【不貞慰謝料】求償権放棄条項|入れるべきか、応じるべきか
この記事は、2026年10月時点の民法、刑法、労働基準法および健康保険に関する公表資料、自治体の案内をもとに作成しています。医学的な事項は一般的な説明にとどめています。個別の診断や治療については、医療機関にご確認ください。
「交際相手との子を流産した。処置の費用を一人で払ったが、相手にも負担を求めてよいのか」「交際していた女性から、流産したので費用と慰謝料を払ってほしいと言われた」。男女トラブルのご相談では、流産をきっかけにお金の話が持ち上がる場面に、双方の立場から出会います。
妊娠をめぐる費用については、「中絶費用は原則として半分ずつ」という説明がよく見られます。この説明自体が誤りというわけではありませんが、その多くは中絶を前提にしたものです。本人たちが選んだわけではない流産にそのまま当てはめると、ずれが生じることがあります。
この記事では、交際中または別れた後に流産に至った場合に、費用と慰謝料がそれぞれどう扱われるのかを整理します。中絶費用の分担や金額の目安、妊娠を理由とする請求の見極め方については、それぞれの記事に譲ります。
流産と中絶では、費用の考え方の出発点が違う
中絶費用の「分担」は、二人の決定を前提にしている
中絶費用について、裁判所は、合意のうえでの性行為による妊娠と中絶の不利益は共同の行為に由来するものであり、男女が等しく分担すべきだとの考え方を示したことがあります(東京高等裁判所平成21年10月15日判決)。実務で「半分ずつ」が目安とされるのは、この考え方に基づくものです。
この考え方は、妊娠を継続しないという決定が、二人の関係の中で行われることを前提にしています。
流産は、だれかが選んだ結果ではない
流産は、多くの場合、本人も相手も望んでいない形で起こります。妊娠初期の流産の多くは胎児側の染色体の異常によるものとされ、本人の行動や周囲の対応で防げるものではないと説明されています。
そのため、流産にかかった費用を相手に求める場面では、中絶のように「二人で決めたことの費用を分ける」という説明がそのまま使えるとは限りません。流産に伴う費用の分担を正面から扱った裁判例は多くなく、確立した整理があるとはいえない状況です。
費用の性質にも違いがある
人工妊娠中絶は原則として健康保険の対象外ですが、流産の処置は病気の治療として扱われ、保険診療となる場面が多いとされています。ただし、医療機関や処置の内容によって自費となる項目が生じることもあります。領収書と診療明細書で内訳を確認することが出発点になります。
流産に伴って生じる費用と、公的な給付
どのような費用が生じるのか
流産に伴う費用は、妊娠の時期や処置の方法によって変わります。主なものは次のとおりです。
- 流産と診断されるまでにかかった妊婦健診や検査の費用。
- 流産の処置(手術、薬、入院)と、その後の通院の費用。
- 妊娠12週以降の場合の、死産の届出や火葬に関する費用。
- 処置や体調の回復のために仕事を休んだことによる収入の減少。
妊娠12週以降に流産した場合には、死産から7日以内に市区町村へ死産届を出す必要があると案内されています。また、妊娠4か月以上の死胎は、火葬などの手続の対象となります(墓地、埋葬等に関する法律2条1項)。
公的な給付で実際の負担が変わる
健康保険の出産育児一時金は、妊娠85日(4か月)以降の流産や死産も支給の対象です。また、妊婦のための支援給付も、胎児の心拍が確認された後の流産であれば対象になると案内されています。
「かかった費用」と「実際に負担した費用」は別のものになり得ます。相手に負担を求めるときも、求められたときも、給付を受けた後の実際の負担を把握しておくことが話し合いの前提になります。給付分が損害から差し引かれるかは事案によるため、まずは数字を整理しておくことが大切です。給付の仕組みや中絶費用の分担については、中絶費用は相手に請求できる?男女の費用負担で整理しています。
働いている場合の休業
妊娠4か月以降に流産や死産をした場合は産後休業の対象となり、事業主は原則として8週間、就業させてはならないとされています(労働基準法65条2項)。体調の回復を優先できる制度があることを前提に、休業による収入の減少をどう扱うかを考えることになります。
費用の負担を求められるのは、どのような場合か
流産に伴う費用を相手に求める道筋は、大きく三つに分かれます。
| 道筋 | 内容 | 主な根拠 |
|---|---|---|
| 話し合いによる合意 | 二人で負担の割合を決め、書面にする | 和解(民法695条) |
| 相手の違法な行為による損害 | 暴力や避妊の偽りなど、相手の行為と結びつく損害として求める | 不法行為(民法709条) |
