接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分け
この記事は、2026年10月時点の法令と公表資料にもとづいています。2025年6月1日に施行された改正刑法(拘禁刑の導入と執行猶予制度の見直し)、2025年12月30日と2026年3月10日に段階的に施行された改正ストーカー規制法、法務省の「被害者等通知制度実施要領」(2025年6月1日施行の改正後のもの)の内容を反映しています。個別の事案での見通しは、事情によって異なります。
ストーカー被害のご相談では、刑事裁判が終わった段階で「執行猶予がついたと聞いた。相手はもう自由に出歩けるのか」「判決が出たら、警察とのやり取りも終わってしまうのか」というお声をよくお聞きします。判決の日を一つの区切りと考えていた方ほど、その後の生活をどう組み立てればよいか分からず、不安が残るようです。
執行猶予は、一般に「刑務所に入らずに済む判決」と説明されます。この説明は誤りではありません。ただ、被害を受けた側から見ると、判決の確定から一定の期間、取消しの可能性を背景に相手の行動が見守られる仕組みが始まる、という面があります。そして、その見守りがどこまで及ぶかは、判決の種類や、被害者がどの制度を利用するかによって変わります。
この記事では、判決が確定した後に被害者として知っておきたい仕組みと、猶予期間中に整えておきたい準備を扱います。裁判の途中で被害者が法廷でできることは被害者参加制度|法廷でできることとできないこと、刑を受けた側の生活上の制限は執行猶予判決を受けた後の生活|何が制限されるのかで取り上げています。
執行猶予の判決が意味すること|「終わり」ではなく「期間付きの見守り」
執行猶予付きの判決は、刑の言渡し自体はされたうえで、その執行を一定期間待つというものです(刑法25条)。猶予期間を問題なく過ごせば刑の言渡しは効力を失いますが、期間中に一定の事情が生じれば猶予が取り消され、刑が執行されることになります。被害者の立場から見ると、判決の確定は手続の終わりではなく、取消しの可能性を伴った期間の始まりと捉えるのが実態に近いといえます。
猶予期間はいつから始まり、何年続くのか
猶予期間は判決の言渡し日ではなく、判決が確定した日から始まります(刑法25条1項)。判決に対して検察官も被告人も控訴しなければ、言渡しの翌日から14日が経過した時点で確定します。猶予期間は1年以上5年以下の範囲で、事案に応じて裁判所が定めます。
判決書の主文には「この裁判が確定した日から〇年間その刑の執行を猶予する」と書かれますので、期間の長さは主文で確認できます。後で説明する通知制度を利用すれば、主文や確定の事実を検察庁から知らせてもらうこともできます。
単純な執行猶予と保護観察付き執行猶予の違い
執行猶予には、保護観察が付かないもの(いわゆる単純執行猶予)と、保護観察が付くもの(刑法25条の2)があります。この違いは、猶予期間中に相手の生活に誰がどの程度関わるかを左右するため、被害者にとっても重要です。
| 項目 | 保護観察が付かない執行猶予 | 保護観察付き執行猶予 |
|---|---|---|
| 相手への日常的な関与 | 原則として公的な監督はない | 保護観察官・保護司が定期的に面接し、生活状況を把握する |
| 守るべき事項 | 新たな罪を犯さないこと | 一般遵守事項に加え、事案に応じた特別遵守事項が定められる |
| 被害者への通知 | 検察庁から判決の結果や取消しの事実を通知 | 検察庁の通知に加え、保護観察所から保護観察の開始・処遇状況・終了予定などを通知 |
| 被害者の心情を伝える制度 | 利用できない | 保護観察所を通じて、相手に心情を伝える制度を利用できる |
保護観察付きの場合、事案に応じて、被害者への接近や連絡を控えることなどが特別遵守事項として定められることがあります(更生保護法51条)。遵守事項の内容と、それが守られなかったときの扱いについては、保護観察付き執行猶予の遵守事項と、取り消される場面で詳しく取り上げています。
執行猶予が取り消される場面
猶予期間中に相手がさらに罪を犯し、拘禁刑の実刑判決を受けた場合、執行猶予は必ず取り消されます(刑法26条)。罰金刑にとどまった場合や、保護観察付きで遵守事項を守らず、その情状が重い場合には、裁判所の判断で取り消されることがあります(同法26条の2)。
2025年6月1日の改正刑法の施行により、猶予期間中に犯した罪について期間内に起訴されていれば、判決が猶予期間の経過後になっても、執行猶予を取り消せる仕組みが設けられました(同法27条)。以前は、期間の満了が近い時期の再犯について、判決が満了に間に合わず取消しができないという問題が指摘されていましたが、この点に一定の手当てがされています。
判決の内容と相手の状況を知る方法
