示談書の作成だけを弁護士に頼めるか|交渉は自分で進めた場合
この記事は、2026年10月1日時点の法令をもとに作成しています。刑法は2025年6月1日施行の改正により懲役・禁錮が「拘禁刑」に一本化されており、本文の法定刑は改正後の表記によっています。個別の事案での見通しは、事情によって変わります。
「プレイの後で、キャストから『怪我をさせられた』と連絡が来た。お店からは治療費と休業分を払ってほしいと言われている」。SMクラブを利用した方から、このようなご相談をいただくことがあります。反対に、お店の側からは「事前に決めた内容を超えたプレイがあった」という説明がされることもあり、同じ出来事でも双方の受け止め方が大きく食い違うのがこの種のトラブルの特徴です。
SMプレイについては「お互いに同意していれば罪にはならない」と説明されることがあります。この説明は大きく外れてはいませんが、実際の紛争では、同意があったかどうかよりも、同意が「どこまで」及んでいたか、怪我がその範囲の中で生じたのかが争点になります。この範囲の見極めは、一般的な解説ではあまり触れられていない部分です。
この記事では、SMクラブで怪我を指摘された客側の方に向けて、同意の範囲が刑事・民事の責任にどう影響するのかを整理します。風俗店で相手に怪我をさせた場合の全般的な初動は風俗のプレイ・器具で相手にケガをさせてしまったら|客側が負う責任と初動対応で、致傷の主張と診断書の読み方はケガをさせたと主張された場合|致傷の主張と診断書の読み方で扱っていますので、あわせてご覧ください。
SMクラブの怪我トラブルが他の風俗トラブルと異なる点
身体への働きかけがサービスの内容そのものである
一般的な風俗店では、怪我はサービスの外で起きた「事故」として扱われるのが通常です。これに対し、SMクラブでは、拘束する、叩く、締め付けるといった身体への働きかけ自体がサービスの中身として予定されています。そのため、「怪我をさせた」という結果だけでは責任の有無が決まらず、その行為がもともと予定されていたものかどうかを、まず確かめる必要があります。
客が責める側のお店と、受ける側のお店がある
SMクラブには、客が責める側(S役)になるお店と、キャストが責める側になり客が受ける側(M役)になるお店があります。キャストから怪我の申出が出やすいのは前者ですが、後者でも、拘束を外そうとして客が強く動いた、その拍子にキャストが体勢を崩したといった経緯で申出が出ることがあります。どちらの場合も、以下で述べる「同意の範囲」という考え方は共通です。
争点は「同意の有無」より「同意の範囲」
SMクラブを利用している以上、SMプレイをすること自体への同意は通常認められます。実際に争点になるのは、問題の行為が、事前に決めた内容やプレイ中のやり取りから見て、同意された範囲に収まっていたかどうかです。お店やキャストの側が「NGの行為をされた」「やめてと言ったのに続けられた」と主張するのも、その行為が範囲の外にあったという主張にほかなりません。
同意があれば罪にならないのか|刑事の考え方
暴行と傷害では、同意の効き方が異なる
相手の身体に力を加えても、それが相手の真意に基づく同意の範囲内であれば、暴行罪(刑法208条)として扱われることは通常ありません。これに対し、怪我という結果が生じた場合の傷害罪(同法204条・15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)については、同意があっても直ちに罪にならないとは限らない、というのが判例の立場です。
判例が示した判断の枠組み
最高裁は、被害者が身体の傷害を承諾していた場合に傷害罪が成立するかどうかについて、承諾があったという事実だけでなく、承諾を得た動機や目的、傷害の手段・方法、損傷の部位・程度などの事情を照らし合わせて判断するという枠組みを示しています(最高裁昭和55年11月13日決定・刑集34巻6号396頁)。この事件自体は、保険金をだまし取る目的で相手の承諾を得て自動車を衝突させた事案ですが、示された枠組みは、同意のもとで身体に働きかける場面一般の判断に用いられています。
SMプレイへの当てはめ
SMクラブでのプレイは、お店のサービスとして合意された内容に沿って行われるものであり、目的そのものが違法とされることは通常考えにくいところです。そのため、判断の中心は、手段・方法と、生じた怪我の部位・程度に移ります。
| 考慮される事情 | 責任が否定されやすい方向 | 責任が問われやすい方向 |
|---|---|---|
| 手段・方法 | 事前に決めた道具・強さ・時間の範囲内 | NGとされた行為、中止の合図の後の継続、持ち込んだ器具の使用 |