| 妊娠に伴う負担の公平な分担 | 中絶費用の分担の考え方を流産にも及ぼすよう求める | 裁判例の考え方の応用で、確立した根拠はない |
現実には、話し合いで決まることが多い
交際相手との間で妊娠に伴う費用をどう負担するかは、法律で一律に決まっているものではありません。妊娠が二人の関係から生じたことは双方が理解していることが多く、領収書を示して負担を相談し、合意した内容を書面に残すという進め方が現実的です。
相手の行為が流産や妊娠と結びつく場合
相手の暴力によって流産に至った場合や、避妊していると偽られたり、既婚であることを隠されたりして妊娠した場合には、その行為による損害として、流産に伴う費用を求める余地があります。法テラスも、単なる交際関係での妊娠では原則として相手の責任を問えないとしつつ、相手が積極的にだました、避妊に協力しなかったといった事情があれば、不法行為として費用を請求できると案内しています。既婚であることを隠された交際については、既婚を隠されて妊娠|貞操権侵害の慰謝料はいくら請求できるもご参照ください。
「公平な分担」を求める場合の注意点
上記のような事情がない場合でも、中絶費用と同じく、妊娠に伴う負担は二人で分けるべきだと考える方は少なくありません。この考え方は話し合いの場では理解を得られることがありますが、裁判所で同じように認められるかは、裁判例の蓄積が乏しく見通しにくいのが実情です。法的な請求として押し通すより、話し合いで負担を決める材料として使う方が、結果として早く落ち着くことが多いと考えられます。
慰謝料はどのような場合に問題になるのか
流産そのものを理由とする慰謝料は認められにくい
流産は深い悲しみを伴う出来事ですが、慰謝料は、相手の違法な行為によって精神的な苦痛を受けた場合に認められるものです(民法709条、710条)。流産したという事実だけでは、交際相手に慰謝料の支払義務は生じにくいと考えられます。
問題になりやすい三つの場面
慰謝料が問題になるのは、主に次のような場面です。
- 暴力や強い圧力によって流産に至った場合。身体を傷つける行為として、民事の責任に加えて刑事事件となる可能性もあります。
- 避妊の偽りや既婚の秘匿など、妊娠そのものが相手の違法な行為によって生じた場合。
- 妊娠中や流産の後に、連絡を絶つ、心ない言葉を繰り返すなど、相手の対応そのものが別の苦痛を与えた場合。
流産させる意図で暴力をふるった場合には不同意堕胎罪(刑法215条)、そうでない場合も暴行罪や傷害罪(同法208条、204条)が問題になり得ます。交際相手からの暴力については、交際相手からのDV(デートDV)|保護命令は使える?同棲の有無で変わる対応で取り上げています。
三つ目の場面は、流産の原因と切り離して評価される
三つ目は、流産の原因とは別に、相手がどう対応したかが問われる場面です。中絶をめぐる裁判例でも、相手には妊娠に伴う精神的、経済的な負担を軽くするよう努める立場があるという考え方が示されています。流産の場合も、原因を争うより、その後の対応がどうだったかの方が評価の対象になりやすいと考えられます。
「流産の原因」をめぐる言い合いが招くこと
精神的な負担と流産を結びつける難しさ
「あのとき強く責められたせいで流産した」と感じる方は少なくありません。気持ちとしては自然なことですが、妊娠初期の流産の多くは胎児側の要因によるものとされており、精神的な負担と流産との因果関係を示すのは難しいのが実情です。暴力のように身体への直接の働きかけがあった場合とは、扱いが異なります。
言い合いを続けることのリスク
一方で、請求を受けた側が「本当に妊娠していたのか」「自分の子なのか」といった言葉を重ねると、それ自体が相手の苦痛を深め、前の章で触れた「対応そのもの」の問題を生むことがあります。疑問がある場合も、医療機関の書類で事実を確認したいという形で伝える方が、話し合いは落ち着きやすくなります。妊娠を理由とした請求の確かめ方は、「妊娠した」「病気になった」と請求されたら|妊娠詐欺・示談金詐欺の見極め方で取り上げています。
時間が限られる手続と、早めに残しておきたい記録
期限のある手続
流産の後は、心身の回復を優先したい時期と、期限のある手続が重なります。記録の整理は気持ちが落ち着いてからでも間に合うものがありますが、期限のある手続は先に確認しておく必要があります。
| 手続・権利 | 期限の目安 | 根拠など |
|---|---|---|
| 死産届(妊娠12週以降) | 死産から7日以内 | 自治体の案内 |
| 産後休業(妊娠4か月以降) | 原則として流産後8週間 | 労働基準法65条2項 |
| 出産育児一時金(妊娠85日以降) | 出産日の翌日から2年 | 健康保険の各保険者の案内 |