判決の後、相手がどのような状況にあるのかは、待っているだけでは被害者の手元に届かないことが多いのが実情です。判決後の情報の多くは、被害者が「知らせてほしい」と申し出ることで初めて届く仕組みになっているため、早い段階で申出をしておくことが大切です。
被害者等通知制度で検察庁から知らせてもらえること
検察庁の被害者等通知制度では、希望する被害者等に対し、刑事裁判の結果(主文、裁判の年月日、確定や上訴の有無)を通知しています。主文には保護観察の有無も含まれますので、どちらの執行猶予なのかもここで確認できます。
有罪判決が確定した後の事項としては、拘禁刑の執行猶予の言渡しが取り消された場合に、そのことを通知してもらうことができます(被害者等通知制度実施要領第3(5)イ)。通知の希望は、事情聴取を受けた際に検察官等から確認されることが多いですが、その時点で希望しなかった場合でも、担当の検察庁に問い合わせることで申し出ることができます。弁護士が代理人として通知を受けることもできます。
保護観察所からの通知と、心情を伝える制度
保護観察付き執行猶予の場合は、保護観察所からも通知を受けることができます。通知される内容には、保護観察の開始、保護観察中の処遇状況、保護観察の終了予定年月日などがあり、特別遵守事項にもとづく専門的処遇プログラムの実施状況が含まれる場合もあります。
また、保護観察所には、被害者の心情や被害の実情を聴き取り、保護観察中の相手に伝える制度があります(更生保護法65条)。伝えるかどうかは被害者が選ぶことができ、利用しなくても不利益はありません。保護観察所には被害者担当の職員が置かれており、不安や悩みの相談に応じています。相手に伝えたい内容がある方だけでなく、制度の説明を聞きたいという段階でも相談することができます。
判決書や記録を確認したい場合
判決の理由や、裁判で認定された事実を確認したい場合には、記録の閲覧を検討することになります。裁判が続いている間は、被害者は原則として訴訟記録の閲覧・謄写を申し出ることができます(犯罪被害者保護法3条)。判決確定後は、刑事確定訴訟記録法にもとづいて保管検察庁に閲覧を請求する方法があります。どの記録をどの範囲で見られるかは事案によって異なるため、目的を整理したうえで手続を選ぶとよいでしょう。
猶予期間中に相手が接触してきたとき
執行猶予中の相手は、新たな罪を犯せば猶予が取り消されるという立場にあります。そのため一定の抑止は働きますが、それだけで接触が必ず止まるとは限りません。猶予期間中の接触は、取消しの判断にも、新たな手続にも関わり得る出来事ですので、内容を問わず記録し、早めに警察へ伝えることが基本になります。
「執行猶予中だから大丈夫」と考えすぎない
ストーカー事案では、相手が被害者に対して強い執着を持ち続けている場合があり、警察も、事態が急に変化するおそれがある類型として対応を強めています。判決の内容によっては、示談の際に接触しないことを約束していたり、保護観察の遵守事項で接触が禁じられていたりしますが、それらは相手の行動を物理的に止めるものではありません。
判決後しばらくは、通勤経路や帰宅時間、SNSの公開範囲など、以前の生活パターンをそのまま続けてよいかを一度点検しておくと安心です。相手を刺激しない距離の取り方や証拠の残し方は、ストーカーを刺激せず関係を断つ|安全な接触遮断と証拠の残し方で整理しています。
接触があったときの記録と連絡
メッセージや着信は削除せずに画面を保存し、待ち伏せや見かけた出来事は、日時・場所・状況をその日のうちにメモしておきます。身の危険を感じる場面では、ためらわずに110番をしてください。
そのうえで、事件を担当した警察署に連絡し、判決後に接触があったことを伝えます。保護観察付きの場合は、保護観察所に伝えることも考えられます。遵守事項に反する行動があったかどうかは、保護観察所が把握してはじめて取消しの判断につながるためです。
禁止命令や警告は、判決とは別に働く
ストーカー規制法の禁止命令は、刑事裁判とは別の行政処分です。判決前に禁止命令が出ていた場合、その効力は判決の有無にかかわらず原則1年間続き、必要があれば延長されます。禁止命令に違反してストーカー行為をした場合は、通常より重い罰則の対象になります。期間や更新の仕組みは禁止命令が出た|違反した場合の刑罰と期間・更新で解説しています。
警察庁は2024年から、禁止命令等の措置を受けた加害者全員に警察官が連絡を取り、近況や被害者への執着の程度を把握する取組を全国で進めています。また、2025年12月30日施行の改正ストーカー規制法により、警告は被害者からの申出がなくても警察の職権で出せるようになりました。判決後に新たな接触があった場合、こうした行政上の措置を改めて求めることも選択肢になります。
判決の後に被害者が整えておきたいこと