| 部位 | 事前に了承された部位 | 首や頭部など危険の大きい部位 |
| 怪我の程度 | 一時的な赤みや軽い擦り傷 | 骨折、神経の損傷、意識の喪失など |
| 同意の状態 | プレイ前と最中に確認がとれている | 途中で撤回された、飲酒などで判断が難しい状態だった |
同意の範囲内で通常予想される程度の怪我であれば、刑事責任が問われる可能性は高くありませんが、範囲の外にある行為や、結果の重い行為では評価が変わります。範囲内のプレイでも、注意を欠いたことで想定を超える怪我が生じた場合には、過失傷害罪(同法209条1項・30万円以下の罰金又は科料)が問題になる余地があります。同罪は告訴がなければ起訴されない親告罪です(同条2項)。ただし、首を圧迫するなど危険の大きい行為で重い結果が生じた場合には、親告罪ではない重過失致傷罪(同法211条後段・5年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)が検討されることもあります。
性的な行為について同意の範囲を超えたと主張されている場合は、不同意わいせつ致傷罪などの検討が必要になります。この点はけがを負わせた場合|不同意わいせつ致傷の「傷害」の範囲で解説しています。
「同意の範囲」は何によって決まるのか
コース・オプション・NG項目
多くのSMクラブでは、受付時にコースやオプションを選び、キャストごとのNG項目が示されます。カウンセリングシートやプレイ内容の確認票を使うお店もあります。これらは、同意の範囲を示す最も基本的な資料です。予約時のメッセージや、お店のホームページに掲載された各キャストのプレイ可否の表示も、範囲を推し量る材料になります。
プレイ中の撤回と中止の合図
同意はプレイ開始前に一度与えれば固定されるものではなく、途中で撤回することができます。SMプレイでは、あらかじめ「この言葉や動作があれば中止する」という合図を決めておくことが少なくありません。合図があった後に行為を続けた場合、その後の部分は同意の範囲外と評価されやすくなります。反対に、合図が出ていない段階の行為について後から「本当は嫌だった」と言われた場合には、当時のやり取りの具体的な内容が重要になります。
強さ・部位・道具・時間
「叩くのは可」という合意があっても、どの部位を、どの程度の強さで、何を使って、どのくらいの時間行うかまで合意されていたとは限りません。お店が用意した器具か、客が持ち込んだ器具かによっても評価は変わり得ます。申出を受けたときは、次の点を一つずつ確認していくことになります。
- 問題とされている行為が、選んだコースやオプションに含まれていたか。
- キャストのNG項目に当たる行為ではなかったか。
- 中止の合図や「痛い」「やめて」といった言葉があったか、あった場合にすぐ止めたか。
- 使った器具は誰が用意したもので、使い方は誰が決めたか。
- 怪我の部位や形状が、申出のあった行為と結びつくものか。
同意の存在を後から示すことの難しさについては「同意があった」を証明できるか|風俗トラブルの証拠と限界で、お店が集める同意書や確認票の意味については店が集める「同意の記録」とどう向き合うか|誓約書・チェック・録音の意味で解説しています。
治療費などの請求にどう影響するか|民事の考え方
同意の範囲内であれば、賠償の前提が弱まる
治療費や休業損害、慰謝料の請求は、不法行為による損害賠償(民法709条・710条)として行われるのが通常です。相手の同意に基づく範囲内の行為であれば、違法性が否定され、賠償責任そのものが認められない方向に働きます。刑事で罪に問われないことと、民事で賠償を免れることは連動しやすいものの、完全に一致するわけではありません。刑事では処罰に値するかが問われるのに対し、民事では生じた損害を誰がどれだけ負担するのが公平かが問われるためです。
範囲内でも注意の欠如が問われる場面
合意された行為であっても、必要以上の力を加えた、相手の異変に気づかずに続けたといった事情があれば、その注意を欠いた部分について過失が問われることがあります。プレイへの同意は、通常、怪我をしてもかまわないという承諾まで当然に含むものとは解されないためです。
キャスト側・お店側の事情と過失相殺
キャスト自身が強さや方法を指示していた、お店の器具に不具合があった、お店の説明が実際の運用と違っていたといった事情があれば、損害の公平な分担という観点から賠償額が減額されることがあります(過失相殺・同法722条2項)。また、お店の損害(営業上の損失など)とキャスト個人の損害は別のものとして扱われます。請求の内訳ごとの考え方は治療費・検査費・休業損害は認められるのか|請求項目別の検討と誰に払うのか|店の損害とキャスト個人の損害は別で整理しています。
