盗撮で「その場で100万円」の示談書にサインした|支払い義務はあるか
風俗店を利用したあとで、店やキャストから「同意していなかった」と言われる。あるいは警察から連絡が来る。そうしたとき、多くの方が最初に考えるのは「合意の上だったことを証明できないか」ということだと思います。
しかし、風俗という場面には、一般の交際関係とは違う事情がいくつも重なっています。証明の材料が乏しいだけでなく、そもそも「何を証明すべきなのか」がずれていることも少なくありません。
この記事では、性風俗を利用する男性の方に向けて、同意をめぐって実際に何が争われるのか、どこまで証拠で示せて、どこからは示せないのかを、弁護士の立場から整理します。
1. 証明すべきなのは「同意があったこと」ではない
争点は「同意しない意思を示すのが困難な状態だったか」
2023年7月13日に施行された改正刑法により、従来の強制性交等罪・強制わいせつ罪は、不同意性交等罪(刑法177条)・不同意わいせつ罪(同176条)へと改められました。
この条文が問題にしているのは、暴行や脅迫の有無だけではありません。暴行・脅迫、アルコールや薬物の影響、睡眠など意識が明瞭でない状態、拒む間がないこと、恐怖や驚愕、経済的・社会的な関係に基づく影響力といった事由により、**「同意しない意思を形成し、表明し、または全うすることが困難な状態」**にさせたか、あるいはその状態に乗じたか、という点です。
つまり、捜査機関や裁判所が判断しているのは「同意があったか」という一点ではなく、そうした困難な状態があったかどうか、そして行為をした側がそれを認識していたかどうかです。
ここを取り違えると、防御の方向を誤ります。「合意の上だった」とだけ繰り返しても、拒みにくい状況だったのではないかという疑いには答えたことになりません。
立証責任は検察官にあるが、黙っていればよいわけでもない
刑事手続では無罪推定の原則が働き、犯罪事実を立証する責任は検察官が負います。相手方が「同意していない」と述べただけで、それだけで有罪が決まるわけではありません。
もっとも、捜査機関が相手方の説明を信用できると判断すれば、そのまま事件が進んでいきます。実務上は、相手方の説明と客観的な事実との食い違いを示したり、当時の状況を具体的に説明したりする防御活動が必要になります。
「立証責任は検察官にある」という原則と、「何もしなくても大丈夫」ということは、別の話です。
2. 風俗では「同意の証明」が特に難しい――5つの構造的な理由
性行為の同意を証明する方法として、性交同意書、性的同意を記録するアプリ、事前事後のLINEのやり取り、行為前後の録音・録画、第三者の証言といった手段が挙げられることがあります(具体的な手段については当事務所の別記事で解説しています)。
ところが、これらの多くは、風俗の場面ではそのまま機能しません。理由は次の5つです。
① 料金やオプションは「店との契約」であって、相手個人への同意ではない
料金を支払ったこと、本番ありと聞いていたこと、過激なオプションを選んだこと。これらはいずれも、店との間のサービス契約に関する事情です。
一方、不同意性交等罪・不同意わいせつ罪が守っているのは、キャスト個人の性的自己決定です。契約上どのようなコースを選んでいたとしても、それが目の前の相手の身体に触れることへの同意そのものになるわけではありません。
領収書や予約履歴は「どういうサービスを申し込んだか」の証拠にはなりますが、「相手が何に同意していたか」の証拠としては、そのままでは働きにくいということです。
② 匿名性が高く、当事者同士のやり取りが残らない
一般の交際関係であれば、事前事後のLINEやSNSのやり取りが当時の関係性を示す間接的な資料になります。
しかし風俗では、相手は源氏名で、連絡は店を経由するのが通常です。個人的な連絡先の交換がない、あるいは店の禁止事項になっていることも多く、当事者間のやり取り自体が残りません。仮に何らかのメッセージが残っていても、それが誰との、いつのやり取りなのかを裏づける作業が別途必要になります。
③ 単発の関係で、周辺事情が乏しい
交際関係の事案では、それまでの交際状況、共通の友人、一緒に過ごしていた時間といった周辺事情が積み重なります。
風俗の利用は、多くの場合その日限りの短時間の接触です。第三者の目撃者もおらず、密室で行われます。関係性から推し量る材料が、そもそも存在しません。
④ 店の禁止事項という事情が、説明のしかたに影響しうる
多くの店では本番行為を禁止しています。そのため、仮に当日の現場でやり取りがあったとしても、あとから店に対して説明する場面では、それを認めにくい事情が生じることがあります。
これは、相手が嘘をついていると決めつける趣旨ではありません。被害が実際にある事案は当然にあります。ただ、風俗の場面では、当事者の説明が食い違ったときに、それを解きほぐす客観的な材料が乏しいという構造があります。
⑤ 同意書や同意アプリは、この場面では現実的でない
書面やアプリで同意を記録する手法は、交際関係を前提としたものです。風俗の現場で署名を求めれば、そのこと自体が相手に警戒や圧迫を与えかねません。「その場の状況で書かされた」と説明されれば、かえって不利に働くおそれもあります。
こうした事情から、風俗トラブルでは「同意があったことを積極的に示す証拠」を用意すること自体に、かなりの限界があります。これは、まず前提として理解しておく必要があります。
3. それでも残っている資料――「同意の証明」ではなく「経過の裏づけ」として
同意そのものを直接示す証拠が得にくいとしても、当日の経過を裏づける資料は残っていることがあります。役割を取り違えないことが大切です。
- 予約・受付の記録、入退室の時刻、送迎の記録 … 滞在時間や流れの裏づけになります
