後見契約 | 任意後見監督人の選任時から | 判断能力が低下した後の財産管理と生活上の契約 |
| 家族信託(民事信託) | 信託契約で定めた時から | 託した財産の管理と、その財産から給付を受ける人の指定 |
| 遺言 | 死亡時 | 財産を受け継ぐ人や遺言執行者の指定 |
| 死後事務委任契約 | 死亡時から | 葬儀、住まいの片付け、各種の解約などの手続 |
任意後見人には取消権がない
現行の制度では、任意後見人には、親が自分でした契約を取り消す権限がありません。判断能力が低下した親が、子に言われるまま契約や贈与をしてしまうおそれがある場合は、法定後見の利用を検討する必要が出てくることもあります。2026年の改正法では任意後見と補助を併用できる仕組みが設けられましたが、施行までは現行の制度を前提に考えることになります。
家族信託で、子の生活に充てるお金を分けておく
家族信託は、親が元気なうちに財産の一部を信頼できる家族などに託し、契約で定めた目的に沿って管理してもらう仕組みです。親が亡くなった後に、託した財産から子の生活費を少しずつ渡すといった設計も考えられます。
一方で、財産を託される受託者を誰にするか、ほかの相続人の遺留分との関係をどう整理するかなど、検討すべき点は少なくありません。介護サービスの契約など生活面の手続は信託では担えないため、任意後見や遺言とあわせて設計するのが一般的です。
遺言と死後事務で、亡くなった後のことを決めておく
親が亡くなった後の財産の行き先は、遺言で決めておくことができます。遺言執行者を指定しておけば、相続の手続を問題を抱える子に委ねずに進めやすくなります。遺言も作成時に判断能力が必要なため、任意後見契約と同じ時期に検討しておくと安心です。暴力などを理由に財産を渡したくないと考える場合の手続は【親子問題】暴力を続ける子に財産を渡したくない|相続廃除の要件で、子の生活設計の全体像は【親子問題】親亡き後問題|子の生活をどう設計しておくかで解説しています。
子の問題について、親が書き残しておきたいこと
任意後見人やほかの家族が後で困りやすいのは、子の状況やこれまでの経緯が分からないことです。判断能力が十分なうちに、次のような情報を整理しておくと、引き継ぎの助けになります。
- 子の生活状況と、通院先や利用している支援機関。
- これまでの暴力や金銭要求の経緯と、警察や行政への相談記録。
- 子に渡してきたお金の額と名目、貸したお金の有無。
- 子との同居や援助について、親が望んでいる方針。
- 相談している弁護士や支援者の連絡先。
年金の管理を子に任せるよう求められている場合の注意点は、【親子問題】子に年金の管理を任せろと言われている|渡す前に確かめておくことで取り上げています。
子に知られずに準備を進められるか
任意後見契約は親と任意後見受任者との間で結ぶもので、締結に子の同意は必要ありません。ただ、契約は登記され、一定の範囲の親族は登記事項証明書の交付を請求できる仕組みがあるため、子に一切知られずに済むとは限りません。効力を生じさせる段階では、家庭裁判所での手続も入ります。
子に知られたときに強い反発が予想される場合は、知られた後の対応まで含めて考えておくことが大切です。弁護士が窓口となって子との連絡を受け持つことも、選択肢の一つになります。
準備はいつ始めればよいか
任意後見契約は、契約の内容を理解できる判断能力があることが前提です。公正証書を作成する際には公証人が本人の意思や理解を確認するため、認知症の症状が進んでからでは契約を結べないことがあります。軽度の段階であれば作成できる場合もありますが、後に契約の有効性が争われる余地を残さないためにも、気になり始めた段階で動き出すことが望ましいといえます。
子の問題を抱えるご家庭では、親が要介護になったときに、同居の子の生活が急に揺らぐこともあります。その場面については、【親子問題】親が要介護になったとき、同居の子の生活はどうなるのかで解説しています。
ご相談にあたって
誰に何を任せるかは、ご家族の関係や財産の状況、子の問題の内容によって変わります。当事務所では、親の代理人として子の問題に関わってきた経験をふまえ、任意後見や遺言の準備とあわせて、子との関わり方を整理するお手伝いをしています。サービスの内容は【親子問題】子の暴力・ひきこもり・お金の無心・犯罪行為に悩む親御さんへ|ご相談から自立までの流れと費用、よくあるご質問でご紹介しています。
同じような状況でも、経緯や残っている記録によって取れる手段は変わります。どこから手をつければよいか判断がつかない段階でも、事実を整理するところからご一緒できます。
当事務所では、電話・メール・LINEのうちご希望の方法でご相談をお受けしています。ご都合のよい手段をお選びください。
早い段階でご相談いただくほど、選べる手立ては多く残ります。迷っている段階でも、まずはお気軽にお声がけください。