「怪我をさせられた」と言われたときの対応
その場で金額や非を認める書面には応じない
プレイ直後にお店のスタッフから、示談書や誓約書への署名、身分証の提示、その場での支払いを求められることがあります。怪我の程度が分からない段階で金額を決めると、後で過大だったと分かっても戻すことが難しくなります。その場では怪我の状態の確認と連絡先の交換にとどめ、金額や責任の所在については改めて協議したいと伝えることが考えられます。署名を求められた場面の注意点は店が用意した示談書にサインする危険性|宥恕条項・清算条項の落とし穴をご覧ください。
記憶が新しいうちに記録を残す
時間が経つと、どの行為をどの順序で行ったか、合図があったかどうかの記憶はあいまいになります。次の点をメモに残しておくと、後の協議で役立ちます。
- 利用した日時、お店、コース、オプション、キャストの名前。
- 事前に示されたNG項目や、確認票・カウンセリングシートの内容。
- 問題とされている行為の内容と、その前後のやり取り。
- キャストの様子に変化が出た時点と、そのときの対応。
- お店とのやり取りの日時、担当者、言われた内容、提示された金額。
診断書と怪我の経緯を照らし合わせる
請求が出てきた場合は、診断書の内容(傷病名、受診日、加療見込み期間)が、申出のあった行為と時期・部位の点で整合しているかを確認します。プレイ前からあった傷や、別の機会に生じた怪我が含まれていないかも検討の対象です。診断書に記載された期間の読み方は「全治○週間」と言われた|診断書と傷害の重さの評価で解説しています。
同意の範囲内だった可能性がある一方で、怪我が生じたこと自体は事実という場合も少なくありません。その場合でも、範囲の内と外を区別したうえで、責任を負う部分と負わない部分を切り分けて協議することが、適切な解決につながります。
よくあるご質問
キャストから「何をしても大丈夫」と言われていた場合は、責任を問われないのですか
そのような言葉があっても、骨折や意識を失うような重い怪我まで受け入れる趣旨だったと評価されることは通常考えにくいところです。包括的な言葉ほど範囲があいまいになるため、実際に行った行為の内容と怪我の程度に照らして判断されます。ただ、その言葉があったこと自体は有利な事情になり得るため、いつ、どのような流れで言われたかを記録しておくことをおすすめします。
お店の規約に「怪我をさせた場合は一律○万円」とあります。その金額を払う必要がありますか
規約に金額の定めがあっても、実際に負担すべきかどうかは、同意の範囲や怪我の程度、実際に生じた損害の内容によって判断されます。消費者である客に一方的に不利な条項は、消費者契約法との関係で効力が争われる余地もあります。規約の金額をそのまま前提にせず、内訳を確認することが大切です。
警察に被害届が出されることはありますか
怪我の程度が重い場合や、範囲外の行為があったと主張されている場合には、被害届が出される可能性はあります。被害届が出るかどうかは、キャストの意向やお店の判断にも左右されます。この点は被害届が出る場合と出ない場合|キャスト・店の判断で何が変わるかで解説しています。早い段階で協議の窓口を整えておくことは、刑事手続に進むかどうかにも影響します。
まとめ
- SMクラブの怪我トラブルでは、同意の有無よりも、同意が及ぶ範囲が争点になる。
- 同意の範囲内で身体に力を加えることは、通常、暴行罪(刑法208条)として扱われない。
- 傷害罪(同法204条)では、同意の存在だけでなく、手段・方法、部位・程度などを照らし合わせて判断される(最高裁昭和55年11月13日決定)。
- 範囲内でも注意を欠いた場合は過失傷害罪(同法209条)が、危険の大きい行為では重過失致傷罪(同法211条後段)が検討され得る。
- 同意の範囲は、コース・オプション・NG項目、中止の合図、強さ・部位・道具・時間によって形づくられる。
- 治療費などの請求(民法709条・710条)では、同意の範囲や相手側の事情に応じて、責任の否定や減額(同法722条2項)が問題になる。
- その場での署名や支払いには応じず、記録を残したうえで、請求の内訳を確認して協議する。
弁護士法人若井綜合法律事務所では、風俗トラブルに関するご相談を池袋と新橋の事務所でお受けしています。SMクラブでのプレイ後に怪我を指摘された、お店から治療費や休業分を請求されているといったご相談にも対応しています。
同意の範囲内だったのか、どこまでの責任を負うべきなのかは、事前の取り決めや当時のやり取りによって変わります。請求を受けて対応に迷っている方は、署名や支払いをする前に一度ご相談ください。