| 損害賠償の請求 | 原則3年、生命・身体の侵害は5年(いずれも行為から20年) | 民法724条、724条の2 |
時効の数え方は、男女トラブルの時効早見表|請求の種類別に何年で消えるかにまとめています。なお、自治体の保健センターなどでは、流産や死産を経験した方からの相談も受け付けています。
早めに残しておきたい記録
話し合いでも、法的な請求でも、次のような記録が判断の材料になります。
- 医療機関の領収書と診療明細書、診断書。
- 母子健康手帳など、妊娠の経過がわかるもの。
- 妊娠の判明から流産後までの、相手とのメッセージや通話の記録。
- 暴力があった場合は、受診の記録やけがの写真。
- 休業した期間と、その間の収入の減少がわかる資料。
医療機関の診療録の保存期間は、法律上5年とされています(医師法24条2項)。後から書類を取り寄せることもできますが、手元の記録は時間とともに散逸しやすいため、一か所にまとめておくと話し合いの際に役立ちます。
費用の負担を求められた側が考えておきたいこと
まず事実と内訳を確認する
交際相手から流産に伴う費用の負担を求められた場合は、何にいくらかかったのか、給付を受けた後の負担はどうなっているのかを確認することが出発点です。確認は、疑っていることを示すためではなく、双方が納得できる金額を決めるために行うものだと伝えると、話し合いが進みやすくなります。
費用と慰謝料を分けて考える
費用の一部を負担することと、慰謝料の支払義務を認めることは別の問題です。支払う場合は、何の名目でいくら支払うのかを書面で明らかにし、清算条項を設けておくと、後から別の名目で請求が重ねられる事態を防ぎやすくなります。清算条項については、清算条項の意味|後から追加請求されないためにで解説しています。
直接のやり取りが難しい場合
流産の後は、双方とも気持ちが不安定になりやすく、当事者同士の話し合いがこじれることがあります。交際相手の妊娠をめぐる請求について、直接の面談に応じずに合意に至った例として、【解決事例】交際相手の妊娠をめぐり100万円超を請求された事例|直接の面談に応じず解決金30万円で合意書を締結もご参照ください。
よくあるご質問
別れた後に流産が分かった場合も、費用の負担を求められますか?
交際中の性行為による妊娠であれば、別れた後であっても、妊娠が二人の関係から生じたことに変わりはありません。負担を相談すること自体は可能で、話し合いで分担を決めることが考えられます。ただし、法的な請求として認められるかは、本文で触れた三つの道筋のどれに当たるかによります。
流産の後に相手が連絡を絶った場合、慰謝料を請求できますか?
連絡を絶ったことだけで直ちに慰謝料が認められるとは限りません。妊娠中や流産後の相手の対応が、負担を軽くしようとする姿勢を欠き、別の苦痛を与えたと評価される場合には、慰謝料が問題になる余地があります。経緯がわかるメッセージの記録が判断の材料になります。
相手から「流産は自分のせいではない」と言われました。費用の話はできなくなりますか?
流産の原因がだれにあるかと、費用をどう分けるかは別の問題です。原因をめぐる言い合いを続けるよりも、領収書をもとに実際の負担を示し、分担を相談する方が、話し合いは前に進みやすくなります。
まとめ
- 流産は本人たちが選んだ結果ではないため、中絶費用の「半分ずつ」という考え方がそのまま当てはまるとは限りません。
- 流産の処置は保険診療となる場面が多く、出産育児一時金などの給付も含めて、実際の負担を把握することが出発点です。
- 費用を求める道筋は、話し合いによる合意(民法695条)、不法行為による損害(民法709条)、公平な分担の主張の三つに分かれます。
- 流産したという事実だけでは慰謝料は生じにくく、暴力、妊娠の経緯、その後の対応が問われます(民法709条、710条)。
- 暴力による流産は、刑事事件として扱われる可能性もあります(刑法204条、215条)。
- 産後休業や出産育児一時金、損害賠償の請求には期限があります(労働基準法65条2項、民法724条、724条の2)。
- 支払う場合は名目と金額を書面で明らかにし、清算条項を設けておくことが大切です。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、男女間のトラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。流産の後は、心身の回復を優先したい時期と、期限のある手続や記録の整理が重なります。早い段階で方針を決めておくことで、相手とのやり取りの負担を減らせることがあります。
流産に伴う費用や慰謝料について相手に負担を求めたい方も、交際相手から請求を受けて対応に迷っている方も、一人で抱え込まずにご相談ください。