猶予期間は数年に及びます。その間を緊張し続けて過ごすのではなく、生活の守り方を一度組み立て直しておくことが、結果として負担を軽くします。住所の管理、職場や学校との連携、民事上の手当ての三つを、判決の前後で整理しておくと見通しが立てやすくなります。
住所や居場所の管理
転居を検討する場合は、住民票の閲覧制限(DV等支援措置)を合わせて申し出ることが考えられます。2026年3月10日からは、警察が、相手に被害者の情報を提供するおそれのある第三者に対し、提供しないよう求めることができる仕組みも施行されています。転居後の情報管理については、引っ越したのに住所を突き止められた|居場所を知られない対策もご参照ください。
職場や学校への協力依頼
改正ストーカー規制法では、被害者を雇用する事業者や、被害者が通う学校の長も、被害者への援助に努めるべき主体に加えられました。勤務時間や勤務場所の調整、ホームページ等での氏名の掲載の見直しなど、職場や学校に相談できる余地は以前より広がっています。どこまで事情を伝えるかは、信頼できる担当者を選んで段階的に決めていくとよいでしょう。
民事上の賠償と接触禁止の手当て
刑事裁判の判決は、被害者への賠償を命じるものではありません。刑事裁判の中で賠償を求める損害賠償命令制度は、弁論の終結までに申し立てる必要があります(損害賠償命令制度|刑事裁判の中で賠償を求める方法)。判決後であれば、示談交渉や民事訴訟によって請求することになり、損害および加害者を知った時から3年で時効にかかる点には注意が必要です(民法724条)。
示談をする場合には、金額だけでなく、接触禁止や違約金の条項を入れて、刑事手続とは別の歯止めを設けることが考えられます。裁判所の仮処分によって接近を禁じる方法もあり、警察の手続との使い分けは接近禁止を実現する2つの道|ストーカー規制法(警察)と民事保全(裁判所)の使い分けで解説しています。
よくあるご質問
猶予期間が過ぎたら、もう何もできないのでしょうか
猶予期間が満了すると刑の言渡しは効力を失いますが、被害者の側でとれる手段がなくなるわけではありません。満了後に接触があれば、ストーカー規制法の警告や禁止命令、新たな刑事手続の対象になり得ますし、民事上の請求や仮処分も、時効などの要件を満たす限り利用できます。保護観察付きの場合は、保護観察所からの通知で終了予定年月日を把握できますので、その前後の時期に備えを見直しておくと安心です。
相手が今どこに住んでいるのか、教えてもらえますか
被害者等通知制度の通知内容には、相手の現住所は原則として含まれていません。ストーカー規制法の施行規則には、被害防止のための交渉に必要な場合に、警察が相手の氏名や住所を教示する援助の仕組みがあります(同法施行規則13条)。ただ、相手の住所を知ること自体が新たな接触のきっかけになる場合もありますので、交渉が必要な場面では、弁護士を窓口にすることも含めて検討するとよいでしょう。
判決の後に、相手側から示談を持ちかけられた場合はどうすればよいですか
判決後の示談は刑の重さには影響しませんが、賠償の受け取りや接触禁止の取り決めという意味は残ります。直接のやり取りを求められても応じる必要はなく、代理人を通じた連絡に限るよう伝えて差し支えありません。条件の組み立て方や、代理人を立てた場合に変わる点は、【ストーカートラブル】弁護士に依頼すると何が変わるのか|ストーカー被害で代理人を立てる意味で取り上げています。
まとめ
- 執行猶予の期間は判決の確定日から始まり、1年以上5年以下の範囲で定められる(刑法25条1項)。
- 保護観察が付くかどうかで、猶予期間中の相手への関与と、被害者が受けられる通知の範囲が変わる(刑法25条の2・更生保護法65条)。
- 猶予期間中の再犯で実刑になれば猶予は必ず取り消され、罰金や遵守事項違反の場合は裁判所の判断で取り消されることがある(刑法26条・26条の2)。
- 2025年6月の改正により、期間内の罪で起訴されていれば、期間経過後も取消しができるようになった(刑法27条)。
- 判決の結果や猶予の取消しは、被害者等通知制度の申出をしておくことで検察庁から知らされる。
- 禁止命令や警告は刑事裁判とは別に働き、2025年12月からは警告も警察の職権で出せるようになった(ストーカー規制法)。
- 賠償は刑事判決とは別に請求する必要があり、時効の期間にも注意が必要である(民法724条)。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、ストーカー被害に関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。判決後の通知制度の申出、示談や接触禁止の取り決め、猶予期間中に接触があったときの警察との連携など、判決の後に続く見守りの期間を一緒に組み立てていきます。
相手に執行猶予付きの判決が出たものの、この先どう備えればよいか分からないという方も、すでに判決後の接触に悩んでいる方も、まずはお気軽にご相談ください。