- 決済の記録、店の公式アプリや公式LINEでのやり取り … 申し込んだ内容の裏づけになります
- 施設の防犯カメラ映像 … 前後の様子が記録されている場合があります。ただし保存期間は短いことが多く、個人で入手するのは困難です
- 自分のスマートフォンの位置情報、通話履歴、当日の写真 … 時系列を組み立てる材料になります
- 記憶が鮮明なうちに書いた時系列のメモ … 何時ごろ、どのような会話があり、どういう流れだったのかを、推測を交えずに書き残しておきます
店や施設が保有する記録は、弁護士会照会などの手続を通じて確認できる場合があります。ご自身で店に連絡して開示を求めると、後日に「相手方に接触した」「口裏合わせを図った」と評価されるおそれがあるため、慎重な判断が必要です。
なお、自分に不利に見える記録も含めて、消さないでください。削除は証拠隠滅と受け取られやすく、復元によって発覚することもあります。全体像が分からなくなることで、かえって説明が難しくなります。
4. やってはいけない「証拠づくり」
同意を証明しようとした行為が、それ自体で別の責任を生むことがあります。ここは特に注意が必要です。
プレイ中の撮影・録画
相手に無断で性的な姿態を撮影する行為は、2023年7月13日に施行された性的姿態等撮影罪に問われるおそれがあります。法定刑は3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金で、未遂も処罰の対象です。
同意を示すつもりで撮影したデータが、そのまま別の犯罪の証拠になりかねません。証明の手段としてはおよそ成り立たないと考えてください。
無断の録音
音声の録音そのものを直接処罰する規定はありません。ただし、店の禁止事項に触れることが多く、プライバシー侵害として民事上の責任を問われる可能性が残ります。また、録音が発覚したことをきっかけに、店から高額な請求を受ける口実に使われる例もあります。
相手方への直接連絡・データ削除・口裏合わせ
誤解を解きたいという気持ちから相手や店に直接連絡することは、内容次第で口止めや働きかけと評価されるおそれがあります。謝罪の言葉が「事実を認めた」と受け取られることもあります。連絡は代理人を通す形に一本化するのが安全です。
5. 「同意があった」と言えても、なお残る問題
仮に同意の点が争いにならなかったとしても、それで全部が終わるわけではありません。次の3つは別のレイヤーの問題です。
① 相手の年齢
相手が18歳未満であれば、児童買春の問題になります(児童買春・児童ポルノ禁止法4条)。相手が16歳未満の場合には、刑法177条3項により、同意の有無を問わず不同意性交等罪が成立します(13歳以上16歳未満の場合は、5歳以上年上であるときです)。
いずれも、同意があったかどうかは結論を左右しません。
② 同意の範囲を超えた行為
行為の一部について了解があったとしても、その範囲を超えた行為までが当然に含まれるわけではありません。避妊具に関するやり取り、行為の態様、けがを伴う行為などは、範囲の外だったと評価されることがあります。
「全体としては合意していた」という説明が、個別の行為の正当化にはならない場面があるということです。
③ 店との民事上の問題
刑事の責任と、店やキャストからの金銭請求は別の話です。刑事で不起訴になっても民事の請求が残ることはありますし、逆に、店に支払ったからといって刑事の問題が終わるわけでもありません。
請求された金額がそのまま支払義務の額になるわけでもありません。この点は別記事で扱っています。
6. 事実の説明のしかた――「合意の上だった」で押し切らない
同意を主張する場面で、かえって立場を悪くしてしまう受け答えがあります。
- 「合意の上だった」とだけ述べる … 説明になっていません。いつ、どのようなやり取りがあり、どの時点でどう受け止めたのかを、具体的に説明できる形にしておく必要があります
- 記憶が曖昧な部分を推測で埋める … 後から客観的な記録と食い違えば、説明全体の信用性が下がります。分からない部分は分からないままにしておくほうが安全です
- その場をおさめるために謝る … 内容によっては、事実を認めたものと受け取られます
- 言われるまま調書に署名する … 刑事訴訟法198条により、調書の内容を確認したうえで、訂正を申し立てることも、署名押印を拒むこともできます
供述するか黙秘するかを含め、方針は事案によって変わります。取調べを受ける前に、弁護士と方針を決めておくことをお勧めします。
7. まずやること・避けること
やること
- 当日の経過を、記憶が鮮明なうちに時系列で書き出す(推測は書かない)
- 予約履歴、決済記録、店とのやり取りなど、手元の記録を保存する
- 連絡窓口を一本化し、店・キャスト・相手方の代理人への対応を任せる
- 早い段階で弁護士に相談する(防犯カメラ映像などは保存期間が短く、時間が経つほど確認できなくなります)
避けること
- データやメッセージの削除
- 相手方や店への直接連絡・謝罪
- その場での支払いや書面への署名
- プレイ中の撮影・録音による「証拠づくり」
おわりに
風俗トラブルで「同意があった」を証明するのは、一般に考えられているよりも難しいことです。証明の材料が乏しいうえに、証明すべき対象そのものが「同意の存在」ではないためです。
一方で、立証責任は検察官が負っており、相手方の説明だけで結論が決まるわけでもありません。当日の経過を裏づける資料を早い段階で確保し、事実を正確に説明していくことが、現実的な防御になります。
すでに店やキャストから連絡が来ている場合、警察から呼び出しを受けている場合には、ご自身だけで対応する前に、弁護士にご相談ください。


